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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第87話 香りの記憶

 日の出に合わせる様に、クレタス中央平野を巨大な軍勢が動き出す。


 王国の剣を先頭に、ドートとカルバリの太い隊列が整然と続いている。


 ドート軍は、その潤沢な資金により、高い魔力属性や性能を付与された装備に身を包む。軽量化に始まり、斬撃耐性、打撃耐性はもちろんのこと、高い対魔法防御を誇るなどなど、数えきれないほどのエンチャント装備の塊のような軍隊だ。


 左手には、上半身を完全に隠せるほどのラウンドシールドを持ち、右手にはロングパイクを掲げている。腰に下げたロングソードも手伝って、三郎の目には『重そうだ』という印象が先立って見えた。しかしながら、その重そうな印象とは違い、行軍の歩く速度はかなり速い。


 他国の、特にセチュバーの兵からは、『式典用装飾軍』などと揶揄されて呼ばれるドートの軍だが、その隊列と行軍の様子から決して練度の低い軍隊ではないことは明らかであった。


 その少し前を行く者達は、ドートの軍に比べてしまうと軽装であるように見えた。


 光りを吸収しているかのような黒いマントを羽織り、つばの広い帽子を目深にかぶった集団が中心となっている。


 カルバリの誇る魔導師団からなる軍勢だ。


 三郎の頭の中には、魔法使いの装備といえば杖であるという固定概念があったのだが、魔導師団を見てその考えは簡単に打ち砕かれていた。魔導師団の誰一人として、長い杖など持ち合わせていなかったのだから。


 カルバリ軍の総数から見ても、魔導師団は決して数が多いとは言えない規模だった。カルバリ軍のほとんどは、兵士然とした姿をしている。


 研究者としての魔導師に比べ、戦闘で活躍できるほどの魔導師は少ないのだという表れでもあった。


 そんなカルバリの軍でも、ひときわ目を引く物がある。攻城魔導兵器と呼ばれる『柱』の存在だ。


 直径にして大人の背丈ほどもあり、長さにして二階建ての建物を越えるその柱は、大きな荷台に寝かされて運ばれている。牽引する輓獣は無く、エネルギー結晶によって動かされているのだろう。


 シャポーの説明によれば、無属性の純粋な魔力をエネルギー結晶を消費することで高めて放出し、城門や城壁を破壊するための兵器であるとのことだった。


 無属性であるのは汎用性を高める為だとか、射程距離が長くない理由は拡散にあるとか、発動には魔導師が四名は必要なのだとか、五百年前には小型で対人用の『魔装弓砲』なるものが使われていたとか、使われなくなった理由だとか、中央王都にだけ扱う部隊が存続しているだとか、色々と説明が増えていたのは言うまでもない。


「壮観だなんて、表現していいのか分からないけど、凄い光景だな」


 三郎は、全軍の後方から進軍の様子を眺めて呟いた。


 これから命のやり取りが始まろうかという状況で、感嘆とも取られる声を上げるのもどうかとは考えたのだが、思わず口から出てしまったのだ。


「酷い光景よ。クレタス内部、それも人族同士の争いなのだから」


 三郎の言葉に答えるように、トゥームが静かな声で返した。


 トゥームの操る馬の背に乗り、二人はその光景を眺めている。後ろに乗っている三郎には、目の前に居るトゥームの顔を見ることはできない。だが、その表情がどのような物であるかは分かっていた。


「確かにな。ひどい光景だ」


 三郎は、自分に言い聞かせるように言い直し、中央王都へ向かう軍へと再度目を向ける。


「トゥーム、サブロー、私達も行動を開始するよ。合流して―」


 少し離れた場所から声がかけられる。


 シャポーを後ろに乗せたムリューが、巧みに馬を操って三郎達を呼びに来たのだ。


「はぅ、はわわ、はっ、わひゃ~」


 シャポーは、ムリューの腰にしがみき、落とされまいと必死な表情をしている。馬の背に乗せられるのが初めてなので、怖いのも仕方ないとはいえるのだが、ムリューが軽快に操る馬の動きをみると、三郎は『トゥームの後ろで良かったな』と思うとともに、シャポーへ頑張れよとエールを送りたい気持ちになるのだった。


