23話
新幹線から降車し、無事に都内の地へと降り立った。
駅の改札を抜けると、そこには壮大な騒音と街並みが広がっていた。
たくさんのビルが視界を埋め尽くすように立ち並び、自動車は途切れる事なく道路を行き交っている。バイクの騒音にラップや人の笑い声など、常に何かしらの爆音が耳に届けられた。まさに都会といった感じだ。
「いやー、すごいわね! さすがは日本の首都って感じ。なんだか目に映るもの全てが迫力あるわ」
赤根が目を輝かせながら街並みを眺めている。俺は何度か東京に来たことがあるけれど、どうやら赤根はお初のようだ。
「危ないから周りをちゃんと見てね。車もたくさん走ってるから」
「わかってるわよ! 子供扱いしないでほしいわね」
高揚した赤根を見かねての発言だったのだけれど、顔を赤らめながら怒られてしまった。子供扱いされたのがよほど恥ずかしかったのだろうか。別にそんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ。
「ねぇねぇ、何か美味しいもの買って行きましょうよ! 東京名物とかさ」
「いいけど、本来の目的忘れてない? 先に待ち合わせの場所に行かないとでしょ。お土産は帰りにしようよ」
「わわ、わかってるわよ。別に忘れてたわけじゃないから!」
いや絶対に一瞬忘れてただろ。まあ、初めて東京に来たのなら、浮かれてしまう気持ちもわかるけれど。
ぶっちゃけ俺も久しぶりに来て、少し観光して行きたいという気持ちが出てきた。
けれどそんな邪念はすぐに振り払った。
本来の目的を忘れてはいけない。当然今は、出版社の人に会いに行くのが先だ。
「さっ、早く行こう。待ち合わせの時間まであと少しだよ」
「そうね。遅刻するとかありえないし、急ぎましょう!」
俺たちは地図アプリを駆使して、待ち合わせ場所の喫茶店へと歩を進めた。軽快な足取りでスキップをする赤根とは対照的に、俺は密かに不安を抱えながらも、慣れない東京の街を歩き進んだ。
*
駅から少し歩き、目的の喫茶店へとやってきた。
店内には客が数人いるが、編集者らしき人物は見当たらない。約束の時間まであと数分ほどあるし、おそらくまだ到着していないのだろう。
店員さんに誘導され、俺たちは端にあるボックス席へと向かう。編集者の人と対面で座れるように、俺たちは横に並んで腰を下ろした。
席に座るなり赤根が温かい紅茶を頼む。俺はホットコーヒーを。
「うぅー…………」
紅茶を軽く口につけ、赤根は体を縮こまらせた。
さきほどまでの浮き立った様子とは打って変わり、なんだか落ち着きがないように見える。……わずかに貧乏ゆすりもしているし。
「……緊張してんの?」
俺はコーヒーを口につけながら訊ねた。しかし赤根は侵害だと言わんばかりに顔を顰める。
「ち、違うわよ! ちょっと寒いだけ。私冷え性だから……」
本当かねぇ。緊張を誤魔化すために強がっているようにしか見えないんだけど。
さっきまでハイテンションだった赤根も、いざとなると落ち着かなくなったのだろう。まあ、気持ちはわかる。
そんなこんな気を紛らわせるためにしばらく雑談をしていると、カランコロンというベルの音ともに店のドアが開かれた。
音につられて目を向けると、そこには黒のスーツを着込んだ四十代くらいの男が立っていた。
「えーっと……おっ」
男は俺たちに気づいたのか、そそくさとこちらへとやってきた。おそらくこの人が今回メールをくれた編集者なのだろう。
「こんにちわ。あの、すみません。もしかして……『ショーマン』さんでしょうか?」
男はこちらに近づいて来るやいなや、顔を伺うように訊ねてきた。俺が返事をするよりも先に、隣に座っていた赤根が声を出す。
「は、はい! 『ショーマン』というペンネームで今回作品を送らせていただいた赤根美雨と——」
「……こ、小玉翔太郎です。……こんちにわ」
緊張して声が上擦ってしまった……。それに対して赤根はハキハキと挨拶をしている。
「ああ、どうもこんにちわ。初めまして、マルカワ社の黒川と申します。どうぞお願いいたします」
そう言って名刺を渡してくれた編集者の黒川さん。俺たちに一枚ずつ渡してくれた。
俺たちも頭を下げて順に礼を言い、それから話は続いていった。
「いやー、本日は遠いところをはるばるお越しくださりありがとうございます。学生さんですし、学業など何かと忙しいでしょうに」
黒川さんは俺たちと向かい合うように席へと座り、まずはありきたりな挨拶をして、気さくな世間話から話を切り出した。
「あぁ、いえいえ。今日から冬休みで、家もそれほど遠くはありませんので」
赤根はなんてことのないように平然と受け答えをする。基本的に黒川さんとは赤根がベースにしゃべり、俺は緊張のせいで心身が引き締まり、うまく入っていけないでいた。なんとも情けない話である……。
けれどチラリと机の下に目を向けると、姿勢よく自分の膝に置いた赤根の手が、少しばかり震えていた。やはり内心は、彼女も緊張しているのだろう。
それでも赤根はそれを隠しながら会話を交わしているのだから、素直にすごいなと感心してしまう。
「さて、ではそろそろ本題に入りましょうか」
ある程度世間話を交わした後、黒川さんはようやく話を切り出した。
それと同時にさっきまで和らいでいた空気が一変し、俺たちも金縛りにあったように姿勢を正した。
黒川さんは注文したブラックコーヒーを一口飲み、本題に入る。
