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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第二章 身分証を作りに
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第27話 グランルートの町フラグタス

「そんなことないですよぉ~、褒めすぎですよぉ~」


 シャポーが照れたような笑いを浮かべて、シトスの言葉にもじもじしながら返事を返す。


 馬車は、中央王都の東に位置する商業王国ドートの領内に入っており、グランルート族の町フラグタスに到着しようとしていた。


「いや、見習い魔導師とは思えないほど、薬効の引き出し具合が素晴らしい。将来は偉大な魔導師になるのでしょう」


 シトスは、ムリューや自分に使われた薬の効果を、最大限以上に引き出して治療に当たっているシャポーを、事あるごとに褒めるのが日常になっていた。


 今も、シトスの包帯を交換する際にシャポーが魔法を使って薬の効果を高めていたので、シトスがその腕前に感心している所だった。


 実際、ムリューの左肩の傷は深く、治療が遅ければ命に関わる程であった。しかし、トゥームの的確な処置とシャポーが薬へ施した止血効果増大の魔法が、その命を繋ぎ止める結果となった。


 今だに意識の回復しないムリューを、三郎達はひどく心配していた。そんな面々に対しシトスは、エルートの住む世界に帰り魔獣の魔力を浄化すれば、ムリューの意識は自然と回復してゆくから心配無いと伝えていた。


 シトス達グレータエルートも含み、エルート族は能力ある者を素直に認め尊重する気質が非常に強い種族だ。その為、シャポーの若さながらに魔法の腕が高いのを大変評価していた。


「シャポーって、結構腕の立つ魔導師なんだな」


 三郎は、傷の手当をして貰ったが為に、シトスが社交辞令としてシャポーを褒めているのだと思っていた。だが、数日経ってようやく、本気で言っているのだと気付いたのだ。


「そ・・・そ、そうなのです。案外・・凄いので、サブローさまは大いにシャポーを頼って下さいです」


 三郎の言葉に、飛び跳ねるように反応したシャポーが、頬を紅潮させて言う。『案外』と言う言葉に、一同から笑いがもれる。


「案外なんて自分で言っちゃだめじゃない。まぁ、魔法の腕は高いみたいだし、試験を受けさえすれば見習いなんてすぐ卒業できそうよね?」


 トゥームも、三郎が初めてのお使いでシャポーから買ってきたエネルギー結晶の質の良さを思い出し、シトスの評価に同意を示した。


 シャポーは、トゥームの言った『試験』と言う言葉に、一瞬表情を硬くする。


「お恥ずかしい話なのですが、実は・・・試験を二度ほど落ちてしまっているのですよ」


 苦笑いを浮かべて、シャポーは恥ずかしそうに言うと、自分の腰布に下がっている見習い魔導師のしるしに手をやった。


 手の平に乗るほどの円盤で、縁に沿って『循環』を表し永遠に読み続ける事ができる様にされた魔法文字が刻まれている。円盤の中央に太い横棒が装飾されており、その部分には見習い魔導師である文言が装飾豊かにあしらわれていた。


 試験と言うのは、中央王都にある魔法省が年に一度行っている『クレタス魔導師選考検定試験』の事だ。クレタスに居る魔導師達は、この試験でランク分けをされ、最終的には『王室就き魔導師資格』を得るのを目標にする。


