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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第二章 身分証を作りに
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第26話 森での戦い

シトスの言葉づかいを修正しました。2018/12/2

 グレーターエルートの戦士シトスの願いを聞いて、三郎達一行はグランルート族の町『フラグタス』へ旅の目的地を変えていた。


 ムリューの容態が、トゥームやシャポーの治療によって流血こそ止まっていたものの、意識がもどるまでに至っていなかったからだ。


 意識の無いムリューを連れて、手負いのシトスが、グランルート族の治める町であるフラグタスまで旅をするのは困難をきわめる。


 フラグタスは、旅五日目に到着する宿場町から中央王都へと続く北西の街道と別れて東へ伸びる街道へ入り、そこから三日程の距離にあるエルート族の窓口と称される町だ。


 商人の都・王国ドートの領内に位置している為、中央王都とドートとの国境を越えなければならない。三郎はシトスに、フラグタスまで連れて行って欲しいと頼まれた際、二つ返事で引き受けた。だが、国境を超えると知ると「俺、身分証無いけど捕まったりしないよな?」と情け無い声でトゥームに聞いた。


 クレタス内にある五つの諸王国と中央王都は、通貨も統一されており、特に入国審査は存在していない。物価の違いや風習の違いこそあれど、クレタス内は基本自由に旅が出来ると、トゥームは三郎に説明し安心させるのだった。


 そして、中央王都への到着が遅れる事は、トゥームがゲージを使ってスルクロークに知らせを入れていた。ゲージを操作するのを見ていた三郎は、自分用のレアアイテムを手に入れるのが、少しばかり遠のいた事に残念な気持ちになったのは言うまでもない。


 仮にムリューの意識が戻ったとしても、手負いのエルート族二人で長旅をするのは、あまり安全だとは言えないと、トゥームは三郎に言った。


 人身売買を生業とする者も存在し、人族ですら一人で旅をする事は滅多に無く、護衛のついた旅馬車を利用する。まして、見目の整った種族であり、非常に珍しいとされるエルート族が、手負いで旅をしているともなれば、その危険度は考えなくとも分かるものだ。


 手負いでさえ無ければ、グレーターエルートの二人が人族に遅れを取るわけもないのだが。


 人身売買は、労働力として売り買いされるのはもちろんであるが、金や権力のある者が、秘密裏にコレクションとして他種族を集める事があるのだと言う。


 三郎は、人身売買という言葉を聞いて眉根を寄せ不快感を露にした。日本で生活している時には、実感のわかない言葉であり、テレビから遠い国外のニュースとして戦争やそう言った事を知るだけだった。


 しかし、身近な現実として話を聞いてしまえば、助けないわけにはいかないと感じてしまう。


 何より、手負いの二人を放っておくほど、三郎は冷血な人間ではなかった。


 シトスは、ムリューの意識が戻らない事について、魔獣から傷を負わされた事で体内に獣の魔力が多く流れ込み、その魔獣の魔力がムリューの意識を混濁させているのだと言う。


 通常、野生の獣から発生した魔獣であれば、自身の魔力を相手の体内に流し込んでしまうほどの攻撃技術は無いはずである。騎士やグレーターエルートならば、攻撃の威力を向上させるために、魔力を乗せた攻撃の技術も訓練で身に着けているのだが。


 シトスが、その魔獣と交戦する事になったのは、森の中に不穏な気配が満ちており、『森』が魔獣の存在を知らせてきたのだと言う。


 グレーターエルート族は、日ごろ行っている森の哨戒よりも二組増やすかたちで、二人一組の五つの班を作って森の哨戒任務に出る事になった。


 シトスとムリューは、三郎の見た断崖絶壁に沿うかたちで、森の中を見回ることとなっていたのだと言った。


 森のほぼ中央に位置する聖峰ムールスの麓に、エルート族の世界との境界がある。そこから出立し、二日ほどかかって西の崖の上に出た。崖沿いに南の海方面へ哨戒するとして、昼の休憩を取る事になった。