「今回投稿いただいたあなた方の作品を拝見させていただきました。残念ながら入選にはいたりませんでしたが、メールでお伝えした通り『ショーマン』さんの作画レベルはかなり高いと評価していましてね。そこでなんですが、少し提案がありまして……」
「提案……ですか?」
赤根は若干前のめりになり、希望に満ちた瞳で黒川さんを見つめた。
「ええ。そこでなんですが、そのぉ……作画を担当されているのはどちらでしょうか?」
黒川さんは俺たちを交互に見やり訊ねた。それを訊かれた時点で、俺はずっと感じていた嫌な予感が的中したのを察する。
赤根は間をおかずに、即座に返答した。
「はい、私ですけど」
「そうですか。では単刀直入に言わせていただきますが……」
背筋を伸ばした黒川さんは赤根に体を向け、はっきりとした口調で申し上げた。
「私が今担当している作家さんと、タッグを組むというのはいかがでしょうか?」
「…………はい?」
予想だにしていない申し出だったのか、赤根はしばし呆然としていた。まるで宇宙空間にでも放り投げられたかのように、どこまでも虚無な顔を浮かべている。
対して俺は……なぜだろう、なんだか不思議と落ち着いていた。……まあ、なんとなく予想していたからだろう。……こうなることを。
「あの、それってどういう意味ですか……?」
口を金魚のようにパクパクと開口させながら、赤根は黒川さんに訊ねた。対する黒川さんは、少し困ったように眉を寄せる。
「そのままの意味ですよ。赤根さんの作画は素晴らしいものだと我々編集部も評価しています。ちょうど作画をやっていただける方を探している作家さんがいましてね。ですから、我々としてはぜひ赤根さんにと考えておりまして」
俺に気を遣ってのことか、少し言葉足らずに濁したような言い方をしてくる黒川さん。けれど充分だ。既に察しはついている。要は、俺はまた小説の時と同様に、無能の烙印を押されたのだ……。
「今すぐにというわけではありませんが、うまくいけばそのまま作家デビューできる可能性もありますよ」
黒川さんはそう言って赤根に迫る。もう俺には見向きもしていない。
昨日の夜、俺はあらかじめ調べた。二人で活動している漫画家は片方だけが認められた場合、一応最初は二人に名刺が渡されるものの、あとでこっそり認められた方にだけ電話がいったりするのだとか。
まあ、本来二人で一人の作家として扱われるため、片方だけにオファーがいくというのはごく稀なケースらしいけれど。
それでもそういうケースがあるとすれば、よほど二人の実力が見合っていない場合なんかが上げられる。まあつまり、俺はそれほどまでに実力不足だったというわけだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私たち、二人で漫画家を目指してるんですよ。他の誰かと組むなんて、絶対にありえません!」
赤根は弾かれたように立ち上がり、怒声にも近い声で主張した。それを横で感じながら、俺は心いたたまれない気持ちになる。……きつい。
俺の目は、気づけば自分の足を見つめていた。……もう、口を開く気力もない。
「どうして小玉君以外の人と組む必要があるんですか! 私たちの作品を見て、良いって思ってくれたんですよね? それなのに、どうして!」
「……すみません。ストーリーに関してはたしかに面白いのですが、クライマックスのシーンが盛り上がりに欠けていたりと、まだストーリー作りに不慣れな点が見受けられましてね」
「そんなことないでしょ! ちゃんと読んでくれましたか? あっ、それなら最近描いた二作目のやつを読んでくださいよ!」
赤根は持参していたタブレットを鞄から抜き出し、黒川さんに見せつける。
黒川さんは「拝見いたします」と律儀に礼をし、数分ほど作品を読んでいた。しかし——。
「うーん……。大変申しあげにいくいのですが、やはりストーリー面が作画のクオリティと見合っていませんね。作画の面だけは、プロにも劣らぬできなのですが」
今にもこの場から逃げ出したい気分だ……。なんだかかえって嫌味にも聞こえてきたが、そこまではっきりダメ出しされるとさすがに反論できない。
「っ……、そんなわけないでしょ! ちゃんと読んでくれ——」
「もういいよ赤根。……俺のことは気にしなくて」
赤根の言葉を遮り、俺は立ち上がった彼女を制して座らせた。
「……何言ってんのよ小玉君! なんか言ってやんなさ——」
「もういいんだってば!」
口から吐き出すように出た、癇癪にも近い怒鳴り声。赤根と黒川さんはもちろん、周囲にいた他の客からもこちらに視線が集まった。
「ありがとう赤根。……でももういいんだ。やっぱり俺は……ダメなんだよ」
自分でも驚くくらいに、小さな声しか出てこない。今にも消えてしまいそうな、霞のような声量だ。
……いやでも、わかってたんだ。今思えば最初からわかってた。いつかこうなるんじゃないかって、赤根と作品を描き続ける中でもずっと、心のどこかで感じていた。……俺にはやっぱり才能がないんだ。
……ほらな、やっぱりダメだったじゃないか。
そんな皮肉めいた自分への言葉が、頭の中を占領する。
「……そ、そんなことないでしょ! 私は本当に、小玉君の描く物語が素敵だと思って——」
「すみません、俺はここで失礼します。あとはお二人でどうぞ」
赤根の言葉を聞くことなく、俺はお代の千円札を一枚机上に置き、その場から逃げるように立ち去った。
「ちょ、ちょっと小玉君!」
「……す、すみません。何か失礼がありましたでしょうか?」
「あなたのせいですよ! 私も出ます、さようなら!」




