その二
スーランを迎えた法廷の場では、複数の審問委員による真偽応答が始まっていた。
広間より手狭な部屋ではあったが、両壁に沿って設けられた席では、副宰相の息の根が掛かった諸侯や貴族たちが、悪意を持った眼差しをスーランに投げつけていた。
スーランは、四方から向けられる嘲笑と嫌悪に怯むことはせず、審問委員が罪を読み上げるのを黙って聞いていた。
「──被告スーラン・ライザは、アルツィ・フォーラントと共謀し、王女になりすまし、王位を奪う陰謀を企てた……」
「違うわ! わたしは、なりすましてなんかないっ。本物の王女よ」
彼の言葉を遮ったスーランは、堪らず叫んだ。
嘘は、突き通さなければならない。
そう、スーランは本物の王女を演じなければならないのだ。
さもないと、アルツィたちも死罪は免れないだろう。
(あんなにこの国を想っている人たちが死んだら、今度こそこの国は終わりだ。わたしを支えてくれる人たちのためにも、わたしは演じきってみせる)
けれど、スーランの必死の叫びにも、彼らは耳を傾けなかった。
「では、その証拠はありますかな?」
「証拠……?」
ぐっと言葉を詰まらせたスーランは、視線をさまよわせた。
そんなものあるわけない。
黙り込んでしまったスーランに対し、審問委員の一人が勝ち誇ったように、にやりと口の端を持ち上げた。
「では、あなたが王女ではないという証拠をお見せしましょう。証言人を前へ」
「え……」
スーランの顔から血の気が引いていく。
現れたのは、村にいるはずの叔母であった。
──やられた。
絶望が、心を蝕んでいく。
副宰相は、端からスーランを疑っていたのだろう。出生をわざわざ調べあげ、叔母を利用しようと考えたのだ。
スーランを深く愛してくれていた彼女が、スーランの不利になることは言わないだろうと高をくくっていたが、叔母は、次々とスーランが王女であることを否定していった。そう答えることのほうが正義であるかのように。
「ええ、そうですとも。スーランは、姉の子ですよ。……王女? とんでもない! きっとこの子のことだから、知らずに王女のまねごとなんか……」
近親者の確固たる証言により、スーランは身分詐称罪が確定した。
叔母の去っていく姿を呆然と見送ったスーランの冷えた指先がわずかに震えた。
突き刺さる視線が、強くなったようだった。
にやつく副宰相と勝利を確信して艶やかな笑みを浮かべたオルビアーナの隣で、国王は暇そうに欠伸をしていた。
スーランがどうなるなんて微塵も興味がないのだろう。
あまりの傍若無人さに、カッと腹が熱くなった。
「──バカ国王」
思わず呟いた声は、思いのほかよく通った。
シンッと静まり返った場内が、一瞬後にざわめいた。
「なんと無礼な……!」
「陛下を侮辱するとは」
駆け寄ってきた衛兵が、スーランを捕らえよと腕を伸ばすが、向けられた鋭い視線に怯んだようにびくりと止まった。
スーランはすっと背筋を伸ばし、苛烈な色を宿した双眸を国王へと移した。
「あんたが言いように操られているせいで、民がどんだけ苦しい思いをしているかなんて知ろうともしない! なにが国王だ。王座にただ座って、無駄遣いをしてるだけの能なしじゃん。ただ王家に生まれただけで、わたしたちより偉いの? そんなに血筋が大事? 国を支えてるのは、あんたじゃない。権力を持たない平民だ!」
張り上げた声は、天井に跳ね返り、まるで天から降ってくるようだった。
凛とした佇まい。
ただ着飾った小娘、と侮るには、まとう雰囲気に威厳があった。
