18話
銭湯からの帰宅後。俺は速攻自室に閉じ籠り、プロット作成を行なっていた。
とにかく思いついた案を片っ端から付箋に殴り書き、ストーリーのパターンをたくさん書き続けた。
そうこうしているうちに気づけば夜の七時。
「お兄ちゃーん、ごはんできたよー」
「ごめん、あとでいただくよ。先に食べててー」
台所から未来の声が聞こえてきたけれど、俺は申し訳なくもそれに断りを入れ、作業に意識を向けた。今、ちょうど調子が乗っているところなのだ。ここで意識を途切れさせるわけにはいかない。
そうやって一心不乱にプロット作りに勤しみ、やがてプロットが完成した。……とうとう、完成したのだ。
「……できた、……できた!」
思わず歓喜の声を上げた。まだプロットができただけではある。これからネームも描かなければいけないし、作画もしなくちゃならない。けれど、それでもやっぱり嬉しかった。
しかもかなりの自信作だ。前回の霊媒師の話よりもさらにいいものができたという確信がそこにはあった。
「よし、……じゃあ」
じゃあ、次にやることは決まっている。一刻も早く、赤根にプロットが完成したことを伝えねばならない。……いやでも——。
「ちょっとだけ、気まずいな……」
喧嘩というほどの喧嘩はしていないとは思う。縁を切ったわけでもないし、プロットが完成するまでしばらく一人にさせてくれと言ったただけ。
……それでも、なんだか気まずい。ここ数日は全く連絡をとっていなかったし、約束通り赤根からメールや電話が来ることもなかった。
別に、仲が悪くなったわけではないと思う。一時的な環境変え的なものだったはずだ。けれど赤根と別れる際に俺は強く言いすぎたし、赤根が俺を責めるような言い方をして、彼女自身も負い目を感じているかもしれない。
単に距離を置いた期間が長かったのもあるのだろうけれど、そう考えるとどうしても足を前に出しずらい。変に気詰まりで、足の裏がむず痒い気持ちになる。
「赤根、怒ってるかな……」
怒っていたとしても仕方がない。俺にそれを責める権利なんてないのだから。
……それでも、プロットが完成したら連絡をすると約束したのだ。こんなことでソワソワしている暇はない。
意を決して、俺はスマホを手に取り赤根にメールを送った。
『プロットが完成したから、明日にでも会いに行ってもいい?』と。
*
翌日の朝。俺は赤根が住まうマンションのエントランス前に立っていた。
玄関でインターホンを鳴らして赤根に扉を開けてもらい、マンション内へと入る。
エレベーターで六階まで上がり、ようやく赤根の自宅前までやってきた。
そしてインターホンを鳴らしてからややあって、機械越しに赤根の声が届けられる。
『……小玉君?』
恐る恐る顔色を窺うような声だった。
「うん……」
そこで通話が切れ、赤根が玄関まで向かってくる足音がドア越しから聞こえてきた。
なんだろう。久々に会うのもあるし、最後があんな最悪な別れ方だったからか、なんだか変に緊張してきた……。
夏の暑さもあるだろうけれど、体温が上がって心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
「…………」
しばらくその場に立ち尽くしていると、目の前の扉がガチャリと開かれた。
そこから、赤根がそっと姿を現す。まるでひ弱な小動物のように体を震わせていた。天真爛漫な彼女らしからぬ様子だ。
すると赤根が、ゆっくりと口を開いてくれた。
「……もう会ってくれないかもって思ってた。……すっごく怖かった」
開口一番、赤根から出た言葉はそれだった。赤根は今にも泣きそうな顔をしていた。けれど、泣き笑いのような安心し切ったような表情でもあった。
そんな赤根の顔に、俺は胸が締め付けられる。罪悪感と俺に怒っていないという安心感や、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、気づけば俺も目から雫が溢れていた。
「……え、ちょっ、泣いてるの? えっごめん、私なんか言っちゃった?」
赤根が手をあたふたさせて困惑し出す。
「いや、違うんだ。俺ずっと、赤根に謝りたくて……。ごめん、俺に物語を作る才能がなかっただけなのに、怒鳴って赤根を怖がらせちゃって。しかも急に一人になりたいって言い出して、赤根に心配かけて。本当にごめん、ごめんなさい……」
鼻を啜って涙を流しながら、俺は無我夢中に謝り続けた。声が上擦り、呼吸するのもやっとだった。もう高校生なのに、女の子の前で幼稚園児みたいに泣きじゃくって情けない。けれど今は、それでもとにかく謝りたかった。
俺の作品を面白いと言ってくれて、俺を信じてくれた人。自分に自信が持てなくて、暗い場所で蹲っていた俺に手を差し伸べてくれた人。真っ直ぐな目で、どこまでも強引に俺を前へ引っ張ってくれた人。
そんな、いつもそばにいてくれた大切な相棒に。……今目の前にいる、赤根美雨に。俺は、精神の全てを絞り出すように謝り続けた。
「小玉君……顔を上げて?」
泣いている顔を赤根に見られたくなかったのか、俺は無意識に頭を下に向かせていた。そんな俺に、上から穏やかな赤根の声が届けられる。
「小玉君が謝らなくていい。元はと言えば、私が悪いんだから……。私が言いすぎた、ごめんね。小玉君が頑張ってプロットを考えてくれてたのに、私が自分勝手に責めるようなことを言っちゃって」
「赤根……」
「……私、早く次の作品描かなきゃって、ちょっと焦りすぎてたのかも。焦ったって、いい作品なんてできないのにさ」
少しトーンを落としたような声で、赤根がそう言った。
「…………」
しばし、俺たちの間に沈黙が流れた。一、二分ぐらいだっただろうか。いや、もしかしたらほんの数秒だったかも。
……けれどやがて俺は、意を決して口を開いた。
「「……あ、あのさ!」」
すると、俺が出した声が赤根の声と重なった。
「……どうぞ?」
赤根が俺にセリフを譲り、続きを促してくれた。
「……あのさ。これからも、一緒に漫画描こうね」
俺がそう言うと、赤根は顔を緩めてにこりと微笑んだ。夏の明るい太陽が、彼女の顔を優しく照らす。
「それ、私も同じこと言おうとしてた」