 王室就き魔導師資格を得れば、中央王都もしくは五つの諸王国の宮廷魔導師になるチャンスが得られるのだ。


 宮廷魔導師にならずともその資格を持っていれば、クレタス北東の王国カルバリにある魔導研究院に所属して、色々な魔法の研究に携わる事も可能となる。


 言うなれば、クレタスに在籍している魔導師全ての登竜門として『クレタス魔導師選考検定試験』は存在していた。


 シャポーの持っている見習い魔導師の印は、試験を受ける前の魔導師もしくは、試験で一定以上の成績をおさめられなかった者である事を意味しているのだ。


「へー、その試験って言うのは、そんなに難しいんだな」


 三郎は、シトスやトゥームが認めているほどのシャポーが、二度も落ちてしまうほど難しい試験なのかと感心しながら言った。


「シャポーみたいに、師匠と呼ばれる人に教えを受けた魔導師ならですね、すぐに見習いは卒業できるものなのですが・・・」


 シャポーは、伏目がちな表情をして、髪を手で何度も撫で付けながら語尾を濁す。


「ですが?」


 話の続きを促すように、三郎は相槌を打つ。


「シャポーは、試験本番ともなるとキンチョーしてしまって、失敗ばかりしてしまうのですよぉ」


 丸い大きな目を潤ませて、シャポーは三郎に言った。手は祈るように胸元で握り合わせられている。


「してしまうのですかぁ」


 三郎は、話の途中から何となく読めていた展開に、額に手を当てて答えた。


 旅の中、シャポーは緊張したり気持ちが高ぶると、声が上ずってしまったり必要以上に慌ててしまったりする場面がある。三郎とトゥームからすれば、推して知るべし答えであった。


「こんな情けないシャポーなばっかりに、師匠は『胆力を鍛えて来い』と、シャポーを谷に突き落とす様に旅に出させたのですよ」


 シャポーの潤んだブルーグリーンの瞳が、不思議な色合いを反射しながら三郎に訴えかけてくる。


「谷に突き落とされたにしては、美味しい魚を食べにソルジに行くって・・・胆力あり過ぎるでしょ、別な意味で」


 トゥームは、半ば感心したような呆れ声で言った。


「それは、シャポーは海の幸が好きなので、冬の試験までまだまだ時間もありましたので・・・」


 ぐうの音も出ない突っ込みを受けながらも、シャポーはめげずに言い返す。


「ははは、まぁあれだ。ムリューの治療をした時は緊張なんてしなかったんだろ?」


 三郎は、シャポーがムリューの治療で、下手に緊張しすぎて失敗しなかった事実に気付かせる様に話す。


「です・・・か?必死だったので、緊張していたかも覚えてないのですよ」


 シャポーは首を傾げながら、三郎の言葉に記憶をたどる。


「ムリューが命を取り留めているのが、失敗していない何よりの証拠じゃないか?」


 三郎の言った事が、まだ腑に落ちていない様子のシャポーだが、穏やかな表情で目を瞑っているムリューに目を向ける。


「そうです・・・ムリューさんを無事に送り届ける事ができるのが、証拠なのですよね」


 三郎に向き直ったシャポーは、満面の笑顔でそう答えた。


 ちょうどその頃、馬車はグランルート族の町フラグタスに到着し、その事を御者が伝えてくるのだった。


***


「サブローさま・・・シャ、シャ、シャポーは、ち、治療の事を思い出したら、すごくキンチョゥしてきたのです」


「お、おぅ、そうか・・・とりあえず、深呼吸しとけ」


***


 一行がフラグタスに到着すると、シトスの話を聞いたグランルート族が、町の奥にある長の家まで馬車を案内してくれると言う。


 町の入り口は広場になっており、観光らしき人族が何人も見受けられ賑わっていたのだが、少し奥に進むと人族の姿は見られなくなった。


 三郎は物珍しげに、馬車の窓から町を観察する。木をモチーフにした家々が並んでいるのかと思っていたのだが、目を凝らしてみると生きている木の中に家が組み込まれた様になっているのだと気がついた。


 道は整備が行き届き、沿道には綺麗な花々が咲いている。三郎は、良く出来たアミューズメントパークに来た気分になるなと思いながら、街並みを楽しんでいた。


 人族がフラグタスの奥に案内されるのは非常に珍しいことで、トゥームやシャポーそれに御者達も街並みに目を奪われていた。


 目的地である大きな家の前に到着すると、グランルート達がムリューを馬車から丁寧に運び出した。


 運び出す際、三郎達へ笑顔で礼を言って来たグランルート族達は、グレーターエルート族よりも更に小柄で、たっぷりとした服を身に着けている。三郎は、何だかサーカスの道化師の様な服装だなと思うのであった。


