第73話 おっさんの周りには凄腕が多い
三郎、トゥーム、シャポーは、樹殿内の一室に集まっている。
長達との会合も終わり、遅めの昼食を済ませると、宿泊用の部屋が一人一人にあてがわれる事となった。
案内された部屋は、どれも同じ様な作りとなっており、丸テーブルの周りに椅子が四脚置かれ、寝心地の良い大きなベッドのある広い部屋だった。
更に、バストイレと言ったサニタリー付き、と言う非常に快適な物であった。
三郎が部屋に案内され(どこぞの豪華なホテルよりも快適そうだなぁ)などと思って感動の声を上げると、案内の女性は「何時でもお客様をお通し出来る様に、余念なく準備してたんですよ」と嬉しそうに話していた。
もしやと気付いた三郎が、前回のお客さんは『最初の勇者』じゃないかと尋ねると、女性は「はい、そうですよ」と明るい笑顔で答えを返した。
歳のせいか何なのか、五百年もの間に誰も案内する事の無かった部屋を、これほどきれいに準備し続けていてくれたのかと考えて、三郎が女性の明るい笑顔に胸を詰まらせてしまったのは仕方ない事だ。
そして、各々が自分の部屋を確認し終わると、今後の動きについて話す為もあり、示し合わせるでもなく三郎の部屋へ集まったのだった。
「メルソファナさん、上品な見た目からは想像も出来ないほど、何て言うか・・・司令官って感じだったな」
三郎が冷えた水を口に運びながら、メルソファナの簡潔明瞭に指示を出す姿を思い出して呟く。
水は、精霊文字の画かれた瓶に用意されていた物で、柑橘系の香りが微かに付けられた爽やかな飲み物だ。
「まさか、エルート族の精鋭が、ソルジの救援に向かってくれるなんて思わなかったわ」
トゥームは、信じられないと言う様に首を横に振りながら言葉を続ける。
「しかも、長達との話し合いが終わる前に、編成も終えて出発したのよ。エルート兵の練度の高さを垣間見た気分だわ。その上、あの断崖絶壁を降りて、最短距離でソルジへ向かってもらえるだなんて」
トゥームは、グレータエルートと彼らの扱う精霊魔法が、教会の座学で教えられていた物以上なのだと認識を改めていた。
メルソファナの出した提案と作戦指示が、トゥームの予想を超えた物だったからだ。
まず、当初の予定通り、三郎達はドート国境から中央王都へ進軍している王国の剣と修道騎士の部隊に合流するよう提案が出された。
三郎達へは、中央王都奪還を目的としたグレータエルートの軍本隊を同行させるとの約束までしてくれたのだ。
軍の帰還を待つ事となったので、三郎達は数日ピアラタに滞在する運びとなったのである。
メルソファナは、中央王都で戦闘が始まるまでには十分に間に合うだろうと、安心させる言葉を付け加えるのも忘れなかった。
次に、大地の精霊と親交の深い者からなる特別部隊を編成し、崖を下りるルートを取ってソルジへ救援に向かう作戦を立案した。
驚きの隠せないトゥームに、メルソファナは片目を瞑って見せ、グレータエルートの精鋭ならば可能であることを伝える。
人族においては、訓練された部隊でも、熟達した魔導師ですらも、深き大森林と平野の間に横たわる断崖を降りよう等とは考えないだろう。
その高さもさることながら、海からの風が崖をなぞるように常に強く吹いているのだ。故に、深き大森林への入り口は、グランルート族の守るフラグタス方面しか無いと言える。
南の海側から大森林へ侵入したと考えられる魔人族については、エルート族の方で調べを進めるとの事であった。
「シャポーも崖を下りる術を考えてはみたのですが。風魔法や重力魔法などなど、五種類くらいを多重発動させた上に、高さがあって時間がかかるので、不測の事態に備えて、もう二種類ほど詠唱余力を持っていないと不安と考えるのです。なので、今のシャポーでは、安全に降りるなんて無理なのですよ。積層魔法陣を使うにしても、組み換えに時間がかかりすぎるのです。グレータエルートさん達の精霊魔法は、すごすぎるのです」