赤い色を散らしながらきらきらと輝く紫の瞳は、逆らいがたい強い光が宿っていた。
「額に汗して働く民がいるから、あんたは──いんや、あんたたちは安穏と暮らすことができる。世話をしてくれる使用人がいるから、居心地がいい部屋で過ごすことができるんだ。多くの人たちのおかげで、贅沢な生活ができていることを忘れるな! このっ、バカ王がっ」
「たわけたことを! お前たち、なにをしている。さっさと罪人を捕らえないかッ!」
引きつった顔で、副宰相が檄を飛ばした。
それに弾かれたように、衛兵二人がスーランの両腕を掴んだ。
しかし、スーランは怯まなかった。
眠気の覚めた顔で呆然としている国王相手に、啖呵を切った。
「娘を愛してるからって、なんでもかんでも欲しい物を与えるのが親の愛情だって? はっ、笑わせる。そんなの愛じゃない。可愛がるだけならだれでもできる。あんたは考えることもせず、オルビアーナ王女の言いなりになった。それでどうなった? そろそろ、目ぇ覚ましなさいよ! この国の現状を、その両目をしっかり見開いて、見てみなさいよ。オルビアーナ王女のわがままのせいで、民がどんなに困窮しているか。飢えて死んでいく者たちがいることを知ろうともしないのは、──罪だ!」
スーランは容赦なく糾弾した。
惨めに捕らえられていても、その輝きがあせることはなかった。
風格に満ちたその姿は、周囲の者たちの心まで揺るがしたようだった。
「おいっ、本当に偽の王女なのか?」
「彼女の言葉には、不思議な力がある」
「まるで、在りし日のルイッツエラ王妃のようだ……」
年配の男が、懐かしそうに目を細めた。
ルイッツエラ王妃は、現国王の母に当たる。
炎を身の内に宿したような生き生きとした人だった。異国から嫁いできた彼女は、黄金の髪に紫の双眸を持っていた。そう、行方不明となった王女と同じ。国王には受け継がれなかった色は、王女へと継がれたのだった。
若い世代は、若くして命を落とした王妃のことを知る者は少ないだろう。
けれど、彼のように年がいった者ならば、王妃の姿をすぐに思い描くことができる。
不正を許さず、民のために奔走したルイッツエラ王妃の姿と、スーランの姿がなぜか重なったのだった。
言葉遣いも、本質すら違うというのに、あの逆らいがたい雰囲気と、見る者を引き込む魅惑的な瞳が、どこか亡き王妃を思い起こさせた。
「ルイッツエラ王妃が、この国の惨状をご覧になったら、激昂するだろうな」
「いやいや、手に槍を携え、乗り込んでいらっしゃるだろう」
「ああ、まことに、惜しい方を早くに亡くされたものだ。亡き王妃がご存命ならば、陛下もあのようなことには……」
「いや、それを言うならばワシらもだ。副宰相の甘言に乗り、この国の行く末から目を逸らしていた」
濁っていた彼らの目に、光が宿り始める。
それに慌てたのは、まだ若い諸侯たちであった。
「なにをおっしゃいます。あの小娘の狂言に惑わされているんですか? いつも飄々としてつかみ所のない、老獪なあなた方が情けない。アレはただの、平民の娘ではありませんか。目を注ぐ価値もない」
「副宰相に逆らったら、この身もどうなることか……」
彼らが保身を考えたそのとき、副宰相の促す声でようやく我に返ったらしい審問委員たちが、スーランに絞首刑を言い渡した。
それは、スーランを平民と見なした瞬間であった。
貴族ならば、その名誉を傷つけないよう斬首刑に処すのが一般的だ。
次に、宰相やその息子についても、死罪が言い渡された。
晴れやかな表情を浮かべる副宰相とは対照的に、場内の雰囲気は気まずげであった。
