19話
「小玉君。今送ったところベタお願い」
「了解」
再び二人で合作を開始し、気づけばあっという間に十月を迎えていた。夏休みももうとっくの昔に終了している。
「小玉君、ここにトーンお願い」
「了解」
タンタン、タタタンとタブレットの液晶画面をペンでなぞる音が、部屋を満たしていた。
そんなこんな作業を続ける中、徐々に日数も経過していく。
やがて気温も肌寒くなり、いつのまにか部屋に暖房をつけるように。世間はもう、冬に突入していたのだ。気づけばもう十二月に入っていた。
そんな頃、俺たちの成果物もようやく完成を迎えていた。
「……できた、できたよ小玉君!」
「うん、やっと二作目も完成だ!」
深夜一時ごろ、記念すべき俺たちの二作目の漫画が完成。プロット作成から作画まで、かれこれ数ヶ月かけて制作してきた。
俺たちの汗と涙の結晶である二作目。学校の試験や勉強に追われながらも、なんとか完成させることができた。
今までの疲労感がここでどっと来て、俺たちは地べたに仰向けになる。
「ははっ、まだ賞を取れたわけでも漫画家になれたわけでもないのに。それなのに、なんかめっちゃ嬉しいね。なんだか私たち、バカみたいだ」
赤根が笑いながらそう呟いた。
「ふっ、言えてるね。まあでもさ、やっぱ自分たちの作品が完成した時って、どうやったって嬉しいよ」
嬉しさなのかちょっとした達成感なのか。それとも作品ができただけでここまでやり切った感を出している自分たちがバカらしく思えてきたからなのか。理由はわからないけれど、自然と目頭が熱くなってきた。
そんなよくわからない感情が、パレットの上にいろんな種類の絵の具を混ぜ合わせたかのようにごちゃ混ぜになっていた。
感極まるとはまさにこのことだ。それも、前作よりもかなり出来が良くなっていると思う。
けれどそれも当然のことだ。ただでさえ前作よりよく書けた俺のプロットに加え、前作よりもさらに洗練された赤根の作画で作った作品なのだから。
「にしても、赤根の絵めっちゃ上手くなってるよね。前作よりも線のきめ細やかさとか躍動感がはっきり出てて、より美麗になってるよ」
お世辞でも気のせいでもなく、明らかに赤根の絵は上達していた。
それを踏まえて考えると、やはり赤根は作画とストーリー作りの実力の落差が激しいなぁとあらためて思う。
まるで作画の神様に愛されて、脚本の悪魔にでも好かれているんじゃないかと思うほどに。なんて、そんなしょうもないことを考えていた。
俺が赤根のタブレットに映し出された漫画の絵に見惚れていると、赤根は俺の肩に腕を乗せて、得意そうな顔で一緒にタブレットを見た。
「ふふーん、でっしょー? 小玉君がプロットを考えている間、私だってちゃんと作画の練習してたんだから。……小玉君がまた戻ってきてくれることを信じてね」
「赤根……」
わかってはいたことだが、俺が一人でプロットを考えていた間、赤根も作画の練習をしていたのだ。
赤根は何かに浸るように数秒の間を置いて、再び口を開いた。
「……小玉君さ、初めて作品が出来上がった夜に、私の絵が綺麗で本当に雑誌に掲載されててもおかしくないって褒めてくれたでしょ? 今まで周りから絵上手いって褒められたことはあったけど、小玉君みたいに面と向かってあんなに絶賛してくれたのは初めてでさ、すごく嬉しかったんだ。……小玉君が、さらに私をやる気にさせてくれた」
「…………」
「……だから、私がここまで作画が上達するように頑張れたのは、小玉君のおかげなんだ。だからその、ありがとうね。私をここまで成長させてくれて」
赤根がはにかむように笑い、こちらを見つめてそう告げた。……隠さずに言うと、正直そう言われて嬉しかった。いや、けれど——。
「ううん、違うよ赤根。それは全部赤根の力だよ。俺の言葉がさらにやる気にさせたんなら、俺にそう言わせた赤根の絵がすごかったからだ。他でもない、今まで赤根がしてきた努力の成果なんだよ」
「小玉君……」
赤根が目を潤わせながらこちらを見つめた。……なんだか、少し照れくさくなってくる。
「ははっ、ありがとう。でもさ、小玉君の考えたプロットも最高だったよ!」
「へへっ、まあそれほどでもあるけどね」
今回の話の内容は、いわゆる群像劇ものだ。
仲の悪い女子高校生二人の話で、周囲の人たちのつながりや助けを通じて、二人の絆が結ばれていくまでのストーリーを描いた。
「正直一作目が神作すぎたから超えられるか心配だったけど、ちゃんと前作を超越するぐらいの面白いお話を作ってきてくれて、マジで最高だったわ!」
「そう言ってもらえて良かったよ」
輝かせた赤根の目からは、嘘でもお世辞でもなく本心で言ってくれているのだとわかる。
そうしてしばらく二人で雑談をしていた。けれど喜んでいるのも束の間だ。俺たちにはもうそろそろ、次の正念場がやってくる。
約一週間後の十二月中旬に、俺たちが初めて応募した漫画賞の結果がやってくるのだ。うかうかしてはいられない。
……しかし、俺たちは一週間後に現実を突きつけられる。今のこの暖かな瞬間とは真逆に、一気に冷たい空気へと変わってしまうのだった。
今思えば、この薄めに輝く部屋の照明は、俺たちの未来への灯火を不穏に彩っているようだった。