シャポーは、そう言って感嘆のため息を漏らす。
百パーセント安全とは言えなくとも、降りられる術が思いつき実行出来る時点で、クレタスの魔導師の上位に入ってしまうのだが、その事実をこの場に居る誰もが理解していなかった。
「ぱぁ~!ぱぱぱっぱぁ~!」
シャポーの頭の上に座っていたほのかが、元気よくテーブルに降り立つと、三郎へ胸を張って何かを主張する。
「ふーん、ほのかは崖なんて一っ飛びで越えられるのか」
「ぱ~ぁ」
「俺も一緒に下ろしてくれるの?ははは、ピンチの時にはお願いするかもしれないから、頼んだよ」
「ぱぁ!」
三郎の言葉に機嫌を良くしたほのかは、テーブルの上でクルクルと踊りだした。それを笑顔で見ていた三郎は、自分に向けられた二つの視線に気付く。
「ん?二人とも、どした?」
「いや、本当に会話できるんだなって思って」
「サブローさま、シャポーはソンケーの念を禁じ得ないのです」
少しばかり変な人を見るようなトゥームの視線と、純粋に尊敬の気持ちを向けてくるシャポーの視線だった。
二人の正反対の態度に、三郎は「ははは」と笑って返すしか出来なかった。
エルートの長達は、ほのかは確かに始原精霊と呼ばれる精霊であり、ほのかから地中深くの溶岩にも似たエネルギーを感じる、と三郎に伝えていた。
「さて、サブローがちょっと人間離れしてきたのは置いておくとして、スルクローク司祭にも状況を伝えられたし、教会本部と進軍中の修道騎士へも合流の旨を連絡出来たから、後はエルート族の軍の帰還を待つだけかしら?」
トゥームが、気を取り直すように姿勢を正すと、他に必要な事は無いか三郎とシャポーへ確認する。
「あ、そう言えばさ、中央王都に居る・・・あー、名前何て言ったかなぁ・・・あれだ、勇者君ってどうなってるんだ?」
部屋へ案内されて最初の勇者を思い描いた時に、ふと頭をよぎった『現・勇者君』の事をトゥームに聞いた。
「行方は分かっていないわ。生死すら不明な所を見ると、セチュバー側に生きて身柄を押さえらえれている可能性が高いわね。ちなみに勇者の名前は、テルキよ」
トゥームが、各所から出ている情報から判断し、総合的に導き出される一番可能性の高い答えを返した。あくまで可能性であると念を押す。
セチュバーが勇者の命を奪っているなら、発表してクレタス全土の指揮を下げると考えられる。
逆に、勇者が安全な場所へと逃れているならば、勇者側が公表し、その旗印の下にクレタス全土を奮い立たせるだろう。
その他にも、魔人族へ引き渡されている等、現段階で可能性を上げて行けば切りがないのも事実ではあった。
「勇者テルキは行方不明・・・か」
三郎は、十代の少年が異世界に召喚され、戦争に巻き込まれてしまい、どれほど心細い思いをしているだろうかと胸の痛む思いがした。
窓の外へ視線を向けると、遠くで起こっている戦争など想像もできないピアラタの穏やかな景色が広がっていた。
***
二日後の昼過ぎ、グレータエルートの軍本隊がピアラタへ到着する。
連絡を受けていた三郎達は、樹殿の外でシトス達を出迎え、再会を喜び合った。
負傷者が樹殿内へ搬送されたりしている中、諸手を上げて喜べる状況ではなかったが、友との無事の再会は嬉しい物だった。
負傷者同様に、樹殿内へ搬送される一人の女性が居た。捕虜となった魔人族のセネイアである。
セネイアは、浮遊木で造られた捕虜搬送用の台に精霊の力によって拘束されて護送されて来ていた。
エルート族は、敵の魔力を封印する方法として、精霊文字を敵の体に刻み込んで魔力枯渇を引き起こす精霊魔法を行使することが出来る。
