第72話 電撃的に
「グレーターエルートが森に侵入していた魔人族を掃討し、指揮官と思しき者を一名捕らえました。魔人族達は、多数の犬種の魔獣を使役しており、哨戒任務に当たっていたグレーターエルートにも多くの死傷者が出たとの報告が入っています」
ユスルは、静かな声で言うと、三郎達の表情を一人一人確認するように視線を動かす。
エルート族に死傷者が出たとの言葉に、三郎達は表情を険しくしていた。中でも、トゥームの顔つきは一層硬い物だった。
教会の訓練において、エルート族が森の中で戦った場合、無類の強さを誇るのだと教えられていたからだ。
それほどの強い力を持った魔人族が、クレタス内に侵入していたという事実に、トゥームは危機感を覚えていた。
「大地の精霊力を正常な状態へ戻して頂いたおかげもあり、さらなる被害を防げたのだと感じています。改めて、感謝の言葉を述べさせて頂きたい」
ユスルがそう続けると、四名の長が恭しく頭を下げた。
「いえ、お役に立てたのでしたら、何よりと思います。しかし、死傷者も出ているとの事ですので……」
三郎も頭を下げて返す。
「三郎殿には心配される方がいたかの。ふむふむ、そういえば命を助けられた二人がおりましたか」
イーバは、三郎の声から誰かの安否を心配する響きを聞き取っていた。
グレーターエルートと聞いて、シトスやムリューは無事なのだろうかという思いが、三郎の心に浮かんでいたのだ。だが、この場で個人的な心配事を確認すべきでは無いだろうと判断し言葉を飲み込んでいた。
「確か、シトスとムリューでしたね。彼等の部隊は任務を終えて、現在こちらへ帰還中ですよ。魔人族との戦闘では、多大な貢献をしたとの報告も受けています」
「そうでしたか」
ユスルは、報告の中にシトスの部隊の情報が含まれていたのを思い出し、三郎へ安心させるように伝えた。
死者も出ているとの話であるため、三郎は不謹慎とは思いながらも、二人が無事であると聞いてほっと胸をなでおろす。
シャポーやトゥームからも、安堵のため息がもれていた。
「では、話の続きですが――」
真面目な表情に戻ったユスルが、魔人族について語り始める。
白き魔獣を警戒するため、グレーターエルートによる哨戒任務の班が編成されたのだと言う。そんな中、大地の精霊が静まりゲージが使用不能となった。
フラグタス方面に出ていた班から、魔力による炎の壁の存在を知らされ、フラグタス方面の北と海方面である南へ向けて軍本隊を展開する運びとなったのだ。
その後、大地の精霊が正常に戻ると、森の南へ哨戒に出ていた部隊より救援の要請が舞い込む。そこで初めて、ピアラタのエルート族は魔人族の存在を知ることとなった。
ほぼ同時刻に、三郎達の存在についても報告されたと、ユスルは微かに表情を崩して付け加えた。
軍本隊と哨戒部隊との連携により、魔人族の指揮官である女性を捕らえることに成功したのだった。
「魔人族の指揮官は、戦闘の際にセチュバーの国名を口にしたそうです」
ユスルは、憶測を交えず報告された事実だけを三郎達に語った。
その魔人族をピアラタへ連行し、事実関係を聞き出す予定であることも伝え、ユスルは話を締めくくった。
「セチュバー……」
トゥームは表情を曇らせて、守衛国家の名を口にする。
エルートの長達の耳には、深い因縁の響きが聞き取れていたのだが、中央王都やソルジへの侵攻に対する感情であると察して、深く聞き返されはしなかった。
しかし、三郎の脳裏には別の話が思い出されていた。
(トゥームの両親って、セチュバーに赴任して、侵略者の洞窟での任務中に行方不明になったって言ってたな。魔人族にセチュバーか、トゥームにとってはどちらも良い言葉じゃないよな)
マフュがソルジに来た際に、三郎が知ったトゥームの過去である。
確か、トゥームの両親は、侵略者の洞窟の防衛状況を査察している最中、魔人族と遭遇して戦闘になったと、三郎は記憶している。
それは、査察に同行していたセチュバーの士官が、深い傷を負いながらも逃げ延びて、報告した内容だったとも聞かされていた。
「あの、少しばかり口をはさませてもらっても、良いでしょうか」
緊張のため、口数の激減していたシャポーが、おずおずとした口調で右手を上げる。