「ぱぁ、ぱわわ、ぱっ、ぱぁぁ~」


 シャポーの首根っこにしがみついて、楽しそうにしている始原精霊がいたのはいつもの光景だった。




 中央王都正門へ向けて、第一陣が駆け抜ける。


 台地の上にある正門へは、なだらかな坂を登らなくてはならない。その坂は、王都の壁や台地からある一定の距離を保つよう、平行に作られた人工の道だ。


 一定の距離とは、すなわち中央王都からの遠距離武器が届く範囲であり、正門へ到達するまでの間、攻め入る軍は側面を無防備に晒し続けることとなる。


 魔力の込められた金属製のボルトが、駆け抜けようとする者達へ容赦なく降り注ぐ。


 だが、第一陣の中で、倒される者は一人もいない。長剣を振るい、馬を手足のように扱い『王国の剣』は飛来する攻撃を引き受けていた。


 後続の魔導師団に被害を出させない為、否、魔力を温存させるのが目的だ。


 クレタスにおいて、遠距離武器があまり発達していないのには、主に二つの大きな理由が存在している。


 一つ目に、それなりの訓練を受けた兵士ならば、魔力も込められていない飛来する物体を避けることは可能なことなのだ。仮に当たる様な事があれば、それは『事故』だといえる。


 王国の剣や修練兵など、十分な訓練を受けた者であれば、多少の魔力が乗っていようとも叩き落とすことができてしまう。


 魔含物質のおかげで、物質の加工が難しいという事情も相まって、当たらない遠距離武器を研究開発する必要性が薄くなる。


 要するに、コスパの悪さ、費用対効果の低さが一つの原因なのだ。


 二つ目に、魔導師などの存在がある。


 彼らは強力な遠距離攻撃を、我が身一つで行使することができる存在だ。故に、敵に当たらない武器を使う理由は更に薄くなってしまう。


 ならば、強力な遠距離魔導兵器を開発すればよいと言う者も存在するのだが、魔導師達は言う『意思の乗らぬ魔法ほど、エネルギーの無駄はない』と。


 魔力の拡散や集束を、意思によって操る魔導師にとって、機械的に打ち出す魔力など、大気にエネルギーを返しているだけのような感覚なのだ。精神魔導学や魔導領域心理学なる学問が存在するのも、意思力が理由だったりする。


 であるならば、打ち出す物にもっと強力な魔法をかけられればよいのでは、と言う者もいる。だが、魔導師達は言う『それは既に、魔法です』と。


 初期段階の研究開発に躓いた物の発展は、その分野の天才が現れない限り数百年は遅れてしまう。研究を進めている者が居るには居るのだが、それはまた別の話。


「魔導師団も損害なく着いてきているようですね」


 横に馬を並ばせた女性が、スビルバナンに声をかける。女性の眼は、あくまで飛来するものを見据えており、スビルバナンに向ける余裕は欠片もない。


 事故とは言え、当たってしまえば致命傷にもなりかねないからだ。


「サブロー殿も動き出した頃合いだ。我々も、正門にとりつき、敵の注目を集めないとな」


 そう言って、スビルバナンは平原へと視線を巡らせる。別働隊として動き出している修道騎士やグレータエルートの数は、決して少なくはない。


 見晴らしの良い中央王都や、スビルバナンの現在いる王都正門へと続く道から、平野を駆ける彼らの動きは目視出来て当然といえる。


 しかし、別働隊の存在は、この平野に存在すらしていないかの様に確認することができなかった。


「精霊魔法か。目の当たりにすると恐ろしさも感じると思わないか。その実、見えてはいないんだが」


 笑顔で振り返り、部下の女性に無駄口を叩きながら、スビルバナンは飛来した三本のボルトを長剣で叩き落とした。


「上手く、言えて、ません、から、よそ見しないで、ください」


 団長であるスビルバナンを敵が確認したのか、飛来するボルトの数が増し、女性は必死に馬を操り長剣で叩き落しながら答える。


 何をふざけているんだと考えながらも、正門へ到達する前に、団長を失うわけにはいかないという忠誠心も働いていた。


 その時、斉射と言わんばかりのタイミングで複数のボルトが飛来する。


 女性騎士は、体内魔力を活性化し五感を研ぎ澄ますと、長剣の先にまでその魔力をいきわたらせる。


(間に合う)


