15話
夏休み。焼けるように眩しい日差しと、休むことを知らずに鳴り続ける蝉の音。
そんな夏真っ只中な熱帯の中、俺は隣町にあるショッピングモールの前に設置された噴水広場にいた。
噴水の前に置かれたベンチに腰を下ろしているが、周期的に噴き出す水がこの暑さを多少和らげてくれている。
午前中である噴水広場には、親子や学生がいてそれなりに賑わっていた。
この暑さでみんな元気だなぁ。などと考えながらぼんやりしていると、どこからか軽快な声が届けられる。
「やっほー、小玉君」
顔を上げると、手を振りながら向かってくる女子の姿が。
赤根だ。
こちらに来るなり少年のような笑顔を見せる。
「よっ、待った?」
「いや、俺も今きたところだよ」
事前に約束していたように、今日は赤根と映画を梯子して見る予定になっている。俺のストーリー作りの参考にするためなのだけれど、赤根は息抜きも兼ねてと言っていた。
映画をひたすら見続けることが、はたして息抜きになるのだろうかという疑問はあるけれど。
「じゃあ小玉君、早速映画館に行こう! 早くしないと良い席埋まっちゃうかもだよ」
「わかったから、服を引っ張るのはやめてくれ」
そのままショッピングモール内に設けられたシアターへと向かった。今から観るのは近頃話題の恋愛ものだ。高校生男女のロマンス映画。
俺たちはチケットを買って入場した。
夏休みだからかスクリーン内は人が多い。ほぼ満席状態だ。家族連れに友人同士の集まりもいるが、デートと思しきカップルが大半だった。
自分たちも傍から見ればカップルに映るのだろうか。少し遠い距離を保って、俺は赤根と席まで向かった。
「うーん、正直微妙だったね」
映画を観終わって開口一番、赤根が冷ややかな笑顔でそう言った。
「うん……、たしかに主人公の行動原理がよくわからなかったしね。そこが一番の不満だったなぁ。ヒロインの子を好きになった理由もちょっと浅かった気がするし」
喫茶店のカウンターでアイスコーヒーを飲みながら、俺たちは映画の感想を述べ合っていた。
「そうよねぇ。まあ俳優が豪華だったから、そのファン層を中心に話題を獲得してるって感じがするわ」
赤根は頬杖をつきながら、追加で注文したショートケーキをもぐもぐと頬張る。
「ボロカス言うね……。まあでも、やっぱ主人公の目的とか行動原理は序盤でしっかり確立させないといけないんだなって、あらためて感じたよ」
「おっ、いいわよ小玉君。その調子でこれからガンガン映画観て、プロット制作のノウハウを磨いていきましょう!」
なんで参考作品が漫画じゃなくて映画なんだよ。……まあでも、楽しいからよしとしよう。
そうして俺たちはまた、シアターに向かって歩を進めた。
歩きながら感じたのだが、赤根とは自然と足の歩調や速さも合う。会話をする時もストレスを感じない。むしろ、居心地がよくさえも思う。
なんだろう……。合作しているからか、赤根とはなんだか相性がいいように思える自分がいた。
おそらくだが、物語を愛し創作するものとして、何かと波長が合うのだろう。
その後も、二人で今上映されている映画を一日中観て回った。
ホラーやアクション、コメディなど、とにかくいろんなジャンルの物語を観た。
一つの作品を観た後に、二人で逐一観た感想を話し合う。
まずはホラー映画。
「私ホラー映画久々に観たけどさ。なんかその、ジャンプスケアって言うの? あれがやたら多くて嫌だった」
「ああ、静かな雰囲気で急に大きな音を出して視聴者を驚かせる演出のやつね。たしかに多かったなぁ。あとグロかったしね。ホラーにグロいのは求めてないよ。まあでも、何かが起こる前に間を置いたりする演出は参考にできそうだったなぁ」
アクション映画。
「なかなか面白かったわね。CGも凝ってるわりに多用してなかったのも良かったわ」
「役者が体張ってる感あって良かったよね。またバトルものを描くのもありかなって思った」
コメディ。
「終始面白くなかったわね。ギャグが寒すぎた」
