26話
そんな暗い過去を思い返しながら、私はゆっくりと意識を戻した。
頭に降り落ちる雪が冷たい。冷たいといえばアイス。……アイスといえば、私のお母さん。
そんなふうに、冷たいというだけであの日の記憶が嫌でも蘇ってくる。
苦い過去を振り払うように、私は頭を強く揺らして立ち上がった。
もう後悔したってどうにもならないんだ。後悔したところで、私の罪が消えることはない。
だから私はせめて……。
『嬉しいねぇ。美雨なら絶対にいい漫画家になれるよ!』
お母さんの優しい言葉が、ふと頭をよぎった。
私はせめて……、漫画家になる。
お母さんみたいに、物語を通じて人を幸せにできるような漫画家に。大好きなお母さんが、なれると応援してくれた漫画家に。私は必ずなる。いや、ならなければいけない。
それがせめてもの私の、お母さんへの罪滅ぼしだと思うから。今までこんな私を愛してくれた、お母さんへの恩返しになると信じて。
『……今までありがとう。頑張って俺の分も、絶対にいつか漫画家になってくれ』
最後に小玉君の言った言葉が頭をよぎる。
「…………」
彼の小説を初めて読んだ時のことを思い返す。
初めて彼のお話を読んだ時、私は心を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
正直最初は、同年代の人が作る物語はどの程度のものだろうか。という、ちょっとした好奇心で読むつもりだった。けれどすぐに、そんな自身の考えがいかに浅はかだったのかを思い知らされる。
読み終わってから早々に、私は彼の物語に心を揺れ動かされてしまったのだ。
『怪奇物語』。私が初めて読んだ小玉君の作品の名だ。
自分の身勝手な行動のせいで友人を亡くしてしまった主人公が死者の国へと行き、友人に会いに行くという物語だった。
その話を読み終えた瞬間、気づけば私の目にはツーと涙が流れていた。
このお話はまるで、私のために作られたように思えたのだ。
自分の身勝手さが故に友人を亡くしてしまった。そんな境遇に置かれた主人公が、まるで空いたパズルのピースをそっとはめ込むように、綺麗に自分と重なった。
主人公の心情や行動原理に、とてつもない共感を覚えたのだ。
まるで、私の心に寄り添ってくれているような、そんな優しさを感じる物語だった。
小玉君が作る物語には、人の心を動かす力がある。それはたしかだ。暗い闇の中で蹲った人に、希望の光を照らしてあげられる力がある。実際に私をそうさせてくれたみたいに。
だから私は、気づけば彼の描く物語の虜になっていた。そんな彼と物語を作れて、本当に幸せだったのだ。
けれど彼は、もう私と一緒に物語を作ってはくれないだろう……。
「…………」
でも、それでも……。
『頑張って俺の分も、絶対にいつか漫画家になってくれ』
また小玉君の声が頭に響く。
「……そうだよね」
やっぱり私は、漫画家になる……。漫画家になりたい……。
私は自分の手と手をぎゅっと握り合わせ、俯いていた目を前に向けた。
……いつまでも、彼に頼ってばかりじゃダメなんだ。
自分の手で、自分の未来を切り開かなくちゃいけない……。
「…………よし」
いつまでも過去に囚われている場合じゃない。いつまでも、めそめそ立ち止まっている場合じゃない。
私は胸を押さえながら、ゆっくりと足を前に動かした。
向かう先は、黒川さんが務める出版社だ。
目の前には、星の輝く夜空が広がっていた。
……手を伸ばせば、もう少しで手が届きそう。