スーランが、気丈なまでに平静を保った姿が、みんなの視線をさらう。
恐れも、屈しも、また許しを請うこともしないその姿は、弱冠十五歳の娘にしては肝が据わりすぎていた。
死への恐怖を感じさせない、強い眼差しは、未だ国王へ向けられたままだ。
あちこちから感嘆としたため息が漏れる中、呆けていた国王が口を開こうとしたそのとき。
「──悪いが、スゥを殺させるわけにはいかない」
国王が声を発する前に、心地よい美声が響き渡った。
何者だ、と緊張した声が飛び交う中、スーランを取り押さえていた衛兵の体が吹き飛んだ。
その横に、すっと寄る影。
頭からすっぽりと漆黒の外套を被った人物は、スーランを守るように引き寄せると、指を鳴らした。
それが合図だったかのように、奥の扉から人影が。
その姿を目に入れた者たちが、息を呑んだ。
それは、たった今、死罪を言い渡された宰相とアルツィであった。
彼らに挟まれるように、小柄な老女がゆっくりと歩いてきた。
何事かと動揺が走る場内に、審問委員も訝しげであった。
「失礼。スーラン王女の身の潔白を証明するために、私も証人を用意した。異存はありませんな?」
罪人となった今でも、その権力が衰えることはない。
国王の右腕として培った重みのある声音。
少しばかりやつれていても、存在感は健在である。
顔色を変えた副宰相が捕らえるよう命じたが、国王が制した。
「ヴァズールよ、そなたは己がなにをしているのかわかっておるのか?」
「陛下、公平をきたすために、我々の訴えにも耳を貸して下さい。このまま一方的な言い分ばかりでは、白も黒となりましょう」
「よろしい。そなたに発言を与える」
「へ、陛下っ。彼はスーランを使い、陛下の命を脅かそうと……」
「黙れ、ドゥオーラ。余はもう、そなたの戯言は聞き飽きた」
国王が一蹴したことにより、副宰相に悔しげに唇を噛んだ。
国王に礼を言った宰相は、老婆を前へ進ませた。
「では、ご婦人。十五年前の出来事を今一度、話してはいただけないだろうか」
「ああ、何度も言ってやるさ。スーランは、エルヴァの実の子じゃないよ。あたしは、ローツ村で唯一の産婆でね、エルヴァがようやく子を授かったときは、それは喜んださ。あの子は中々、子を授かりにくい体質だったからね。陣痛がはじまったときも、それは大変でね。長い時間がかかったよ。でも、ようやく産み落とした子は、残念ながら腹の中ですでに息絶えてたのさ」
場内が静まり返る。
だれもが老婆の話に耳を傾けていた。
「エルヴァは、それは嘆き悲しんでね、冷たい小さな体を布で大事に包んで、森へと埋葬しにいったんだ。だれもそんな彼女に声をかけたりできなかったさ。アンタ方男は、その悲しみが理解できないだろうねぇ。せっかく腹の中で大事に育んできた命を失っちまったんだから。けれど、戻ってきたエルヴァの手には赤子の姿があったんだ。──金髪に紫の目をした、それは可愛らしい子供だったよ。エルヴァとは似ても似つかぬ赤子を嬉しそうに抱いて、私の子よ、と自慢げに話す彼女にだれも何も言えなかったさ。あたしらはね、その子供をエルヴァの実の子として見守ると決めたんだよ。……そう、その子供こそ、そこにいるスーランさ。離れて暮らしていたエルヴァの妹はね、スーランが実は捨て子だったという真実を知らされていなかったのさ」
スーランの顔が強ばった。
彼女は何を言っているのだろう?
老婆には見覚えがあった。確か、親類を頼ってよその町へ行ってしまったはずだ。
なのになぜここに?