 崖の上からは、下に広がる平野が遠くまで見渡せ、ムリューとシトスは森の空気にも特に異常を感じずに昼食を済ませた。


 しかし、それは突然襲い掛かってきたのだ。


 先に支度を終えて、森に向かったムリューの悲痛な叫び声に、シトスは駆け出した。森から弾き出されるように飛び出したムリューの左腕は、肩口に大きな傷を負って力なく下がっていた。


「シトス!五匹・・・牛ほどもある犬種の魔獣が居るの、気をつけて!」


 ムリューの声にシトスは抜刀し、耳と目に魔力を循環させる。草の動き一つ逃さないほどの五感の活性化だ。


 シトスは内心後悔していた。森の空気が平和だと判断したため崖の近くで休憩をとってしまい、戦いにおいて後ろに断崖を背負う事になったのだ。ムリューも同じ気持ちだったのだろう、その横顔に焦りの表情が浮かんでいた。


 五匹の魔獣の気配は森の中に満ち溢れており、グレーターエルートの得意とする森の中での戦闘を展開する事も難しいと考えられた。


「ムリュー、空気の壁を作ります。崖沿いに北へ走れますか?」


 シトスは、虫の羽音程の小さい声でムリューに話す。エルート族の耳は非常に優れているため、戦いで連携を取るとき、他種族には聞き取れないほどの声で意思疎通を図る。ムリューは小さく歯の隙間から息を吐いて、了解した事をシトスに伝えた。


 シトスが、大気の精霊に呼びかけようとした刹那、森が破裂したかのような音を響かせ木々を引き裂き、五匹の魔獣が二人に襲い掛かってきた。木々の隙間を警戒していた二人は、完全に不意をつかれてしまう。


 砕かれた木々の破片と共に、白く長い体毛をした魔獣が姿を現した。魔獣の目は、昼間だというのに赤く鈍い光を放ち、殺意をありありと浮かべている。


 森の木々は、聖峰から流れてくる地下水を吸い上げて成長している。そのため、魔力をふんだんに含んでおり、容易に引き裂く事など出来ないはずであった。


『大気に満ちる友人達よ、盾となり我を助けたまえ!』


 戦士として十分な経験のあるシトスは、それでも精霊に空気の壁を作る語りかけを完成させる。


 空気の壁は、身一つ分遅れて飛び出した三匹の魔獣を遮るかたちで、その効力を発揮する。何も無い空間に、三匹の魔獣の衝突する鈍い音が低く響き渡る。


 しかし、壁の出現よりも先んじていた二匹の魔獣が、傷を負ったムリューに飛びかかった。


 ムリューは、グレーターエルートが武器として使う、切れ味鋭い剣を右手に持って応戦していた。魔力濃度の高い木であるメーシュッタスの樹液から作られた切れ味の鋭い刃を持つ剣で、一匹の魔獣の前足に浅いながらも傷を負わせている。軽やかな足さばきで、残る一匹の攻撃をかわしていた。


 だが、シトスはムリューの動きが普段とは程遠いほど鈍く、左肩の傷が深いことを感じ取る。


 傷を負ったにもかかわらず、勢いがそがれる様子の無い魔獣が、ムリューへ更に追い討ちをかけた。ムリューの悲鳴が、シトスの耳を打つ。


 ムリューは、肩の痛みで魔獣の爪を避けきれずに、腹部を浅く引き裂かれよろめいた。シトスが咄嗟に、ムリューと魔獣の間に割って入り、魔獣の追撃を阻止する。


「シト・・・ス、私は恐らく逃げ切れない。貴方は、この事を伝える為に、走って・・・」


 ムリューの声が、ムリューを護りながらも懸命に立ち回るシトスの耳に届く。だが、シトスはその言葉を聞き入れようとはしなかった。ゲージで魔獣発見の報告を伝えれば、ムリューを一人にする必要も無い。


 既に、空気の壁は効力を失って霧散し、残りの三匹も戦闘に加わろうとしていた。


 グレーターエルートである二人にとって、魔獣の五匹程度ならば十分に戦える相手であるはずなのだが、崖を背にした事や不意をつかれムリューが先に怪我を負ってしまった事などが重なり、完全に追い詰められていた。


