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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第86話 攻撃前夜

「ミソナファルタの断層道が使えるようになっているとは、非常に興味深い。五百年の経過における地殻からの影響か。ミソナファルタと台地の魔素含有率の違いも考えられるか。ミソナファルタは魔含元素を含まないからな・・・」


 カルバリの王オストーが呟く。その目は、王のそれでは無く、一魔導師という研究者の目になっていた。オストーは、魔導研究院の上位顧問の肩書を持つ魔導師でもあるのだ。


「話から察するに、断層道を確認することができたのは、グレータエルート族と精霊魔法のおかげなのでしょう。ならば、真偽のほどは疑うまでもないでしょう」


 オストーを横目で見て、またかと言うような表情を浮かばせると、カルモラは皆へ向き直って言った。


 三郎は、話がややこしくなってしまうだろうなと考え『三郎本人が始原精霊ほのかの協力を得て発見した』などという詳しい部分まで説明する気は全くない。


「しかし、教会とグレータエルート族がそちらから攻め入るとして、総指揮権を有するサブロー殿まで、一つの作戦行動に参加されるのはおかしな話。全権を移譲するのですから、サブロー殿には残っていただき、采配を振るってもらわねばなりませんよ」


 カルモラが、至極まっとうな意見を口にする。だが、その言葉には微かな含みがあることを、ケータソシアとシトスは聞き取っていた。


 悪い方向に転べば、全責任を三郎に取らせればいいという考えや、近くに居れば、いつでも全権を剥奪する手段がとれるという思いが、響きとして言葉に乗っていたのだ。


 束の間の沈黙が軍議の場を満たす。


 カルモラの言う通り、三郎は戦場全体の状況を把握し適時軍を動かさなければならない立場となる。中央王都の裏から、穴に潜っている場合ではないのは確かなことだった。


 三郎の後ろで控えていたトゥームは、咄嗟に三郎の身の安全について思考を巡らせた。


 王都正面に総指揮官として三郎が残るのであれば、トゥームを含めて数十名の修練兵を三郎につけねばならない。となれば、断層道から攻め入る戦力の低下を理由に、三郎を断層道側へ同行させられるのではないかとの考えが浮かぶ。


 騎士として、秘書官として、自分は三郎を護れる範囲に居なければならないのだとの強い思いから導き出されたものだった。


 また、ケータソシアは、カルモラやオストーの様子から、三郎を指揮官として残すことは出来ないと考えていた。


 軍議が開始されてから、二人の王の言葉には三郎への害意や利用しようという響きが頻繁に混ざっている。


 エルート族の恩人である人物を悪意の渦巻く場所に残すなど、種族名に誓って看過できないことであった。


「ふむ」


 トゥームやケータソシアが口を開きかけたその時、三郎が落ち着き払った相槌をひとつ打って言葉を続けた。


「そこで、私から正式に『依頼』をさせてもらいたいのです」


「ほう『正式に』とは」


 三郎の言葉に、カルモラが片眉を上げて興味を示す。


 カルモラが『依頼』よりも『正式に』という言葉に反応したことで、三郎の腹積もりが決まった。これ以降、三郎の伝える言葉が、カルモラが暗に正式な物だと認めたことになるからだ。


「まず、王国の剣スビルバナン団長には、正門における前線指揮を。中央王都の防衛や軍備について一番把握されているので、是非お願いしたい」


「はっ!ご命令とあらば」


 スビルバナンは直立すると、騎士の礼をとって三郎へ返した。


 全権を有することとなった三郎を、スビルバナンは自分の上官であると既に考えているのだ。


「オストー王には、攻城魔導兵器及び想定される遠距離攻撃に対する防御全般の指揮を。如何に兵力を温存し、敵を正門に集中させられるかが鍵となりますので、難しいかじ取りとなりますがお願いしたい」


「教会の理事殿では、魔導師団や魔導兵器に的確な指示は与えられないでしょうからね」


 余計な一言を付け加えながらも、オストーは承諾する意思を表す。


「カルモラ王には、正面軍の総括として、攻撃や撤退、状況もふまえた判断をしていただきたい。現在我々の有する軍隊の中で、一番大きなものはドート軍です。カルバリの軍とも合同演習を行っている様子。正面軍の指揮系統として、動いていただきたい」


「・・・では、サブロー殿は、指揮系統としての我が軍に加わると考えて良いのですかな?」


(突然、流暢に語りだしたかと思えば、移譲した指揮権をただ返しているだけではないですか。この男は、何を企んでいるんでしょうね)


