第71話 耳を疑う老エルート達
三郎はエルート族の長達へ、中央王都をセチュバーが占領した事や、ソルジにセチュバーの軍が侵攻している事を伝えた。
更に、トゥームの得ていた他のクレタス諸国の様子も加えて説明する。
トゥームの調べによれば、中央王都が占領されたのとほぼ同時期に、高原国家テスニスで新興宗教による暴動が起こっていた。
領内各地で起こった暴動への対処が後手に回り、テスニス政府は国王や政府要人が不在であったのも災いして、公的機関が完全に麻痺してしまっている。
トリア要塞国は、セチュバー側から女王以下重鎮の安全を約束する代わりに、国境封鎖を行い他国との軍事的な協力をしないよう圧力がかけられていた。
トリア要塞国側からの公式発表は『慎重な対応協議を行う』とされているのだが、国境封鎖は開始されており、事実上セチュバーの要請を受け入れた形となっていたのだった。
「ドート国境付近に駐留していた王国の剣と教会の軍は、ドートとカルバリへ援軍の要請を打診しつつ、中央王都へ向けて進軍を開始しています。しかし、全軍の指揮権についてや、魔人族への対応に当たっている事から、両国との足並みが揃っていない様子です」
トゥームが、三郎の説明を補足するように、言葉の後を引き継いで言った。
「ふむ、クレタスの人族も、五百年の時を経て一枚岩では無くなってしまったかの」
最年長者であるイーバが、寂しげな表情で首を横に振った。心には、最初の勇者と呼ばれる友の笑顔が浮かんでいた。
五百年前の魔人族との戦争において、クレタス全土が一つとなって戦ったのはイーバにとって遠くない記憶なのだ。
他の長老達も同じ様に、難し気な表情をして頷いていた。
「現在の状況は理解させてもらいました。それで、サブロー殿はこれからどうされるおつもりなのですか?」
長では一番若いユスルが、三郎の考えを聞いてきた。三郎やトゥームの説明していた言葉から、決意の響きを聞き取っており、今後の動向も既に考えているのだろうと思ったからだ。
「我々は、王国の剣と共に動いている教会の軍に合流して、中央王都へ向かおうと考えています」
三郎はそう言ってから、一呼吸置くように長達の表情を確認した。四人全員と視線を交わし、後の言葉を続ける。
「各地へ救援に駆け付けるにしても、中央王都が占領されていては何もできませんから。それに、私は教会の意思決定機関であるコムリットロアの末席に名を連ねているので、修道騎士の部隊へ合流するのが立場上妥当であると判断しています」
今の三郎の言葉は、トゥームの提案をまとめた物だ。
高司祭と同等とされる教会評価理事の肩書は、クレタス諸国への要請や交渉の際には重要な意味合いを持ってくる。ドートやカルバリも、高司祭級の者が軍に加わっているとなれば、黙っていられなくもなるとトゥームは言う。
各国の王都には教会の支部があり、政府を監視する立場として決して弱くは無い影響力を持っているからだ。
「中央王都の反乱を鎮められれば、各地で起こっている事への対処も出来るようになりますから」
三郎は、自分をも納得させるかの様に言った。
ソルジの教会を帰る場所と考えていた三郎達にとって、一番に向かいたいのはソルジに違いなかった。
立場や状況を考えた上、大局的な見地から出した答えには、心のどこかで引っかかりが出てしまうのも仕方ない事だ。
三郎の言葉を聴いたイーバの耳が微かに揺れる。
「サブロー殿は『各地』と申されておるが、どうやら何処よりも心配しておる場所があるように聞こえますな。先ほど話に出ていたソルジという地なのでしょう」
イーバは、三郎の言葉の中でソルジの響きに親しみを感じ取っており、心を砕いている一番の要因なのではないかと気付いていた。
「おっしゃられる通り、私達はソルジ教会ゆかりの者で、すぐにでも駆け付けたいと思っています。しかし、我々が戦場に赴いても、修道騎士であるトゥームの足を引っ張ってしまいます。トゥームも、セチュバーの軍に一人で立ち向かうのは無謀としか言えませんから」