 更に、恐ろしい事は、この白い魔獣達の動きがグレーターエルート以上とは言わずとも、後れをとるほどではないと言う事実だった。


 シトスは戦いながらも、左腕に固定されているゲージで、哨戒に出ている仲間へ連絡をとろうと魔力を操作していた。だが、仲間に繋がるはずのゲージは、何の反応も返してこない。


「ぐっ、ゲージが繋がらない。ムリュー、貴女のゲージは・・・」


「ごめん・・・最初の攻撃で、飛ばされて・・・しまったみたい」


 シトスの必死の言葉に、ムリューは弱々しい返事を返す。シトスの耳には、生命力を失ってゆく声の音が聞き取れてしまう。


 シトスは、精霊に頼るにしても、ムリューを護りながら五匹の魔獣の猛攻をしのいでいる今の状態では、精神の集中が保てず精霊への語りかけを完成させることができない。ムリューも、傷の痛みで精霊に語りかける事ができないで居るようだった。


 魔獣の攻撃が、シトスの左腕をかすめ、ゲージを砕いて左腕に浅い傷を残した。


「まさかこいつ、ゲージをねらって・・・くっ」


 魔獣の理性的な攻撃ともとれる動きに、一瞬回避の遅れたシトスの右足に痛みが走る。浅いながらも広く引き裂かれ、たまらず後ろに居るムリューの元まで後退する。


「ムリュー、どうやら我々の・・・ムリュー?」


 シトスは、隣に倒れているムリューの呼吸が弱くなっている事に気がついた。


 咄嗟に左腕で、ムリューの細い体を抱きかかえると、傷に痛みが走り眉間に皺を作る。右手に持つ剣を、飛びかかって来ようとする魔獣へ牽制するように突き出しながら、ゆっくりと背後の崖へ歩みを進めた。


 魔獣達も、背後の崖を気にする様子で、無闇に飛び掛ってくる様子が無い。


「恐ろしい魔獣よ、命があれば再びまみえる事になろう」


 その一言を残し、シトスは崖から身を躍らせた。


 一か八か、精神力の続く限り大気の精霊に加護を求め、崖を飛び降りる事を選んだ。あのままでは、魔獣に引き裂かれる未来しか無いのは明らかだった。




 シトスは、永遠とも取れる落下の時間を耐え、今、三郎達の前に居る。


 魔獣の話を聞いたトゥームが、ソルジでの魔獣との共通点を感じ取り、シトスに疑問を投げかける。


「貴方達が遭遇した魔獣は、牛ほどの大きさだったと言う話だったけど」


「ええ、君達人族が飼っているウェルッカほどの大きさでしたよ」


 シトスの返事を聞いて、三郎とトゥームが顔を見合わせる。ソルジの西門でトゥームが戦った魔獣は、三郎の身長ほどの体躯があった。ウェルッカと言えば、日本の畜産農家に居る牛と何ら変わりのない大きさだと三郎は記憶している。言うなれば、三郎の肩より少し低い大きさと表現できるのだ。


「ソルジに来た魔獣のほうが大きい感じか。白い毛とか赤い目とかは同じようだけど、若い固体なのかな?」


 三郎の疑問に、トゥームが少し考えをめぐらせる。ソルジに現れた魔獣は、西の森から現れた物で、ソルジの東に位置する深き大森林から来たとは考えにくい。


 深き大森林は地形的に、南の海まで崖が続いており、通常の生き物であれば落下してその命を失うほど危険な地形で区切られていると言えるのだ。


「そうね、同種と言って良いほど、特徴は似てるわ」


 トゥームは地理的な矛盾を感じながらも、かなりの部分で特徴が一致している事に気付いていた。戦士であるシトスが、魔獣から『殺意』を感じ取っていた事もその一つだ。


「新種の凶暴な魔獣が、大量発生してるとかじゃないだろうな」


 三郎は肩をすくめながら、自分の言葉に身を震わせた。あんな恐ろしい獣が大量に居たら、左肩の傷だけでは済みそうにない。


「そう・・・ね、スルクローク司祭に一応伝えておくことにするわ」


 トゥームの胸に、一抹の不安が鎌首をもたげていた。

次回投降は3月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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