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第百五十二話~益州の戦乱 八~

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。


第百五十二話~益州の戦乱 八~



 建安四年(百九十九年)



 巴郡の郡治所では、驚きとも呆れともつかぬ空気が支配していた。それもその筈で、劉瑁に対して反旗を翻した趙韙から降伏の使者が派遣されていたからである。確かに彼らが郡内へ入ったことまでは分っていたが、どこにいるかまではまだ把握していなかったのである。どうにかして行方を掴もうとしていた矢先に降伏するという内容の書状を持った軍使が訪れたのだから、混乱するのもまたあり得る話であった。


「それで、降伏だと? 何かの冗談か?」

「いえ。冗談などではございません。龐楽様たちは、蔡琰様へ降伏致すべく我を太守様へ派遣されたのです」


 軍使の物言いを聞き、巴郡太守の蔡琰(蔡邕の娘とは別人)は眉をしかめた。目の前の軍使は、確かに兵を挙げた趙韙の軍勢から派遣された者である。少なくとも、自身がそう言っていたのだ。それであるにも関わらず、目の前の男の口からは趙韙が降伏するとの言葉が聞けなかったからである。普通であれば、郡を束ねている趙韙が降伏するといった物言いとなる筈だ。しかし、軍使の口から出た言葉には側近となる龐楽の名前はあっても、反旗を翻した男の名前はない。太守が眉を顰めたとしても、不思議なことではなかった。


「ちと確認するが、趙韙の使者ではないのか?」

「……は。趙韙様は、お亡くなりになりました」


 軍使の言葉を聞いて、蔡琰は言葉の裏にある意味を察した。趙韙は、味方に裏切られたのだと。彼が成都の戦いで大敗を喫したことは、蔡琰も聞き及んでいる。つまり落ち目となった趙韙は、味方に裏切られ命を落とす羽目となったのだ、と。古今東西ここんとうざい、落ち目となった者が味方から裏切られて命を落とすなど、枚挙にいとまがない。彼もまた、数多い先達たちと同様の最後を迎えたのだと、蔡琰も漸く事態を察したのであった。


「ふむ。まずは会おう、話はそれからだ」

「おお。感謝致します」


 役目を果たせたことに、軍使は安堵の表情を浮かべていた。

 嬉しそうな雰囲気を滲ませながら退所した軍使を見送った後、蔡琰は使者を三人立てる。一人は、益州刺史の劉瑁に対してである。もう一人は、丞相である劉逞に対してとなる。そして最後の一人は誰に対する使者であるかというと、従兄弟の蔡瑁に対するものであった。前者の二人に対しての使者はまだしも、従兄弟とは言えどうして蔡琰は蔡瑁に対しても死者を出したのかというと勿論、意図がある。その意図とは二つあり、一つは従兄弟に対する好意である。しかしてもう一つはと言うと、蔡瑁を通して宗室の劉表に繋ぎを取ることであった。いかに蔡琰が漢の家臣とはいえ、劉逞を直接知っているわけではない。噂で聞く人物像であればまずそんなことはないとは思うが、もしかしたら自分の知らせなど握り潰されてしまうかもしれない。本人のその気はなくても、彼の周りの者までは分らないのだ。そこで蔡琰は、宗室の劉表に対して従兄弟からつてで繋ぎを取ることで、万が一にも握り潰されない様に画策したのだ。

 なお、結果から言えば彼の全くの杞憂であり、蔡琰が派遣した使者は三人とも見事役目を果たしたのであった。



 龐楽と李異の派遣した軍使が蔡琰と会ってから五日後、彼らは面会を果たしていた。そうは言うものの、龐楽と李異は厳重な警戒の中である。当然と言えば、当然である。彼らは益州刺史、ひいては漢そのものに反旗を翻した者たちなのである。降伏する旨の使者を出してどうにか面会するまでにこぎ着けてはいるものの、信用などされているわけがないのだ。

 実際、彼らが蔡琰に会えたのも、趙韙の首を持参したからである。仮に何も手土産もなく単独で降伏を申しだしたとしても、受け入れられることはなかったであろう。即座に捕えられ、死刑場の露と消えていた筈なのだ。その様な結末、しかもかなりそういった事態となる可能性が高かった彼らがこうして郡太守と面会できているのだから、ひとまずは賭に勝ったと言えるかもしれない。しかしながら、そう簡単に安心もできない。あくまで、彼らが生き残る為の関門の一つを超えただけでしかないからだ。


「確かに、趙韙の首の様だ」


 実は蔡琰、まだ趙韙が生存していた頃に、幾度か会っている。ゆえに顔を覚えており、目の前に鎮座する首の顔には趙韙の面影があった。これには、面会までの時間が余り掛らなかったことが要因として大きい。仮に面会の実現まで時間が掛っていた場合、首が痛み判別が難しくなっていた可能性だってあるからだ。


