21話
「おい小玉、俺が冬休みの過ごし方について話している時に何をしてんだ」
「おぐっ……!」
翌日の午前中。教室の自席にて、俺は次回作のプロットを考えるために、ネタ用のノートを開いていた。
そんな矢先に、俺は束にしてまとめられた冊子で頭を叩かれる。顔を上げるとそこには、我が担任である蔵前が、顔を顰めてこちらを睨らんでいた。
「はい、すいません……」
「すいませんって、質問になってないぞ。俺が冬休みは事故に気をつけるよう熱弁している時に、お前は何をしてんだって聞いてるんだよ」
「あー、いや……そのぉ、ちょっと作品のプロットを……」
蔵前にだけ聞こえるように、迷いながらも俺はそう呟いた。すると蔵前は、にやりと口角を上げる。
「なんだなんだ、小説の新作か? 最近部活来ねーから心配していたが、頑張っているみたいで安心したぜ。完成したらまた読ませてくれよな」
俺が所属する文芸部の顧問でもある蔵前は、声をひそめながらそう言った。俺が作家を目指していることを他の人に知られたくないという気持ちに気を遣ってのことだろう。
ただ蔵前先生、申し訳ない。今俺が書いているのは小説じゃなくて、漫画なんすよ……。
「は、はい。また見せますね……」
とりあえず、いつも通り笑顔を見せながらそう返した。小説ではなく漫画だし、実際に見せるかどうかはわからないが。
そういえば蔵前が言ったように、最近文芸部に顔を出していなかったな。たぶん俺が行かなかったら部員は橋本部長だけだろうし、なんだか変な罪悪感が湧いてくる。
というか、俺が小説家になるのを諦めて漫画家を目指していることを、蔵前にまだ言っていなかった。いや、蔵前に限らず他の人にも言っていない。なんなら家族にすら言えていないし。
俺が漫画家を目指しているのを知っているのは、まさに赤根だけだ。
けれどさすがに、応援してくれている蔵前には言っておくべきだろうとは思う。でもなんか言いずらい。今まで小説家を目指していたやつが急にやめて、実は俺漫画家を目指すことにしたんです、なんてちょっと言いずらいだろう。
根性なしとか、なんなんだよこいつ、みたいな目で見られそうだ。いや、蔵前に限ってそんなことはしないだろうが、それでも言えない。
申し訳ないが、しばらくそのことは黙っておこう。というか、たぶん墓場まで持っていく。
すると、呑気にそんなしょうもないことを心に決めていた。そんな矢先でのこと——。
「えっ、嘘でしょ!?」
端の方の席から、耳が割れそうなほどのでかい声が届けられた。あまりに唐突で心臓が止まるかと思った。おかげで地味にイラッとしたぞ。
何事かと反射的に声がした方へ目をやると、そこには——。
「なんだ赤根! 急にでかい声出して立ち上がんな!」
蔵前が怒鳴りつける先、そこにはワニのように大口を開けて、震えた表情をした赤根の姿が。
彼女は自席から立ち上がったまま、何やら自身の机に目線を下ろしている。よく見るとその机の上には、スマホが置かれていた。
すると赤根は血相を変えて、ドタバタと忙しなくこちらへやってきた。俺も含め周囲のクラスメイトは、いったい何事かと言わんばかりに彼女を見つめている。
「小玉君! これ、これ!」
赤根は俺に、スマホ画面を押し付けるように見せてきた。こんな場所で一体なんなんだよとイラつきはしたが、目の前の画面を見たと同時に、そんな思いは一瞬で吹き飛んだ。
「……え」
その画面には、俺たちが応募した漫画賞を運営している出版社からのメールが映し出されていた。メールの内容は『今回賞には落選しましたが、あなたの作品の画力には光るものを感じましたので、良ければ近々直接お話がしたい』というものだった。
「えっ!?」
俺は思わず声が出てしまった。
「ちょちょ、ちょっと待って! ちょっと待って!」
まさかの出来事に理解が追いつかなくなり、俺は無意識に教室を飛び出していた。
「おい、小玉! お前、何勝手に外に出て——」
蔵前の呼び止める声が背中から聞こえたが、それを遮るように赤根が、
「今それどころじゃないんですよ! ちょっと授業抜けます!」
と怒鳴りつけ、彼女も俺の後についてきた。
『今回賞には落選しましたが、あなたの作品の画力には光るものを感じましたので、良ければ近々直接お話がしたい』
赤根のスマホを手に持ち、俺たち二人は人気のない廊下でメールを眺めていた。
俺のではなく赤根のスマホにメールが届いたのは、応募の際に代表者一名の連絡先のみを入力する必要があり、その時に赤根の連絡先を入れたからだ。
しかしそんなことより問題は、このメールの送り主が本当に出版社の人間かどうかということ。なんだか怪しいし、話が出来すぎてやしないかと疑いの念を隠せない。俺は画面に睨みをつけた。
もしかしたら悪戯や詐欺の類かもしれないと、しばらくは疑っていた。
けれどしばらく調べているうちに、どうやらこのメールは正真正銘、俺たちが最初に応募した出版社からであることがわかった。
「これさ、私たちの作品を気に入ってくれたってことだよね……?」
赤根は興奮を抑えながら、こちらに問いかけてきた。
「うん。たぶん、そういうことなんだと思う……」
「ででで、で、どうする? 行く? いや行くよね、行こう! 今すぐ行こう!」
赤根はとうとう興奮を抑えきれず、俺の肩を乱暴に揺らした。……脳震盪起こりそう。
「お、落ち着いて。行く、もちろん行くよ」
俺は赤根を宥め、一旦冷静になるよう促した。
「よし、やっぱりこういうのは早いほうがいい。明日にでも、すぐ行けるように連絡しよう」
「そうね、それがいいわ。ちょうど明日から冬休みだしね」
そうして俺たちはすぐに、メールをくれた黒川さんという担当の方に返信をした。明日にでも伺いたいと、失礼のないようできるだけ丁寧な文脈を書いて送った。
そうするとものの数分で返信がきて、待ち合わせ場所の提案が送られてくる。出版社は東京都内にあり、社の近くにある喫茶店で話すこととなった。
俺たちが住まう場所から東京までだと県を跨ぐことにはなるが、新幹線を利用すれば数時間で着ける。
「やばい、興奮が抑えられないよ! 私たち、本当に漫画家デビューできちゃうかも!」
「うん、そうだね……」
俺だって嬉しいさ。まるで夢を見ているみたいだ。
……けれど、それと同時に少し引っかかっていることがある。喜び回る赤根を他所に、俺は少し気がかりなことがあり、内心モヤモヤしていた。
さっきのメールの一文を思い返す。
『あなたの作品の画力には光るものを感じました』
このメールの文脈に俺は、まるで歯に挟まった肉がなかなか取れない時のような、煩わしい不快感を感じていた。
作画に光るものを感じたとあるが、肝心なストーリーの内容に関しては一言も触れられていないのだ。
「…………」
なんだろう、この胸の妙なざわめきは……。考えすぎだろうかとも思う。しかし、どうも胸の奥がもやついてしまう。心に暗い靄がかかったような、なんとも言えない心許なさを感じた。
なんだか、すごく嫌な予感がする……。
しかしこの時の予感は、まるで型抜きで切り抜かれたかのように、綺麗に的中していたのだった。




