その6
「ふっふふーん」
数種類の薬草と、クギの茎や花びらなどを混ぜ、すり鉢で丹念にすりつぶしていたスーランは、そろそろかな、と手を止め、指先にすりつぶしたものをちょこんとつけると、舐めた。
「んっ、いい感じ」
生の葉は、乾燥したものよりも独特な苦味と匂いがあるが、蜂蜜などの甘味と混ぜれば少しは紛れるだろう。
「……王女様、そんなに怪しげなものが本当に効くのですか?」
スーランのためにしつらえられた室内は、女の子らしい調度品が並んで華やかだった。
そんな中、行儀悪くベルツェラ織の絨毯の上で、薬草を広げてご機嫌に鼻歌を歌うスーランは怪しさ満点だった。
なによりも、薬草独特の匂いが充満し、窓を開けていても外へ逃げてはくれなかった。
少しスーランから距離を置くセリティンを見上げたスーランは、うーんと小さく唸った。
「効くよ。それに、王宮の主治医も匙を投げてるなら、なんでも試さないと、ね」
医師の真似事までするスーランに、セリティンは手に負えないとばかりに肩を竦めた。
「これでは、お客様も呼べないではありませんか。香炉を焚いて臭いを消そうにも、王女様の許しが得られないなんて嘆かわしいですわ。このように薬の匂いに常に包まれてますと、病人にでもなってしまった気分ですわ。わたくしたちのお仕えする方の身分を忘れそうになりますわね」
ちくりと嫌味をよこすセリティンに、小瓶にできあがったものを詰めていたスーランは、にっこりと笑った。
「身の内から毒を退ければ、天珠全うし、って言うでしょ。薬草を飲んでいて損はないし。それに、チシャ茶のおかげで、体調もいいって言ってたじゃん」
「それは……まぁ。けれどチシャの葉はそのまま使用できますでしょ。香りもきつくはありませんし……。だいたい、お持ちになった薬草はそう多くありませんでしょ。まったく、どこから毎日そのようなものを手に入れるのかしら」
「ふふん。いたるところに体にいいものは自生しているんだよ。特に、薬園があるから、調達するには……あっと、いっけない」
「王女様! まさか、盗まれているのですか!? いかに王女様とはいえ、医所で管理されている薬草を黙って刈り取るなんて……なんということでしょっ」
「ええーー。いっぱい生えてるんだから、ちょっとくらい大目に見ようよ。使わなければ宝の持ち腐れだよ。枯れていくだけだったのを有効活用しているだけなのに」
「まぁ、なんということでしょっ」
ふらりとよろめくセリティンを年若い侍女たちが素早く支えた。
「お、お気を確かにっ」
「気付け薬もあるけど、使う?」
「スーラン様、そんな火に油を注ぐようなことをおっしゃらないでくださいませっ」
そんな風にわいわいと騒いでいると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「今日も君の部屋は賑やかだね」
「アルツィ!」
いつの間にか、アルツィが扉の前にいた。
半分開かれた扉の奥から、笑いをこらえているような、申し訳無さそうな、なんともいえない顔をした侍女が、頭を下げた。
「申し訳ございません。フォーラント家のご子息様がお見えですとお伝えに参ったのですが、聞こえないようでしたので」
「許可を得ず入るのは…とも思ったんだけど、あまりにも賑やかな声が扉の外にまで聞こえてね」
「いいよ、別に。わたしは気にしないし」
「姫さん、そこは気にしたほうが……」
どこか疲れたようにエルゼンも部屋へ入ってきた。
アルツィは、我に返ったセリティンたちに進められるがまま窓際の円卓へとついた。エルゼンは扉の前で警護するようだった。
「また、作っているの?」
「そうだよ……っと、でっきた! ほら、アルツィ、可愛くない?」
スーランは、最後にリボンを結ぶと、朝摘んだばかりの花を挿した。
しかし、アルツィの顔色は冴えない。呆れともとれるため息を吐きながら、苦く笑った。
「いくら作っても王妃の手には渡らないよ」
「わかってるよ」
むぅっと唇を尖らせたスーランは、掌ほどの箱を見つめた。
スーランは、王妃が病に臥せっていると聞いてから、体によさそうな薬を作っては、アルツィに託していた。
しかし、警戒が強い王妃の主寝室周囲は、宰相の息子であるアルツィでも入れなかった。
仕方なく、人づてに頼んだものの、スーランからの贈り物は王妃の手元に渡ることなく処分されているようだった。
「スーラン? どこへ……」
いきなり立ち上がったスーランをアルツィが訝しげに見上げた。
「どこって、どうせ捨てられるんなら、実力行使あるのみっ。ほら、エルゼン。そこ、退いて。邪魔邪魔」
「ひ、姫さん?」
エルゼンを扉の前から押しのけたスーランは、そのまま部屋を出て階段を駆け下りた。
「お、王女様、お待ちくださいっ」
「スーラン、待って……!」
みんなの追ってくる足音を聞きながら、スーランはべっと舌を小さく出した。
「待てないよ、ごめんねっ」
足の速さでスーランに敵う者はいない。
「ちょっと出かけてくるね~」
「いってらっしゃいませ」
すれ違う侍女に声をかけると、彼女は微笑ましそうな顔で頭を下げた。後ろから悲鳴混じりの声が聞こえているだろうに、スーランの足を止めることはなかった。
スーランがやって来ることに気づいた警備兵が、正面の重厚な扉をゆっくりと開いた。
「ありがとっ」
扉を開けてくれた警備兵に礼を言うと、彼は朗らかに「いってらっしゃいませ」と声を返した。