しかも、自分は母の子ではないと言っている。
わけがわからなかった。嘘をついているのだろうか? スーランのために。
「だ、だからと言って、その娘が偽物ではないという証にはならんぞっ」
副宰相の顔が怒りで真っ赤に染まる。
それに対し、フェアロンが哄笑した。
「ならば、産着はどうだ? 王家の紋章が入ったその産着こそ、スーランが王女である証」
フェアロンは、少し色あせた産着を審問委員に向かって放り投げた。
わたわたと受け取った彼らは確かに紋章が入っていることを確認すると、国王に報告した。
「嘘だッ。ねつ造したに決まっている!」
「──わたしに、見せて下さい」
諸侯たちと並んで座っていたロアナがいきなり立ち上がると、制止を振り切って審問委員の傍へ寄った。
震える手でそれを取ったロアナは、名前の入った刺繍を指先で愛おしげになぞった。
「これは確かに、王妃がクルッチェルラ王女に与えたものです」
「……ッ、貴様になにがわかるっ!」
「わかりますとも。――わたくしが、産まれてくる我が子を想って繕ったのですから」
ロアナは、髪に手をやるとすっと横へ引いた。
とたん、栗色の髪の毛がズレ、その下から見事な黒髪があらわになる。ハンカチで頬をこすり、そばかすを消すと、化粧をしていなくとも彼女がだれかみんなわかったようだった。
「ローディアナ王妃……!」
驚愕する一同に、ロアナ──ローディアナは、ふっと笑みを浮かべた。
「残念ながら、わたくしはこうしてぴんぴんしているわ。毒で臥せっていたのは、わたくしの影。いい機会だからと、わたくしを狙った犯人をあぶり出そうと身を扮して、探っていたのだけれど、その間に陛下はずいぶんとお変わりになられて」
「お、王妃……」
国王がうろたえる。病的に白い肌が、ますます青ざめていくようだった。
「けれど糾弾するのはあとにしましょう。今大切なのは、スーランがわたくしの子であるという事実。まさか、生きているとは思っていなかったけれど、これは嬉しい朗報です。神に今ほど感謝したことはありません」
ローディアナは、愛おしげにスーランを見つめた。
「違う! そんなのはでたらめだっ。王女が生きているはず……っ」
ハッとしたように口を塞いだ副宰相に、宰相が鋭い視線を投げる。
「なぜ、そう確信する? お前は孤児院で育ったオルビアーナを王女に据えたはず。矛盾してはいまいか?」
「……っ」
副宰相が冷や汗を掻いた。
「ターザック・ドゥオーラこそ、王女の誘拐を目論んだ黒幕だからだ」
「お師匠様……?」
不安そうなスーランの頭をポンッと叩いたフェアロンは、すっと外套を放った。
怜悧な美貌をさらした青年の姿に、どよめきが走るが、副宰相の顔からは血の気が引いていった。
「なぜ私が知っているか、それは…私が、産まれたばかりの王女を誘拐したからだ。私は彼から多額の金品と引き替えに、王女の暗殺する任を引き受けた。けれど、小さな王女をさらった私は、殺すことができず、ちょうど赤子を失って悲しんでいたエルヴァに引き渡した。私としては、こんな陰謀渦巻く宮廷ではなく、村でのびのびと幸せに暮らして欲しかったが、それも過ぎた夢か」
苦笑したフェアロンは、自分を信じられないと言いたげに見上げるスーランを見つめた。
「嘘……嘘だよ、そんなの嘘っ」
「スゥ……」
「お師匠様はわたしを守ってくれたっ。ずっと…、ずっと……っ!」
「スゥ、真実だ。目を逸らさず、受け入れろ」
「……!」
スーランが呆然と立ちすくむと、宰相から指示を受けた衛兵が副宰相とフェアロンを逮捕した。
「ぃや、っ」
手を伸ばすが、無情にも空をかいた。
(行かないで、やだよっ。こんなのってないよ……――!)
頭が真っ白になる。
ふらりとスーランの体が、傾いた。
「スーラン!」
床に叩きつけられる前に、走り寄ったアルツィが抱き留めた。
「だれか、医師を!」
慌ただしくなる場内。
だれもこの幕引きを予想しなかっただろう。
スーランの元へ寄ったローディアナは、そっと頬を撫でた。頑張ったわね、と。
本物の王女が見つかったことにより、祝福の空気がただよう中、オルビアーナは思ってもいない展開に体を震わせていた。
「そんな……っ。わたくしが本物の王女ですわ! 信じて下さいませっ、お父様!」
オルビアーナは、顔面を蒼白にすると、国王にすがりつこうとした。
が、彼女は、国王の自分を見る目がこれまでと違っていることに気づくと、後ろによろめいた。
「余を謀っておったのか。――連れて行け」
これまでの愛情あふれる眼差しが嘘のように冷徹に国王が命じると、すぐさま駆け寄ってきた衛兵がオルビアーナを捕らえた。
「待って――ッ。これはわたくしを陥れるあの小娘の陰謀よ! 離しなさいっ。お父様に言って、首をはねるわよっ。離しなさいったら!」
もはや、上品さをかなぐり捨てたオルビアーナが、必死の形相で訴えていたが、だれも耳を貸す者はいなかった。




