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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第二章 身分証を作りに
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第25話 深緑の青年シトス

 深緑の髪の青年は、シトスと名乗った。


 エルート族は、役割によって種族名が分かれており、シトスは戦闘を担う者であるグレータエルートと呼ばれる種族であった。気を失っている薄桃色の髪のムリューも、同じグレータエルートであるとの事だった。


 シトスとムリューの横に馬車が停まると、ムリューを車内に運び込み、トゥームとシャポーがその治療に当たった。三郎も何か手伝おうかと考えたのだが、治療されるムリューが女性であった為、トゥームに馬車から追い出されてしまっていた。


 シトスも同様に車外に追い出されており、気を利かせた御者が椅子を出してくれたので、そこに大人しく座っている。シトスの負った傷も浅いとは言えなかったが、重症度からムリューを優先した為、馬車備え付けの応急品で治療されただけに留まっていた。


 三郎は、シトスの横に椅子を持ってくると、目を閉じて座っているシトスの隣に腰をおろした。御者達は、シトスとムリューに傷を負わせた者が魔獣であるとの話を聞くと、周辺警戒をするために御者台へ戻っていた。


(整った顔立ちってこう言うのを言うんだろうな。細マッチョでイケメンだけど、少し小柄なのか・・・耳、とんがってんなぁ)


 エルート族が、周囲の状況を耳によって把握する事が出来るとも知らず、目を瞑っているシトスの横顔を、三郎は穴が開くほど観察していた。


「グレータエルートを見るのは、初めてですか?」


 三郎の視線に気づいていたシトスは、静かに目を開くと三郎へ話しかけた。そして、ゆっくりと首をめぐらせて、三郎を穏やかな表情で見つめる。髪と同様に深い緑色をした瞳は、青年の外見に不釣合いとも思える程、思慮深い雰囲気を持っていた。


「あぁ、すまない。エル・・・エルート族と会うのは、初めてなもので、じろじろと見るなんて失礼だったね」


 三郎は『エルフ』と言いそうになり、慌てて言い直す。旅立つ前にスルクロークと交わした、元居た世界の言葉を口に出さないと言う約束を思い出していた。既に、二度ほど口にしている気もするのだが、どちらも独り言だったので、三郎はセーフだと自分に言い聞かせ、今後気を引き締めて行こうとこの場で心に誓った。


「別に、謝る程の事ではありませんよ。人族の司祭殿」


 シトスは、三郎の素直な謝罪に笑顔を作って返事を返す。三郎がエルートと言い直した瞬間、僅かにシトスの耳が震えたのだが、三郎は気付かない。


「司祭・・・ではないんだ。こんな服だから、司祭に見えるだろうけど。まぁ、サブローって名前で呼んでもらえると良いかな」


 別大陸からの漂流者だの何だのと、説明すれば長くなってしまい、長話がシトスの傷に響くと悪いので、三郎は自己紹介も兼ねて、自分が司祭ではないことを伝える。


「では、サブロー、私の事もシトスと呼んでください」


 シトスは、三郎の言葉にいたって平静に返事を返す。応急処置をされていた際に見たシトスの傷の具合から、三郎には考えられないほど普通な口調に聞こえた。


「傷の具合は、大丈夫なのかい?軽くは見えなかったけど」


 三郎は、シトスの腕や足に巻かれた応急の包帯を見て言う。僅かではあるが、血が滲んでおり痛々しさが伝わってくる。


「痛みはありますが、命に関わる程ではありませんよ。ムリューの処置が無事終わったら、私の傷も診てもらおうと思います」


 シトスの口調は、怪我の具合を感じさせないほど落ち着いている。


「そうか、我慢強いんだな。俺だったら、しかめっ面して唸り声を上げてしまいそうだよ」


 シトスの様子に、三郎は素直に感心するのであった。


「巻いてもらった包帯が、良い物なのでしょう。鎮痛作用を施した布のようですから」


「はー、そんな凄い物あるんだ・・・知らなかった」


 クレタスでは、布に魔力素子を添付することで、様々な作用を付与する技術が発達している。三郎自身、現在身に着けている司祭用のフード付きロングチュニックに定温作用が付与されており、その恩恵を現在進行形で享受しているのだが気付いていなかった。


 三郎の『知らなかった』と言う言葉に、シトスの耳が再び反応して震える。そして、シトスは小さな声で「知らない・・・ですか」と呟く。


 クレタスの、特に人族の間では常識である事を、三郎が知らないと言った言葉が、シトスの耳に真実の響きをもって聞こえたのだ。


 エルート族は、類稀たぐいまれな聴力によって『真実の耳』と呼ばれる言葉の聞き分け方を身に着けている。魔法等の類ではなく、目で見て相手の表情からその心積もりを見分けるのに近い、純粋な聴力の良さから来る物だ。


 真実の耳は、相手の微かな声色の変化や口調から焦りや偽りを聞き分ける。エルートの中でも特に優れている者は、単語の一言だけで、それが母国語として使い慣れて発せられた物なのかどうか、聞き分ける事が出来てしまう。


 自慢する程とは思っていないが、シトスはグレータエルートの中でも優秀な聴力を持っていると自負していた。


「ところで・・・」


 シトスが真剣な顔つきとなり、その視線が三郎の表情を探る物へと変わる。


「・・・ん?なに?」


 シトスの変化に、三郎は何か不味い事を喋ってしまったのではないかと言う考えが一瞬浮かんだが、単なる雑談だったので問題ないと自己解決して聞き返す。


「我々を見た時に、サブローは『エルフ』と言っていました。先ほども、そう言いかけていましたね」


 三郎は、視界が真っ白になる感覚を覚えた。頭の中では、スルクロークの声で『元居た世界の言葉は、口に出さないように』という言葉が繰り返し響く。


 だが、社会でもまれて来た経験が、三郎の混乱した思考を瞬時に立ち直らせた。技術系の顧客対応で培った会話術なのだが、まずは落ち着いて、現在出ている情報と伝えてはいけない情報、そして出せる情報を脳内で整理して、あたかもその機械の仕様であるかのように話す事で、相手を納得させるのだ。