 大きなつばのついた三角帽子を被っており、帽子には植物が根を張っている様子で花を咲かせていたり青々とした草が生えていたりと、不思議な雰囲気を醸しだしていた。


 シトスは、ムリューが運び込まれた家の前で、グランルート族の長らしき人物と何やら話しこんでいる。


 日差しは、夕刻になろうかと言うほどに傾いており、フラグタスに一泊する予定となった。馬車はムリューを下ろし終わると、町の入り口にあると言う馬宿に案内されて行ってしまった。


 三郎達と言えば、シトスの計らいで目の前にある大木に埋め込まれたような、グランルート族の長の家にご厄介となる事となっていた。


「いやー、お客さん方、グレーターエルートの方々を助けて下すったのは、グランルートを代表して、感謝を伝えきれないって感じなんですよ、やっぱり」


 家までの案内役をしていたグランルート族が、三郎に饒舌に話しかけて来た。つり目が特徴的な人懐っこい印象を受けるグランルート族の青年で、名をパリィと言った。


 植物の生えた不思議帽子を深々と被り、だぼっとした体のラインが全く分からない服装をしている。


 夕日に照らされながらも、なお金色に輝く髪を一つに大きく束ねており、髪の間から覗く尖がった耳はエルート族の眷属である事を示していた。


 だが、その耳はシトスのそれよりも半分程度の長さで、三郎は種族の違いなのだろうなと納得していた。


「こんなフラグタスの奥まで人族を案内したのは初めてなんですよ。やっぱりあれですよね、シトスさんやムリューさんを助けてもらったら、そりゃー感謝の三つや四つじゃ足りないってもんですよ。そうそう、今日はこのフラグタス一番の案内役であるパリィを使って頂きましたんで、やっぱり次の機会もよろしくお願いする感じで、ね!サブローさん」


 パリィは一息でそこまで言うと、歯を見せてにっこりと笑顔を見せた。


「ああ、案内してもらう時はパリィに頼む事にするよ、ありがとう」


 少し勢いに押され気味になりながらも、三郎はパリィに返事を返す。パリィは「お客さん増えちゃったなーやっぱり商売上手だよなー」と嬉しそうに頷いていた。


 そんな様子に、三郎とトゥームとシャポーは顔を見合わせる。エルート族の窓口たる種族と言う事で、少しばかり構えていた部分もあったのだが、パリィの様子に心を和ませるのであった。


「おっと、お話が終わったみたいですね。長は町でも一番気さくな人なので、やっぱり緊張するかと思いますけどね、気を張らずにどうぞって感じですよ」


 耳の良さはグレーターエルート並みなのか、少し離れた場所のシトスと長の会話を聞き取って、パリィが三郎達を長のもとへ案内する。


「いや、パリィよりも気さくって、どれほどの人物なんだって思っちゃうな」


 三郎の言葉に、パリィは「いやいや~それほどでも~」と噛み合わない返事を返した。


 大木の家に足を進めながら、その向こうに堂々たる姿を夕日に染める聖峰ムールスが三郎の目に入る。


「ん?」


 三郎はその山頂付近に、白く光る物を見たような気がして、立ち止まって目を凝らした。


「どうかしたの?サブロー」


 それに気付いたトゥームが、三郎に声をかける。


「いや、山頂に・・・星かな?」


 三郎は、目をこすりながら気のせいだったかと見直すが、山頂付近の光は無くなっていた。


「気のせいだったみたいだ、なんでもないよ」


 三人が大木の家に入る頃、聖峰ムールスの頂上付近に光がフワフワと浮かんでいた。それは、三郎が目視できるはずも無いほど小さな物だった。


次回更新は3月11日(日曜日)の夜に予定しております。

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