優しく目を細めたイーバが、シャポーをそっと促がした。
「ではですが、セチュバーの名前を聞いて思い出した事と、頭の中で繋がった事があるのです」
その場の全員が、シャポーの話に意識を集中する。
「大地にかけられていた、巨大なパッケージ魔法の座標固定の解除をしまして、マジックカウンターと同様のことを行ったのです。その後に残った、魔力残渣の指向ベクトルが西に向いていたのを思い出したのです。残留魔力が非常に微細となるよう、魔法が組まれていたのですが、シャポーは確かに確認しました」
シャポーは、努めて分かりやすくなるように説明した――つもりであった。
エルートの長達は、流石なもので、シャポーの話に「ふむふむ」と相槌を打って理解を示す。
トゥームも、騎士としての学びの中に、対魔法戦闘の訓練も組み込まれているので、シャポーの言わんとしている内容が呑み込めていた。
しかしながら、三郎だけが「ん? えーっと……ん?」と頭を捻り、流れに取り残されてしまっていたのだった。
「大地への魔法を解除した後に、その魔力が少し残ってて、西の方角を指していたって言ってるのよ」
見かねたトゥームが、三郎に小声で説明を加えてくれる。三郎は、ありがとうと右手で合図を返した。
「ソルジでも同様の現象があって、同じように魔獣が襲って来たと聞いていますので、どちらも同じ魔法が施行されたのだと考えられます。そして、施行元はセチュバーの地で間違いないのではないかと思うのです。魔人族が、魔導砂といった魔道具を使ったのにも、セチュバーという人族の国が後ろにあるのならば、シャポーの中でも納得がいくのです」
「魔導砂についてはさ、三郎殿達をピアラタへ案内した、グレーターエルートの隊長から報告は受けてるんだけどもね。確かにね、あの魔人族達が、そんな物をせせこましく開発している姿なんて、想像もできないもんな」
リボショラが、昔を思い出すように目を細めて言う。他の長達も同意をしていた。
五百年前に戦った魔人族の、豪胆で恐ろしい性格からは想像も出来なかったからだ。
「サブロー殿」
イーバが改まった口調で三郎の名を呼んだ。
「はい、何でしょう」
イーバの諭すような声に、三郎は自然と背筋を正す。
「今お聞きいただいたように、森の件は一応の決着を見ておる。そして、セチュバーの反乱についても、魔人族との繋がりがある以上、人族同士の争いでは収まらぬようになっとると感じるのだが、いかがかな?」
イーバの言葉に、三郎は「確かに」と頷くことしかできない。
「助けが必要であるならば、其方を助けたいと願っている者を頼る。それもまた情けだと思うのだがね」
イーバの言わんとしている意味を理解し、三郎は言葉を失った。
それは、三郎達の一助となることを、長達含むエルート族が望んでいるのだと言ってくれているのに他ならなかったからだ。
「すみません、ありがとうございます」
三郎の絞り出すような声に、イーバは包み込むような優しい笑顔で頷き返した。
「では、早速ではありますけれど、今後の動きについて話し合わなければなりませんね。事は急を要しますもの」
イーバの後を引き継ぐように、メルソファナがはきはきと言った。いつの間に近づいていたのだろうか、メルソファナの後ろには、ゲージを持った兵士が二人控えている。
「軍の指揮権はね、意外かもしれないけれどもね、このメルソファナが全部持ってるのよ。五百年前もね『雷』の二つ名で魔人族に恐れられた人だったんだわ、この人」
驚いた顔をしている三郎に、リボショラが親切にも説明してくれた。
「あら、恐れられてただなんて言ったら、皆さん勘違いしちゃうじゃない。ふふふ、誤解しないでね、私は今も昔も親切な人で通っていますから」
メルソファナの言葉を聞いて、イーバが耳を撫でている様子が三郎の目の端にちらりと映る。
そして、雷の二つ名の示す通り、今後の動きについて電撃的な速さで決定されて行くのだった。
次回投稿は1月27日(日曜日)の夜に予定しています。
2026年10月7日:エルート族の哨戒任務に出ていた理由と、大地やゲージに異変が起きた時系列を、文章内で混ぜてしまっていたので、修正いたしました。申し訳ありません。




