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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第四章 深き大森林での再会
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第63話 エルート族の野営地の夜

 三郎が上を見上げると、木々の間から星空が顔を覗かせている。


 三郎一行は、五十名程で編成されているエルート族の部隊と合流し、野営の準備も終えて夕食を取っている所だった。


 パリィが、炎の壁や大地へ影響していた魔法などについての説明を終えると、彼等の住まう世界『ピアラタ』へ是非にと招待されたためだ。


 トゥームやシャポーは、エルート族の招きを受けて驚きと緊張の隠せない様子であったが、野営の準備をする頃には普段通りの様子に戻っていた。


 地面に用意してもらった長めの布は、独特の森をモチーフにした彩りと模様で織り込まれており、パリィはエルート族の伝統的な織物なのだと得意気に説明した。


 伝統的なと言う言葉を聞いて、三郎はそれなりに高価な物なのではないかと思い、座るのを一瞬ためらったのだが、エルート達が普通に使っているのを見て(普段使いか)と安心して座るのだった。


 炎の精霊が楽し気に踊る焚火を囲み、軍隊の野営だと忘れてしまいそうなほど穏やかな時間が流れている。ほのかは、炎の精霊達と楽しそうに輪になって踊っていた。


 三郎は、精霊の支配する焚火は煙が出ないんだな、などと思いながらぼんやりと眺める。


 しかし、その視線を周囲へ向けると、野営地は精霊魔法で造られた木や岩の壁で守られており、見張りに立っているエルート族の姿が目に入った。


 見張りのエルートは、警戒にかがり火を使うのではなく、白色の光の玉を出現させて使用している。光りの精霊なのだろうなと思い、三郎は大して疑問を抱かずに見ていた。


 そんな三郎の右隣には、トゥームとシャポーが腰を下ろし、楽し気に会話しながら出された食事に手を付けている。


 野営という事もあり簡単な食事ではあったが、野菜の出汁を使用した優しい味付けで三郎は一口で気に入った。


「ピアラタへ人族が招待されるなんて、長い事案内役をしてるってもんですが初めての事ですよ。いやー、やっぱりパリィの案内しちゃう人は、一味も二味も違うって所で、さすがの敏腕パリィもびっくり仰天って感じですよ」


「あー、やっぱりそうなんだ。話聞いた途端、トゥームとかシャポーが固まってたもんなぁ」


 三郎の左側に陣取ったパリィが、嬉しそうに話すのに対し、三郎はトゥームとシャポーのびっくりした顔を思い出しながら、半笑いで相槌をうった。


「あのね、サブロー。エルート族のピアラタに招かれるなんて、史実上でも最初の勇者だけなの。貴方は笑ってられるみたいだけど、クレタスで生まれ育った私にとって、最初の勇者しか訪れていない場所に招かれるのは『栄誉』と言っても良いくらいなのよ」


 トゥームが、分かってないなと言うような視線を三郎に送る。その横で「ですです」と頷きながらシャポーが食事を口に運んだ。


「栄誉か、すごい事なんだな。そういえばさ、その『ピアラタ』ってエルート族の国の名前なの?」


 すごいとは言いながらも、今一ピンとこない様子で返事をして、三郎はふと湧いた疑問を口にする。


「ピアラタとは、厳密に言えば我々エルートの住む空間の呼称なのだよ。しかし、人族に対して国名だと答えても差し支えないかもしれんが」


 答えは、三郎達の背中から返ってきた。


 後ろを振り向くと、部隊の隊長だと言っていた人物が穏やかな表情で立っている。手には自分用の食事を持っていて、一緒に良いかと三郎へ聞いてきた。


 鼻筋のすっと通った中性的な顔立ちをした、流れるような長い金髪の男性だ。


 任務中であるため、皮鎧を装備したままで、腰には剣を下げている。


 三郎は隊長と挨拶を交わすと、どうぞどうぞと笑顔で返し、パリィが三郎との間を開けて招き入れた。


「我々はエルートと言う一つの種族としての集団で生きていてね、人族のように誰かを祭り上げ複数の国の形をとって社会を形成してないのだよ。長と呼ばれる者は居るがね」


「そうなんですね。私はてっきり、他にもエルート族の国があるのかと思ってました」


 三郎は、外見的には年下である隊長に対し丁寧な言葉使いで返す。


 シトスと同じ年齢か、それよりも少し年上に見える隊長は、恐らく五百歳以上のエルートなのだと考えたからだ。


「同じ種族で争わない我々には、国という単位が必要ではないからな。私にはどうも、人族の国家という単位が経済や利権をもって、互いに争うためにあるとしか見えないのだよ」


「クレタスの情勢には疎いんですが、確かに私の故郷では、国同士での争いが絶えませんでしたね」


 三郎は、日本とそれを取り巻いていた国々の情勢を思い出していた。


 隣に座っているトゥームが、三郎の言葉を聴いて複雑な表情をする。三郎の元居た世界について、争いの無い平和な世界だという認識があったからだ。


「いや、すまない。堅苦しい話をしに来たのではなかったな。サブロー殿とトゥーム殿、そして若いながらに大変優秀な魔導師であるシャポー殿に、隊長という立場を抜きにしてお礼が言いたかったのだよ」


 隊長は笑って謝ると、三郎達に丁寧な口調で礼を伝える。


 唐突に褒められたシャポーが、食べ物を詰まらせて咳き込んでしまった。


「けほけほほ、ゆ、優秀だなんて、シャポーは魔導師として習った事をしただけで、まだ見習いなのに、そんなに褒めてもらって恐縮してしまうのです」


「エルート族には『肩書はその者にあらず』という言葉がある。『見習い』だからと言って、シャポー殿が優秀である事実は変わらないのだよ。それに、あなた方が、エルート族の二人を助けてくれたという事も聞き及んでいる」


 顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに照れるシャポーに、隊長はシトスやムリューの件についても感謝の言葉を付け加えた。


「隊長さんは、シトス達とお知り合いだったんですか」


 三郎は、友人である二人の話が出て、驚きながらも世間は狭いなと感じていた。


 実際ムリューとは、ゲージを通してのやり取りしか無かったが、友人と呼んでも差し支えないと三郎達は思っている。


「いや、直接の親しい間柄ではないな。しかし、エルート族を救ってくれたという人族の話は珍しい。エルートの者全てが既知であり、感謝していると思ってもらって構わないだろう」


 隊長の横に座っているパリィが、なぜか得意気な顔をして大きく頷いていた。


「はぁ・・・全て・・・ですか」


 三郎がそう言いながら周囲を見回すと、少し離れた場所に座っているエルート族達が笑顔で頷き返してくる。どうやら、隊長と三郎の会話は聞こえているようだ。


(おおぅ、何か知らんがエルート族の間でビッグニュースになってるみたいだ。しかし、エルート族って耳良すぎだよなぁ)


 と考えながらも、三郎は不思議と手の平に汗が滲むのを感じた。


「エルート族を二度も助けてくれたのだ、ピアラタに着いたら歓迎されるのではないかな」


 隊長が笑顔で言ってくる。


「いやぁ、最初に助けたのも旅の途中で成り行きでしたし、今回だって、グランルート族から連絡をもらって、役に立てるかどうかも分からずに来た結果ですしね。歓迎だなんて逆に緊張しちゃいますよ、ははは」


 乾いた笑いを浮かべつつ、自分が思った以上に小心者なのだと三郎は実感した。


 英雄などの凱旋するシーンや、人々に感謝される場面などを思い浮かべてみるものの、緊張して引きつった笑顔の貼りついた自分しか想像できない。


「ははは、君は謙虚なのだな。助けられたエルートの二人も、サブロー殿の様な人物に出会えたのは幸運だったのだろう」


 そう言いながら、隊長は三郎の背中を何度も叩いて笑い声を上げた。


 エルート族である隊長は、見た目の若さに惑わされず、実際の年齢をおもんばかった敬意の払い方や謙虚な言動をする三郎を、大変気に入っていた。


「って、そう言えば、シトスやムリューって『グレータ』エルート族じゃありませんでした?種族が変わったとかあるんですか?」


 先ほどから、会話の端々で引っかかっていた部分を、三郎は口にする。隊長の話の中で、シトスやムリューの事をエルート族と言い続けているのが気になっていたのだ。


 三郎の疑問に隊長とパリィが、不思議そうな表情をして顔を見合わせる。


「サブロー殿は知らないのだな。我々は全てエルートという種族なのだよ」


 三郎は頷いて次の言葉を待つ。


「エルート族の中で、戦闘に秀でた者をグレータエルートと呼び、外交や情報収集に長けた者をグランドエルートと呼ぶ。知識高き者をエルダーエルートと呼び、精霊の知識に秀でればハイエルートと呼ばれる」


「ふむふむ(何たら目何々科みたいな分類が多いのかな?)」


 三郎は、隊長の説明に、種族名が色々と存在するのだなと思いながら相槌を打っていた。


「種族名はあくまでもエルートなのだよ。だが、その秀でた役割に対しての敬称として、グレータやグランドという呼称が付随する。まぁ、これは人族の文化には無いらしいからな、厳密に理解しなくとも構わないが」


 隊長は、難しい顔をする三郎に笑いながら説明する。


「種族名に対する敬称?」


 首を捻りながらも、三郎は(カルチャーショックだ!)と心の中で呟く。


 だが、そんな三郎の隣で、トゥームとシャポーも首を傾げていた。どうやら、エルート族の細かな文化は、人族の間であまり知られていないようだ。


「いやいや、説明するほどのアレでもないかと考えるところですが、やっぱりさすがサブローさんって感じで、疑問に思っちゃいましたか。例えば例えば、パリィなんてのはエルート族なのは当然で、グランドエルートなんですよ。ちなみに『グランドエルート族』って言った場合は、グランドが役回りに対する敬称で、エルートに対して『族』を付けてる感じでして、要するにやっぱり『エルート族』と言ってるってもんなんですよ」


「えっと、パリィってグランルート族じゃなかったっけ?」


 パリィの説明に、三郎の頭が更に混乱する。


「そこは、グランドエルートなんて長ったらしくて言いにくいので、グランルートって略しちゃったのがシックリみたいな感じですよ。やっぱりそこは、呼びやすくて愛着が湧きそうなほうがいいじゃないです?」


「敬称付けたのに、省略しちゃったのか・・・うん、そうなんだな」


「そういう物・・・なのね。分かったような気がするわ」


 楽し気に語るパリィを他所に、三郎とトゥームが、分かったような分からないような感じで相槌を打つ。


「種族名に敬称を付けるなんて、本で読んだことが無いのです。うーん、更に省略しちゃっても良いんですか、割り切れないのです」


 シャポーは、魔導師らしく腑に落ちるまで悩むようで、難しい顔をして両こめかみに人差し指を立てながら左右に揺れていた。


 そんなシャポーの真似をして、ほのかと炎の精霊達が焚火の周りを練り歩きながら、野営の夜は過ぎて行くのだった。

次回投稿は11月18日(日曜日)の夜に予定しています。

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