高い魔力を有するセネイアも例外ではなく、精霊文字によって魔法を封印されていた。セネイアの自慢とする病的なまでの白い肌は、今や精霊文字に埋め尽くされ見る影も無くなっていた。
魔力枯渇によって意識さえ朦朧とする中、セネイアは樹殿の牢に送られ、今回の襲撃やセチュバーとの関係性について尋問されることとなるのだ。
「いやー、パリィはピアラタの町まで案内出来ちゃうなって思うと、やっぱり敏腕な所を発揮しちゃってますよね。サブローさん達には、何時でも頼ってくださいって感じですよ」
頭の後ろで手を組んで、嬉しそうにパリィが三郎達を先導する。ピアラタの町は、中央王都とまでは行かない物の、独特の賑わいを見せていた。
目的地は、シトス達と夕食の待ち合わせをした店で、ちょうど樹殿を訪れていたパリィが道案内を買って出てくれたのだ。
「いやいや、実際助かったよ。トゥームのゲージに店の場所は送られてたけど、安心感が違うもんな」
「いやいやいや、これくらいお安い御用って所なんで、今後ともご贔屓にって感じですよ」
「いやいやいやいや、ドートの国境の町でもそうだったけど、パリィって本当にタイミングよく現れてくれるんだよなぁ」
「いやいやいやいやいや~、そんな事もあるって所ですかねぇ」
三郎とパリィの阿保なやり取りを横で聞きながら、トゥームもパリィが自称としてだけではなく敏腕であると理解していた。
「森でシャポーが解析をかけてる時も頼りになったし、前哨基地に置いてきた荷物だって、フラグタスへ送る手配をしてくれたし、パリィって気も回るし凄腕よね」
トゥームが素直に思ったことを口にする。すると、パリィが耳まで赤くして、慌てたように両手を振った。
「ややや、トゥームさん、パリィも真実の耳があるってもんで、美人さんに心からの信頼を口にされちゃいましたら、やっぱり照れるってもんですよ。いやー参っちゃうなー道案内がんばっちゃうなー」
パリィは、赤くなりながらも嬉しそうに笑って返した。
「俺も心から言ってるつもりなんだけど、反応違すぎないか」
三郎がからかうように、パリィへ言う。
「いやぁ、サブローさんの言葉には、やっぱり年齢を重ねた独特のニュアンスがあるってもんですよ。それに、美人に言われる言葉ってのは、やっぱり嬉しいって感じじゃないですかね」
「まぁ、確かに美人に言われたら、嬉しいか」
パリィと三郎が、カラカラと笑いながら交わすおっさんトークに、トゥームが「はいはい」と呆れながら肩をすくめた。
実際、パリィもエルート族なので、見た目以上の年齢なのだから仕方ない。
そんな中、突然トゥームが足を止めて後ろを振り返る。三郎も立ち止まり、何かあったかと口を開きかけた。
「シャポー、立ち止まってると迷子になるわよ」
「はわわ、すみませんです。空が暗くなる様子を観察してたのですよ。次元が違っても互いに干渉しあう、まさに今、外の世界は暗くなり始めていて、ピアラタに影響をあたえているのです」
トゥームに声を掛けられて、シャポーが慌てて追いつきながら、空を指さして嬉しそうに言った。
「トゥーム、よく気が付いたな」
三郎は、最後尾を歩いていたシャポーの様子に、トゥームがよく気が付いたものだと感心する。
「シャポーの気配が立ち止まって、距離が離れたんだもの、気付くわよ」
何を言ってるんだと言う顔をして、トゥームが再び歩き出した。
(気配ねぇ・・・うん、トゥームさんも凄腕でした。本当、頼りになりますなぁ)
三郎は心の中で呟いた。話の流れ的に、トゥームを褒めても呆れたような視線が返ってきそうなので、伝えるのは止めておこうと思うのだった。
次回投稿は2月3日(日曜日)の夜に予定しています。