 カルモラが訝しむような表情を隠すことなく質問を返した。


「全権を移譲された私からの、商業王国国王へ『正面軍総括をお願いするという正式な依頼』なのですが」


 三郎の返答に、カルモラはしばし考えを巡らせる。


 終始笑っていなかったその目の奥で、三郎を品定めするように見据えた。


 すると突然、何事かに思い至ったかのように、今までにないほどの笑いを口元に浮かべる。


「はぁっ!面白い。私に貸しを作れると考えているのでしたら、この程度では不足も良い所だと言っておきますよ。良いでしょう、ご自由におやりなさい。分かっているとは思いますが、失敗した時は責任から逃れられませんからね」


 カルモラは言い終わると、さらに大きな声で巨体を揺らして笑うのだった。


 笑い終えたカルモラが、終わりだと言わんばかりに右手を振ると、席から立ち上がり軍議は終了となるのだった。


「利益を考えていない相手との商談など、続けるだけ無駄でしたね」


 去り際、カルモラは三郎に向き直って一言だけ付け加える様に言った。


 その顔は、口元だけ笑顔を貼りつかせている普段の表情に戻っていた。




 軍議の行われていた天幕から出ると、日も落ちて空は暗くなってしまっていた。ケータソシアとシトスの後に続いて、三郎とトゥームも並んで歩きはじめる。


 雨脚は弱くなり、雨よけにとかぶってきたフードも必要ないほどで、明日には晴れそうな気配を漂わせている。


 トゥームは、腑に落ちないような表情をして、隣を歩く三郎の横顔をそっと伺っていた。


「・・・で、サブロー、何でカルモラ王は笑いながら『好きにしろ』って言ってきたのよ。話の流れがさっぱりだったわ」


 王国の剣の野営地を抜けると、トゥームは抱いていた疑問を口にした。


「んー、そうだな。こちらが受け入れてほしい条件と、相手が求めている物をすり合わせて。こちら側のほうが、損が大きいと理解してもらったって所かなぁ」


「なによそれ」


 三郎の漠然とした答えに、トゥームが複雑な表情を返す。


「カルモラ王って、商業王国の王だけに、相手をしっかり観察してたんだよな。だから、交渉できるんじゃないかと踏んで、話をふってみたんだけどさ」


 そう言って、三郎はトゥームへ簡単な説明をする。


 全権を移譲されたことで、役割を与える三郎の言葉の意味が違ってくること。スビルバナンの返答で、三郎の言葉が『命令』であると明確にできたこと。


 そして最後に、全責任を三郎が負ったまま、カルモラに正面軍の指揮権を委ねたことで『エルート族との連合軍の指揮』をとったという事実だけが、カルモラには残るのだと暗に伝えたのだ、と。


「・・・呆れた、あの短い間にそこまで考えてたのね。でも、カルモラ王があんなに笑うほどのことだったの?」


 トゥームが首を傾げながら聞き返す。


「多分だけど、責任だけ被ろうとしてるおかしな奴だと思われたんじゃないか」


 三郎は肩をすくめておどけて見せた。


「根性が座っているとでも言うのかしらね。こういう人って」


「いやいや、胃に穴が開くほどの緊張感だったんだけど。手とか震えてたし」


 半分呆れた笑顔のトゥームに、胃を押さえて三郎は訴える。


「まぁ、大丈夫だと思ってたからね。それに、胃に穴が開くようなら、また看病してあげるわ」


 クスクスと笑いながら言うトゥームに「そりゃどうも」と、三郎は再び肩をすくめて返すのだった。


「しかし、交渉と表現すればよいのでしょうか。真実の耳を持たないサブロー殿が、画いていた方向へと話を進めて行くのは、小気味よいと感じましたよ」


 二人の前を歩いていたケータソシアが振り返ると、優しい笑顔で三郎に言った。


「いやー上手いとは言えませんでしたけどね。カルモラ王が、話に乗ってくれたおかげだと思っていますし」


 三郎が、照れ隠しで笑っているだらし無げな横顔に、トゥームの流すような冷めたい視線が刺さるのだった。


 ふと、ケータソシアの表情が曇り、三郎とトゥームに近づいて距離を縮めた。


「サブロー殿、トゥーム殿、あの方々にはくれぐれもお気を付けください。この様な非常の際でも、自身の利益ばかりを追う響きと深い嫉妬や害意が、都度聞こえていましたので」


 ケータソシアは真顔になると、三郎とトゥームにだけ聞こえる声でそっと伝える。


 その瞳は、人族に対する憂いとも憐れみともとれる光をたたえていた。

次回投稿は5月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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