「そうかな? 俺は結構笑ったけど。ただ、なんかやりたい放題やってる感じはちょっと嫌だったなぁ。でもまあ、ギャグはテンポが大事なんだってことを学べたよ」
そんな調子で、映画を観ては感想を話してを繰り返した。インプットを兼ねてということもあり、ただ感想を話し合うだけでなく、自然と分析的で深入りしたような会話になっていた。
正直、作画にステータスを全振りしているような赤根に、ストーリーの評価や分析なんてできるのだろうかと疑問に思っていた。
けれど、意外と作品に対する目の付け所がシャープで、なかなか深入りした考察もできていたので驚かされた。
この前カラオケでプロットの話し合いをしていた時なんて、「主人公が実は宇宙人でぇ——」みたいな、支離滅裂でふざけたような案を出してきたというのに。
他にも、今まで赤根と作品制作をしてきた中で、彼女のストーリー作りのできのなさは百も承知だった。そう思うと、なんだかびっくりだ。
ストーリーを考えるのはダメでも、分析することはできるのかもしれない。
「あー、楽しかったわね!」
「そうだね」
そんなこんなで時間が経ち、午後九時頃。
映画を一通り観終えて、俺たちは帰り道を歩いていた。外はもう真っ暗で、夜だというのにどこか蒸し暑い。さすがは夏だ。
「どう小玉君? 少しはプロット作りに活かせそう?」
「うん、思ってたよりも参考にできることが多かったよ。なんかすでにいい話が浮かんできそう!」
「それは良かった、期待してるわよ!」
「うん」
満面の笑みを向ける赤根に、俺はグッドサインを送った。
すると赤根は伸びをしながら、ぽろりとつぶやく。
「それにしても、男の子とデートなんて初めてだったなぁ。なんだか今日は一段と特別な日に感じたわ」
赤根はなんてことない顔でそう言った。思いもよらぬ発言に、俺は動揺を隠せなかった。
「えっ、今日ってデートだったの……?」
「デートだったのよ」
あっけらかんとした態度で笑って見せる赤根。本気で言っているのだろうか? いや、そう考えるのは自惚がすぎるか。おそらくちょっとした赤根ジョークなのだろう。
赤根はたまに真意が読み取れないような発言をするなぁ。
「に、にしても暑いね。あっ、あそこにコンビニあるし、なんか冷たいものでも買おうかな!」
少しばかり気恥ずかしくなった俺は、無理やり話を逸らすようにコンビニへ足を向ける。
「今日は俺のインプットに付き合ってくれたし、アイスでも奢るよ」
俺は軽い気持ちで言ったつもりだった。
しかし赤根はあろうことか、歯にものが詰まったような苦い顔を浮かべた。
……心にぽっかり開いてしまった穴を見つめるように、何かを思い浸るような、そんなどこか物哀しそうな表情を浮かべている。
「うーん……。せっかくだけど遠慮しとく。私、アイス苦手なんだよね……」
赤根はそう言って、どこか儚げな笑みを浮かべた。
……なんだろう。その顔を見ていると、心の奥がキュッとなった。なぜだか悲しい気持ちになってしまう。
「……なんか珍しいね。アイスが苦手だなんて」
「まあ、人それぞれ色々と事情があるものなのよ」
赤根は俺から顔を逸らし、何かを見つめるように遠い夜空へと目を向ける。
その顔はどこか泣き笑いのような、刹那げな表情に見えた。
「まあでもせっかく奢ってくれるんなら、それを無げにしちゃうのも失礼よね。じゃあ私、コーヒーにしよっかな。いいわよね?」
どこか重たい空気を感じたのか、赤根は雰囲気を変えるように明るい声でそう言う。
「もちろんいいよ」
「っしゃあ! ごちになります!」
コンビニでソーダアイスとコーヒーを買い、俺たちは食べたり飲んだりしながら二人並んで夜道を歩いた。
空を見上げると、夏の夜空が星を輝かせながら光っていて、俺たちの今後の創作人生を照らしてくれているようだった。
けれど、俺はまだ知らなかった。これからすぐに、自分のせいで赤根との関係に亀裂が入ってしまうということを……。