 心の中で叫ぶと同時に、長剣は見事な軌跡を描き正面に飛来するすべてのボルトを叩き落としていた。正面に飛来したボルト『だけ』を。


 活性化された聴力に、頭上から飛来する物体の風切り音が届いた。


「・・・あ」


 反射的に視線を上げた刹那、物体は女性の額へと飲み込まれる寸前まで迫っているのが見えた。


 死を覚悟する時間も無かった女性騎士だが、その時は訪れない。


 見開かれた眼前を、刃筋の通った長剣の切っ先が通過する。おまけとばかりに、後続で飛来したボルトをも叩き落として、女性騎士は命を救われた。


「最初の動きは見事だった。しかし、もっとしっかり見ておかないとだめだな。大きな放物線を描いて来るものも頭に入れておけよ」


 笑いながら指南するスビルバナンの声に、女性は思わず顔を向けてしまった。


「ほら、よそ見してはだめだと、言った、そばから・・・いや、すまなかった」


 部下の女性に注意するスビルパナンだったが、女性の顔を見て謝罪の言葉が口をついてでた。


 感謝の言葉だけでも言おうとしていた女性は、なぜ謝られたのか分からない。


「命があれば前髪も伸びる。そう思って許してくれ。ははは」


「へ・・・やだ、うそ、すごく短い!?」


 髪を探った女性の前髪は、小指の先ほどの長さも残っていなかった。




「これだけの軍勢の動きを隠してるって、グレータエルートすごすぎるなぁ」


「私達の動きから、狙いがばれないとも限らないから助かるわ。お互いが見える状態なのに、上からは見えないようにしているだなんて言うんだもの」


 馬を走らせるトゥームから、三郎へ同意の声が返される。


 二人の会話の通り、彼らは今、グレータエルートの精霊魔法によって『見えざる軍』となって台地の麓を駆け抜けていた。


 大気の精霊魔法により、光りを屈折させることによって可能となるのだと、三郎はシトスから聞かされていた。その折、連日降り続いた雨も助けになったと、シトスは言う。


 なんでも、大気中に含まれる水分量が多ければ、水の精霊魔法も組み合わせることでより完全な『見えざる軍』が完成すると言うのだ。


「こっちからは見えるのに、相手から見えてないんだよな」


 三郎が見上げると、大地の断崖がそそり立っているのが目に入った。その上には、美しくも白く光を反射する、中央王都の壁が微かに顔をのぞかせている。


 三郎達の頭上に、何も変化が無いのかと問われれば、答えは『ノー』だ。


 手を伸ばしても届かないほどの高さに、陽炎をまとった空気の層が、彼らと並走しているのが三郎の目には映っていた。


(あそこら辺で、精霊達が何かしてくれてるんだろうなぁ)


 三郎は、陽炎のような物体を眺めながら、ぼんやりと考える。


 ぼんやりと考え事が出来るほどに、三郎が馬に慣れているかと言えばそうではない。馬の訓練が行き届いているのと、トゥームの操る上手さあってのことだった。


(馬って、もっと乗り心地が悪いものだと思ってたな。乗馬とかしたことなかったけど)


 グレータエルートも修道騎士も、全員が同程度の訓練された馬に跨っている。それらは、ドートの王カルモラより、グレータエルートへと貸し与えられたものだ。


 移動手段を徒歩でと考えていた三郎達に、カルモラ自らがわざわざ出向いて、使うようにと言ってきたのだ。


 三郎含む教会の者以上に驚いていたのが、グレータエルートのケータソシアやシトス達であった。カルモラの言葉から、純粋な作戦の成功への期待や、グレータエルートに対する敬意の念が伝わってきたと言うのだ。


 グレータエルート達は言う『真実の耳を疑うどころの話では無かった』と。


「ねぇ、サブロー。さっきも言ったけど、もう少ししっかりとつかまってもらえないかしら。何かあった時に振り落としてしまいそうで、怖いのよ」


 トゥームは前を見ながら、何度目かとなる言葉を口にした。


 全速までとは言わないが、馬を駈歩かけあしで走らせてるのに違いは無いのだ。それに、セチュバーの軍にばれて上から攻撃を受ければ、穏やかな動きなどできはしない。


 現在、振り落とされる程度にしか、三郎はトゥームをつかんでいなかった。


「まぁ、腰布の所をしっかりつかんでるし、大丈夫じゃ―――」


「ないわよ」


 突然、三郎は腕を引っ張られると、トゥームの胴体へ強引に腕を回させられた。


「シャポーを見習いなさいよ。あんな必死にムリューにしがみついてるじゃない」


 トゥームが、微かに首を動かして示した方向へ、三郎も目を向ける。


 青い顔をして、ムリューの背中に顔をうずめそうなほど、必死にしがみついているシャポーの姿がそこにはあった。


「いや、流石にあそこまでは、ほら、外聞とか・・・」


「気にするような間柄じゃないわよ。もう」


 そう言って、トゥームはもう片方の腕を強引に引っ張った。


「ほら、手を組んで。安全第一なの、分かるでしょ」


「おっしゃる通りです。はい」


 トゥームに言われるままに、手を組んだ三郎の鼻孔に心地よい香りがふわりと届く。


 その香りは、三郎が初めてクレタスへ来た日を、不思議と思い出させるのだった。

次回投稿は5月12日(日曜日)の夜に予定しています。

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