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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第88話 二人の王

 ミソナファルタの断層道の入口を掘り起こす作業は、予想よりも時間を必要としていた。


 グレータエルート達の使役する大地の精霊達は、地の上位精霊であるベラヒアモスほどの力を持ち合わせていない。


 ベラヒアモスが『入り口も出口も掘り起こせるよ』と伝えてきたとしても、中位ないし下位の精霊達が簡単に掘り起こせるかと問われれば、話が違ってくるのは当然と言えた。


 ソルジ救援に向かった、地の精霊と親交の深い精鋭達がいたのならば、問題なかったのかもしれないのだが。


「我々、グレータエルートの純粋な力不足のためです。弁明の余地もありません」


 ケータソシアは、険しい表情で三郎に頭を下げる。


 時間が長引けば、王都正面を攻めている軍の被害が大きくなり、王都奪還が失敗に終わる可能性も高くなってくると考えられるのだ。


「頭を上げてください。セチュバー側に気付かれないよう、音を立てずに掘り起こしているんです。長雨で地盤も緩くなっているんですから、慎重に進めましょう」


 三郎は両手を振って言うと、作業を進めている崖へと視線を移した。


 大地の精霊と親交の深い者が中心となり、大人が並んで通れる程の大きさの入口を開けている所だった。


 地面の中を生き物が移動するかのように隆起し、周辺へ除去された土砂が移されてゆく。真剣な表情のグレータエルート達が、額に汗を浮かべながら崩壊の危険が無いか細心の注意をはらっていた。


 作業の内容や規模に対し、辺りは妙な静けさに包まれている。


 グレータエルート達が、セチュバー側に感づかれぬよう、人族には聞き取れない音量で声を掛け合っているためだ。更に、訓練された教会の兵は、黙して作業が終わるのを待っているためでもあった。


 三郎の目には、かなり掘り進められている様に見えるのだが、いまだ中間にあるという断層の隙間までは到達できてはいないのが現状だ。


「王都正面の軍は、どのような状況なのでしょう」


「現在、王国の剣が正門前に到達し、攻城魔導兵器の準備が整いつつあるとのことです。しかし、セチュバーによって、正門の防衛構造に強化が加えられているようで、王国の剣やカルバリの軍に被害が出はじめているみたいです」


 ケータソシアに聞かれたトゥームが、ゲージを操作すると眉間にしわを寄せて答える。


「中央王都が占領されてから数日ですので、もしセチュバーの人が防衛構造に手を加えて稼働させたのだとしたら、高い技能を持った魔導師が居ると考えられるのです。中央王都の防衛構造は、それくらい複雑だと師匠から聞いたことがあるのです」


 シャポーが両手に握りこぶしを作って言う。


「魔導砂や大地を封鎖した魔法から考えても、セチュバーには優秀な魔導師がいるのは間違いないわ。その魔導師が、中央王都に来ている可能性も考えた方が良さそうね。一人とは限らないという可能性も、考えておく必要はあるけれど」


 トゥームの言葉に、シャポーが「ですねですね」と頷き返した。


 ちょうどその時、作業を進めていたグレータエルート達に動きがあった。ケータソシアの耳元へ、大気の精霊魔法によって報告が上げられる。


「サブロー殿、お待たせして申し訳ありませんでした。断層の隙間へとつなげられたようです」


 ケータソシアがそう告げると、トゥームは教会の部隊へ向けて手で合図を送った。


 合図を受けた教会の者達は、断層道の入口へ向けて静かに移動を開始する。グレータエルートの一部隊は、出口を掘り起こすためにと、既に先行して潜っていた。


「私達も行きましょ」


 トゥームが促し、三郎達も緊張した面持ちで入口へ向けて歩きだす。


 山のように巨大な岩石ミソナファルタが、その様子を静かに見下ろしていた。





 ドートの王カルモラは、全軍を最後尾から見守っていた。


 カルモラの座する馬車は、六頭の大きな馬に引かれている。どの馬も、豪華な防具に身を包んでおり、遠距離武器の攻撃など意に介さないよう訓練された馬達だ。


 馬に負けじと劣らず、カルモラ自身も豪華な装備に身を固め、傍らには大きな兜が置かれていた。


 友獣と呼ばれる獣達は、その賢さからか、戦争や争いに対し独自の判断基準を持っており、唐突に非協力的になってしてしまうことがある。そのため、戦場で馬車を牽引するのは、命令に従いやすい馬が用いられるのが通例となっている。