「なぜ扉を開けるのですかっ」
「王女様の願いは叶えるべきかと存じます」
「そういう問題では……っ」
扉が閉まる寸前に聞こえてきた声は、セリティンだ。あの声の距離からすると、階段を降りる前くらいかなとあたりをつけたスーランは、なんなく逃げ切ったと笑みを深めた。
(えっと、確か、王妃様はブルッセリス宮殿の南端の三階……よしっ)
セリティンから聞いた情報を思い出しながら足を進める。
舗装された小道をしばらく走ると、ブルッセリス宮殿が見えてきた。
壮麗な佇まいは、さすがに国王が居城としているだけある。手入れの行き届いた庭園に、女神の像の彫刻が彫られた白亜の外観が、重々しく映える。
警備兵が不審そうにスーランを見やるが、新しい王女であることは知っているのだろう。一瞥するだけで微動にしなかった。
それをいいことに、スーランは裏手へと回った。
「三階……あそこかな?」
きょろきょろと辺りを見回したスーランは、だれもいないことを確かめると、スカートの裾をちょっとまくりあげて結んだ。このときのために、動きやすい服を選んだのだ。
箱を懐へとしまい、そばにある大木に足をかけた。ごてごとしたドレスではなく、簡素なスカートだったため、そのままするりと木を登り、二階の突き出たバルコニーへと飛び移る。
「よっ…と」
足場の不安定な枠の上でつま先立ちになるが、背の低いスーランの手は三階のバルコニーまで手が届かない。しょうがないと、両足に力を入れて跳躍したスーランは、片手でバルコニーの床に手を置いた。もう一方の手も乗せ、ぐっと体を上へと持ち上げる。
柵を掴み、難なく目的地へ侵入したスーランは、大きな窓の前に懐から取り出した箱を置いた。ちょっと潰れてしまった花がかわいそうだったかもしれない。
中の部屋は静かで、少し薄暗い。
天蓋付きの大きな寝台がちらりと見えた。
(あそこに王妃様がいるのかな)
微かだが、気配は感じる。
でも、弱々しい気がするのは、寝込んでいるからだろうか。
(本当の王妃様の子が見つかればいいのに)
考えても栓のないことだったが、スーランは願わずにはいられなかった。
王妃はとても思慮深く、民を思いやる心を持った素晴らしい女性だと聞く。
だからこそ、国が傾いている今、王妃の力で王国を立て直して欲しかった。
そのとき、ふいに人の気配を感じたスーランは、しまったとばかりに下を見下ろした。
そこには、こちらを驚いたように見上げる庭師の女性がいた。
やばっ、と顔色を変えたスーランは、バルコニーからするりと身を躍らせた。
「きゃあぁぁ――――ッ!」
ロアナには、スーランが飛び降りたように見えたのだろう。空気をつんざくような声が、響き渡った。
「――っ」
声に驚いたスーランの平衡が崩れる。とっさに二階のバルコニーの柵を掴み、衝撃を抑えてから地面へと着地した。
「何事です!」
わらわらと集まってくる警備兵たち。
ロアナは、帽子をくいっと下げると、居心地悪そうに立ちすくむスーランに視線をやり、ゆるく首を振った。
「いえ……、大きな蜂がいたものだから驚いて……。お騒がせして申し訳ありません」
彼女が謝ると、彼らは舌打ちして去っていった。
「ごめんなさいね、わたしが急に声を上げたものだから……」
「いいって。ちょっと人には言えないようなことしてたのはわたしのほうだし。けど、どうして、突き出さなかったの? 王妃様の部屋のバルコニーにいたんだよ? 本当なら、捕らえられても文句いえないけど」
「悪さをしているようには見えなかったからかしら。あそこで、なにをしていたの?」
彼女は小首を傾げた。
「薬をね、作ったからあげようと思って。ほら、前に言ったでしょ。アーロンは万能薬だって。この間、ロアナさんに分けてもらった花びらと、ほかにも数種類の薬草を調合して作ったんだよ。ほんとは直接渡したいけど、無理だし。人づてだと捨てられるでしょ。だから、ね。なんかこそ泥みたいになっちゃったけど。へへっ」
「あなたが? 薬師の勉強でもしていたの?」
「ふふん、お師匠様直伝の解毒剤はね、すごいんだから! 毒蛇に噛まれたって、それを煎じて飲めば一日で治っちゃうんだよ。わたし、その薬で治らなかった病を知らない。……だから、王妃様も治ればいいなって」
「噂を聞いたのね……」
「ロアナさんも知ってるの?」
「少しだけ」
ロアナは悲しげに声を落とした。もしかして、王妃と顔見知りだったのだろうか。
「あなたは、優しいのね。危険を冒してまで薬を届けるなんて……」
「優しい? 違うよ。わたしは、わたしの満足のためにやってるだけ。王妃様が元気になれば、きっとなにかが変わるよ」
「そう、かしら…。王妃様が元気でいらした頃から、ちっとも変わらないわ。いいえ、腐敗しているように感じる……」
「ロアナさん?」
「あら、ごめんなさい。あなたに言ってもしょうがないのに」
「みんな憂えてるんだね、この国の未来を」
スーランが煙るような目で、じっと宮殿を見上げると、ロアナがハッと息を呑んだ。
「──あなたは、不思議な子ね。無邪気なようで、ときどき大人びた表情をする。あなたの育った環境がそうさせたのかしら」
「どうかな。お師匠様の影響かも……、っと、いけない。アルツィたちがわたしのこと捜してる。またね、ロアナさん。さっきは助かった。ありがとう」
ぺこりとお辞儀をしたスーランは、遠くで自分を呼ぶ声に気づいて走り出した。
ロアナの思い詰めたような視線に気づかぬまま――。




