14話
三章 夏休み
汗水垂らして赤根と二人でようやく完成させた漫画。
それを漫画賞に投稿した日から数日が経ち、一学期の学年末考査が終了した。
しかし、試験の結果はまさに壊滅的といえる……。
前回の試験よりも順位が二十くらい下がっているのだから、それは疑いようもない事実だ。
とはいえ、ここしばらくは漫画制作に時間を費やしていたため、勉強の方はかなり疎かになっていた。
言い訳にすらならないかもしれないが、そう考えれば当然っちゃ当然の結果だと思う。
「うぃー、翔太郎! 何だよ浮かない顔して」
帰りのホームルームが終わり、自席で帰宅の準備をしていた矢先のこと。唐突に横から、鏑木君が俺の肩を叩いた。隣には長塚君もいる。
「小玉氏。元気ないっすけど、どうかしたんすか?」
「いや、テストの結果が芳しくなかったんだよ。赤点はギリギリ回避できたけど、母さんになんて言われるか……」
声が自然と沈んでいく。けれど鏑木君は、それを聞いて笑いだした。
「なんだよそんなことか。男ならそんなんでしょぼくれんな。俺なんて全教科赤点だったんだぜ?」
「いや、大丈夫なのそれ? ……全く洒落にならないと思うけど」
普通に留年ルートまっしぐらな気がする。
っていうか、全教科赤点ってもはや才能の域でしょうよ。
「大丈夫だって! これから挽回すりゃあ何とかなるだろ。ははははっー!」
鏑木君はけろっとした顔でそう告げて、盛大に笑いだした。赤点に関しては本当に落ち込んでないみたいだ。
俺もこれくらいのメンタルがほしいものである。
「まあ僕は全教科九十点台でしたけどね」
「「あっそ」」
俺と鏑木君の冷めた声が重なる。長塚君が訊いてもいないことを勝手に話し出したので、少しイラッとした。
「あっ、もうこんな時間か。じゃあ俺、一学期最後の部活行ってくるわ! テニス部の先輩方は怖い人ばっかだから気が滅入るぜ」
「僕も科学部に行ってきます。明後日には夏休みですし、そろそろ部活の課題を終わらせないといけないっすからね」
そういえばあともう少しで夏休みだったか。
忘れていたわけではないのだけれど、近頃は漫画制作に没頭していたため、他のことに意識が回っていなかった。
とはいえ、夏休みは特にこれといって予定はないのだけれど。
まあでもおそらく、赤根とまた次の漫画作品の制作をすることになるだろう。ぼちぼち俺も次回作のプロットを考えないと。
「じゃあまたな」
「ではではごきげんよう」
二人が教室を出ていったので、俺もその場で見送る。
「うん、またね」
そうして俺もリュックを背負って、帰宅しようとした。
本日の文芸部はお休みなので、帰って久々に小説でも読み漁ろうではないか。
次回作のプロットを考えるのはまた今度でもいいだろう。買うだけ買ってそのままにしている本が山ほどあるのだから。
そう考え、ウキウキしながら教室を出た。すると唐突に、背後から肩に手を置かれる。
「どわっ!」
あまりに急だったため、つい大きな声が出てしまった。
おかげで肩を置いた相手方も「きゃっ!」と悲鳴を上げた。
俺が反射的に後ろを振り返ると、そこには華奢な出立ちをした女の子、我が相棒の姿が。
「……び、びっくりしたぁ。背後から急に現れないでよ赤根!」
そこには赤根が立っていた。しかし彼女は頬を膨らませ、こちらを睨みつけてくる。
「そんな驚くことないじゃない。人を怪物みたいに!」
「いやまあ、それはごめん」
頭をかきながら一応謝っておく。すると赤根は、急に話を変えて笑い出した。
「ふふっ、それより聞いたわよ。小玉君、今回の試験散々だったんでしょ?」
「……何で知ってるの?」
「さっき鏑木君たちと話してたじゃん。それを聞いてたのよ」
「ぬっ、盗み聞きとは悪趣味だね。しかも結構デリケートな話を」
「ふふ、学力事情も知ってこその相棒よ。というか恥ずかしがることないわ。私だって散々だったもの。ふつうに赤点もあったしね!」
赤根はドヤ顔で告げてきた。何を威張ってんだこいつは。
「まずいじゃん、ダメじゃん。赤点は夏休みに補修を受けなきゃならないんでしょ? 貴重な夏休みがお釈迦になっちゃうよ」
「ふっふっふー、大丈夫なんだなぁそれが。赤点取ったの現代文だけなんだけど、明後日までに反省文を書いてきたら許されるんだってさ!」
何じゃそれ。そんなのありかよと言いたくなったが、正直俺には関係のないことだし別にいいか。
というか、赤根も勉強できないのか……。
「どんくらい書くの?」
「四百詰め原稿用紙八枚分!」
「……お、おう」
思っていたより鬼畜だった。何を思って大丈夫だと言ったのかがよくわからん。
「……それより、何か用?」
俺は話を戻す。
すると、赤根は眉間を寄せて睨みつけてきた。
「何って、決まってるじゃない。次回作についての話し合いよ。早速だけどこのあと時間ある?」
あまりに急だったので戸惑ってしまった。前回の漫画が完成したのはつい数日前の話だ。
だというのに、赤根はすでに次回作に取り掛かろうとしているのか。
いや、もちろん俺も早く次の作品を作りたいとは思っていたが、もう少し先でいいかなんて甘ったれたことを考えていた。そう思うとそんな自分が恥ずかしい。
たしかに今からでも次の作品に取り掛かかるくらいの熱量がないと、いつまでも漫画家にはなれないだろう。
「ああ、そうだね。うん、大丈夫。このあと全然暇だから」
すると赤根は訝しげなものを見るような目で、こちらを睨みつける。
「……小玉君、まさか次回作のこと念頭においてなかったわけじゃないでしょうね?」
図星をつかれてしまった。いや、念頭においていなかったわけではない。そこだけは誤解しないでほしい。
けれど、まだ先でもいいかなぁなんて考えていたものだから、ついギクリとしてしまった。
「ま、まさか。ちゃんと考えてたよ? ただそんなすぐにはお話も考えられないから、ちょっと悩んでる最中で……」
「ふーん? まあそれもそうか」
赤根は怪しむように下から顔を覗いてきたが、すぐに納得してくれた。
「まあ俺もこのあと時間あるし、ゆっくり話そうよ」
「いや待って。要は小玉君、プロットの案が浮かばないってことよね? なら私が一緒に協力してあげる」
「協力……?」
はて? 協力といっても何をしてくれるんだろう。
俺が首を傾げていると、赤根がにこやかに俺の肩を強く抑えた。
「夏休み。私と一緒に映画デートしよう! いろんな映画を梯子して見て、どんどんインプットしていくの!」
「ああ、なるほど……って、え?」
デート。その響きに少し動揺してしまった。けれど赤根は、なんてことないように首を傾げている。
「……どうしたの? 私、何か変なこと言った?」
「いや、別に言ってないけど。デートとか、よくそんなの恥ずかしげもなく言えるなって……」
「はっ、意識しすぎててキモいよ? 別に深い意味はないんだから。とにかく、どうせ夏休み暇でしょ? 一緒に映画鑑賞マラソンするから、ちゃんと予定空けといてね!」
「う、うん。了解」
夏休みは赤根と漫画制作をすることになると思っていたが、まさかそれが映画鑑賞マラソンという形になるとは予想していなかった。
……今年の夏は、例年よりも忙しくなりそうだ。