 カルモラを乗せた馬車を取り囲むように、近衛兵の部隊が配置され、その他に大きな荷を積んだ馬車が五つ馬に引かれて進んでいた。


 カルモラは、王都正門の防衛構造が強化されているとの報告を受けていたが、撤退命令を出すほどの被害はまだ出ていないと判断していた。


「うむうむ、セチュバーが正門より打って出てこれないよう、王国の剣はちゃんと役割を果たしているようで何よりです」


 カルモラは満足げに呟く。


 心の底では、王国の盾と同様、王国の剣も大した働きもできずに全滅するのではないかと考えていたのだ。その上、攻城魔導兵器さえ設置し稼働させられるのならば、王国の剣の犠牲もやむなしとすら考えてもいた。


 現在、カルモラの馬車は王都入口へ向かう坂にすら差し掛かっておらず、ドートの軍もその半数近くがクレタス中央平野を行軍中であった。


「本当に攻めにくい都ですね。平地にさえあれば、どこからでも攻められると言うものを」


 発した言葉とは違い、カルモラの顔は口元に笑いを貼りつかせた何時もの表情で、声からは余裕すら感じさせる。


「カルモラ様、西方の街道よりセチュバーと思しき軍が現れました。旗や装備より、セチュバー第三兵団と思われます」


 側近の男が慌てた様子でもなく、カルモラに報告を上げる。


「セチュバーの増援が我々の背後をつくならば、正門への行軍が飽和した頃合いとは思っていましたが。想定どおりすぎて面白みもありませんね」


 側近へ言葉を返しながら、カルモラ自身も西の街道へ視線を向けた。


 報告の通り、街道からあふれんばかりの隊列を組んだ軍勢が、ドートの軍へ向けて進軍している姿があった。


 中央王都へ攻め入る軍を背後から攻撃するため、セチュバー本国から派遣された軍が到着したのだろう。


「確認できたのは、第三兵団のみですか。魔人族の姿はありませんでしたか」


「魔人族の類は、現状確認しておりません」


 側近の報告を聞き、カルモラは一つ鼻を鳴らす。


「魔人族と結託しているなら、侵略者の洞窟も気にかける必要が無いですし、テスニスも機能不全を起こしてる今ならば、セチュバーは本国の防衛を考えずに軍を派遣できるのは、少し考えれば分かりますからね」


 そう言い終えると、カルモラの表情が一変する。


 口角が下がり、血走った眼を見開らいた恐ろしい形相をして、まだ遠くにいるセチュバーの軍勢を睨みつけた。


「虚を突いたつもりでいるなら・・・商人を甘く考えるなよ。軍事馬鹿どもめ」


 王にまで昇りつめた商人の頭の中では、様々なリスクを回避できるよう、ドートを出発してからここに至るまでの間、何重ものシミュレートが行われていた。


 この状況も、シミュレートとして考えていた一つに他ならない。


 カルモラは、指にはめられていた品の無い華美な指輪を撫でると、自身の魔力を流し込み起動させる。


 呼応した指輪の宝石に法陣が浮かび上がると、並走していた五つの馬車の荷がせり上がりだした。


「どうせならば、王都へと攻め入る際に動かしたかったのですがね。ドートが中央王都を奪還したと、これ以上ない宣伝とインパクトになったでしょうに」


 五つの馬車から立ち上がったのは、人族の身の丈の三倍はあろうかと言う鋼鉄のゴーレムだった。


 ドートの資金力と、カルバリの魔導技術により生み出された、感情無き鋼の兵士達だ。


 金属独特のきしんだ高い音を響かせ、五体のゴーレムが西へ向けて体制を整える。近衛の軍も速やかな隊列変更を行い、セチュバー第三兵団へ矛先を向けつつあった。


「カルモラ殿。後衛の指揮、このオストーがお引き受けいたします。ゴーレムの調子も見ておきたいので」


 いつの間に現れたのか、馬に跨ったカルバリの王オストーが、カルモラの乗る馬車に近づいて言った。


「そうですね、お願いしてもよいですか。私は『全軍』の指揮を執らなければならない立場ですからね」


 カルモラはオストーへ快い返事を返すと、ドート軍後方を務める部隊へ指示を出し、近衛軍含めオストーの指揮下に加わるよう命令を下した。


 二人の王は、不敵な笑みを交わすと、各々の戦場へと意識を集中させるのだった。

次回投稿は5月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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