「無論にございます」

「……よかろう。そなたらの助命、丞相閣下に進言しよう」

「よしなにお願い致します」


 彼らは殆ど叩頭と言ってもいいぐらいに平伏しつつ、蔡琰に自分たちの助命を頼み込んだのである。上手くいくかは分らないものの、それが条件ならば致し方ない。蔡琰は再び従兄弟の蔡瑁の伝を介して詳細を記した書簡及び龐楽ら助命嘆願書を送ったのであった。





 この様な事態が巴郡で行われていた頃より、時間は遡る。それがいつかというと、趙韙の成都攻め失敗についての話が、周囲へと知れ渡り恥じた頃であった。どうにか成都攻めをなんとかしのいだ劉瑁だが、当然の様に追撃を命じている。その一方で成都もう一つの勢力であった張魯一派はと言うと、追撃には関与していなかった。

 そもそも彼らが劉瑁と手を組んだのは、生き残り戦略の一環である。つまりすぐ近くに趙韙という脅威が現れた為に手を組んだに過ぎず、彼の生死など全く興味はなかった。だからこそ彼らは成都に残り、当初の予定通り鶴鳴山を拠点として張衛に対抗しようとしたのだが、その動きが本格化する前に張魯に接触してきた人物がいる。それが誰かというと、趙燕であった。

 彼は比較的早く張魯の存在を確認していたが、おりしも成都攻防戦のただ中ということもあって、目立つ動きを避けていたのである。しかし成都攻防戦が終わりを見せた以上、遠慮などすることはない。早速動くと、張魯へ接触したのである。そもそもからして張魯は劉逞に対して恭順する旨の書状を出している。それである以上、劉逞が抱える密偵集団の長とも言える趙燕からの接触を断る筈もなかった。


「丞相様からの使いに、相違ございませんな」

「うむ」

「しからば……五斗米道三代目天導師、張公祺にございます」


 自らを紹介した上で張魯は、趙燕に対して自身を含めて望まれることを尋ねる。するとその答えは、改めて劉逞に対して恭順の意を記した書簡を送ることと漢中にいる張衛の討伐要請であった。そして張魯としても、異論などあろう筈もない。そもそも、彼は恭順するつもりだったのである。今さら前言をひるがえす気もなく、寧ろ望むところであった。


「分りました。すぐにでも認めましょう」


 趙燕へ返答すると、張魯は言葉通り書簡をしたため始める。張魯自らが筆を取った書簡を渡された趙燕は、すぐに劉逞の元へと向かった。彼が凄腕の密偵であると言うことを差し引いたとしても驚異的な速度で洛陽に到着した趙燕は、そのまま劉逞と面会して張魯からの書簡を渡す。一読したあとで劉逞は、即座に命を発する。その命とは、長安近郊にて今か今かと待ちわびている軍勢に対するものであった。

 数日後、急使から劉逞の命を受け取った鍾繇は馬騰と韓遂に進軍を命じる。すると彼らは第一軍として、漢中郡への進軍を開始した。この事態に慌てたのは、張衛と宋建である。彼らもいつかは、漢の軍勢が攻め寄せてくるだろうとは思っていた。しかしそれは、まだ先のことだとも思っていたのである。だからこそ彼らは漢中郡の平定に力を注ぎ、勢力の拡大を図っていたのである。しかし漢の軍勢が動いたとなれば、話は別である。早々そうそうに、迎撃の用意をしなければならいからだ。しかも進撃する軍勢の第一陣を務めるのは、馬騰と韓遂である。簡単に迎え撃てる様な相手ではないことは言うまでもなく、宋建も張衛も大いに気を引き締めながら迎撃態勢を整えていくのであった。



 さらに、時はもう少し遅くはなるが、益州の南方でも動きが起きていた。その動きとは、軍勢を率いて交州を進んでいた袁紹が、いよいよ益州へと入ったのである。彼らが抱える大義名分は、益州南部で起きている反乱に対する援軍である。だが、劉瑁が動けないのは知っての通りであり、事実上単独での軍事行動であった。


「公則。本当に話はついておるのだな」

「はい。本初様、問題ありません」


 彼らの言う話がついていることが何を指すのかというと、駅手南部で起きている反乱騒動の首謀者たちである。実のところ、彼らをそそのかしたのは袁紹である。密かに後ろ盾となるので彼らに反旗を翻す様に甘言を操ったのだ。その甘言に、乗り彼らは劉瑁に対して反旗を翻したと言うのが真相である。その彼らの反乱だが、先ほどから述べている様に仕組まれたものでしかない。そして仕組んだ張本人である袁紹の到着後に、降伏する予定であった。


「そうか。ならばいい。だが、間違っても油断はするな」

「分っております。お任せ下さい」

「うむ」


 袁紹が鷹揚おうように言葉を返すと、郭図は頭を一つ下げてから袁紹の前を辞したのであった。

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