三郎は苦笑い混じりに答えた。
客間でトゥームやシャポーと話し合った際、三郎は役に立つ手札として持っているのは『教会評価理事』という肩書だけだと再認識していた。
こちらの世界に来てから、トゥームに頼りっぱなしであり、森での一件についても、ほのかやシャポーの力無くしては解決していなかっただろう。
だが、そんな三郎をイーバが片眉を上げて見据え、感心するように深く頷いた。与名の盟友である者として、自分の力を過大評価していない三郎の様子に好感を抱いたのだ。
「そんで、サブロー殿の話から、ずっと言い難そうにしてる事がね、あるみたいに聞こえてるんだけども。気遣いはしなくていいから、言ってしまうのが良いと思うんだね」
黙って話に耳を傾けていたリボショラが、優しい口調で三郎を促す。隣に座っているメルソファナも、リボショラの言葉に頷きながら三郎へ視線を向ける。
リボショラとメルソファナは、三郎達の言葉の表情を聴き逃さぬようにと、黙して傾聴していたのだ。
三郎は、エルート族の耳の良さに再び驚かされながらも、確認するかのようにトゥームへ視線を向ける。
トゥームは『任せる』という表情をして、三郎に頷いて返した。
「ピアラタへお招き頂いて早々、大変失礼かとは思ったのですが、私達は早急に、教会の軍へ合流するため出発したいと考えています」
そう言うと、三郎は長達へ深々と頭を下げた。トゥームやシャポーもそれに倣って頭を下げる。
長達の様子から、三郎は早々にピアラタを旅立てる事になるだろうと、内心で胸をなでおろしていた。
しかし、言葉を受けた長達は、三郎の予想に反してざわめき立つ。
それは、部屋の中に居る護衛のエルート達も同様らしく、黙ってはいるものの顔を見合わせたりしていた。
雰囲気が変化しことに気付いた三郎が、半分顔を上げて長達や周囲の様子をちらりとうかがう。
(えーっと、オレは何か対応を間違ってしまったのかな。いやいや、人として間違ってないはずだ・・・と、思いたいんですけど)
長達は、自身の耳に触れながら、何事か話し合っている様だった。あまりにも小さい声の為に、三郎には聞き取る事が出来ない。
「サブロー殿、本気かね?いや、本心だとは聴いて解かっているのだが、我々も『耳を疑う』のが久しぶりだったものでな。またも、驚かせてしまったよな」
話し合いに決着がついたのか、イーバが申し訳なさそうに言った。
「こちらこそすみません。変な事を言ってしまいましたか?」
「そうではないのですよ。サブローさんが言い出しにくそうにされていた内容について、我々はエルート族への武力的な協力を依頼したいのだと思っていました。イーバやリボショラ、ユスルまでもが同じ様に考えていたのです。そして、この部屋に居るエルート族の者達も、話の流れとサブローさんの様子から、同様に考えていたのでしょうね」
メルソファナがそう言って、周囲の者達へ目配せをする。若いエルート族の者達は、静かに頭を下げて肯定の意を示した。
「セチュバーの内乱は、人族同士が起こした問題です。魔人族の侵略など、クレタス全土への脅威ならばお願いしたかもしれません。しかし、我々人族の争いへ無暗に巻き込むわけにはいきません。それに、現在エルート族は、森に現れたと言う魔人族へ対応している所だとも理解しています」
トゥームが、三郎やシャポーと話し合っていた内容を簡潔にまとめて説明した。
内乱はあくまで、人族同士の争いだ。エルート族に助けを求めるなど、堂々と願い出られる様な物ではないと言うのは、三人の中で一致した意見だった。
「イーバ様、リボショラ様、メルソファナ様。魔人族の件、サブロー殿へお伝えしても良いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか」
ユスルが、三郎達にも聞こえる声で言った。その言葉に、他の長達は迷うこと無く同意を表す。
魔人族の件と聞いて、トゥームの表情が一層真剣な物に変わっていた。
次回投稿は1月20日(日曜日)の夜に予定しています。