 更には、伝えてはいけない不具合にかこつけて『改良』だの『改善』だのと言葉巧みに、新たな仕事として取ってしまう事もあるのだが、今は関係無い事だった。


「それは、話せば長くなるんだけどさ。俺は別の大陸の者で、漂流してクレタスに流れ着いた者なんだ。故郷では、エルート族の様に耳の長い種族が、そんな風に呼ばれていてね、シトス達を見た時に思わずそう言ってしまったんだよ。その呼び方が悪かったのなら、今後言わないように気をつけるよ。申し訳ない」


 三郎が、ゆっくりと落ち着いて、それでいて突っ込みを入れさせないように喋る間、シトスは相槌を打ちながら聞いていた。シトスの長い耳が、三郎の言葉の端々でピクピクと反応している事に、三郎は気付いた。


 二人の間に、しばしの沈黙が流れる。


「そうですか『故郷』でそう呼ばれている、と言う言葉に偽りは無い様ですね」


 先に口を開いたシトスは、表情を和らげて三郎へ言葉を返した。


「ああ、そうだ」


 三郎は、シトスが偽りは無いと断言した事に不安を覚える。何か特殊な魔法が有って、言葉の真偽を判断出来るのではないかと言う考えが、三郎の脳裏をかすめた。


 旅も序盤と言うところで、三郎が『迷い人』なのだと知れてしまえば、スルクロークやトゥームの配慮に水を差す事になってしまう。


「サブロー、貴方に二つの事をお話しないといけません。まずは、我々の耳についてです」


 シトスは、三郎の表情が硬くなってしまっているのを見て、ことさら穏やかな口調であるよう気を配って話す。三郎は『真実の耳』について話すシトスの言葉に、首を縦に振るだけで聞く事しか出来ない。


 魔法ではない事、そして殊更ことさら強調したのは、話者わしゃの使う言葉が母国語であるかどうか聞き分ける事ができるのだと言う点だった。


「―と言う物なのです。真実の耳については、理解してもらえたかと思います。そして、次に話すのは、五百年前に我々の前に現れた人物についての事です」


 シトスが次に話したのは、五百年前にエルート族の前に現れた、人族の間で『最初の勇者』と呼ばれている人物についてだった。


「最初の勇者と言えば、人族の方が詳しいでしょうし、司祭の服を着ている貴方ならば、魔人族との戦争についても知り及んでいる事でしょう」


 シトスの言葉は、静かに穏やかに響く。三郎は少し緊張しながらも、スルクロークの落ち着いた話し方に似ているなと感じていた。


「最初の勇者は、我々エルート族に魔人族との戦いへの協力を求めに来たと伝わっているでしょうが、真実は少しばかり違います」


 シトスの伏せた目が、懐かしさの色を強くする。三郎の心に、この青年が五百年前も生きていて、最初の勇者に会った事があるのではないかと言う考えが芽生える。


彼人かのひとは、我々エルート族に脅威が迫っている事を心の底から憂いて、良き隣人として話をしに来ただけだったのですよ。自分は戦って勝つつもりだが、敗退した時は申し訳ない事になると、それを伝えに来たのです。我々自身、戦いへの参加を求められるのだろうと考えていましたから、初めて『真実の耳を疑ってしまう』事になったのですよ」


 エルート族特有の皮肉なのだろう、シトスは三郎に苦笑交じりに言った。


「人族は嘘をつく者と教えられている我々ですが、最初の勇者だけは信ずるに値すると判断し、魔人族との戦いに協力する事になりました」


 シトスは、長く話して傷が痛んだのか、言葉を切って一呼吸深い息をついた。


彼人かのひとは、戦いの後我々に言い残しました。我らエルートを『エルフ』と呼ぶ者が現れて、助けを求められたら、自分と同様に手を差し伸べてほしいと」


 三郎は、シトスのこの言葉で何を伝えたいのか理解した。シトスは三郎に、敵ではないから安心しろと言っているのだ。


「サブローさん、理由があって素性を隠されているのでしょう。深くは聞きませんが、貴方と同郷である我々の友人の言葉を、エルート族は破る事はありません」


 そう言うと、シトスは椅子の背もたれに体重を預けて長い息をはいた。


 真実の耳を持たない三郎に、自分の言葉を伝える為、シトスは少しばかり無理をして話をしていたのだ。


「シトス、何か俺自身が、自ら信用を失う事を言ってしまって申し訳なかったな」


 三郎は、シトスの様子に反省するばかりとなっていた。そして、最初の勇者が再び唐突に、素性がばれそうになった自分を助けてくれたのだと認識する。


「ふふ、申し訳ないのは私のほうです。手を差し伸べるどころか、助けてもらっているのですからね」


 少しばかり額に汗を浮かて、シトスは苦笑い混じりに言った。


彼人かのひとが言った『エルフ』という言葉を、直接聞いていてよかったですよ。小声だったので『耳を疑いました』からね」


 エルート特有の皮肉を言って、シトスは痛そうに笑う。痛いなら皮肉なんて言わなくても良いだろうに、と三郎は冷めた突っ込みが浮かぶが、その思いを飲み込む事にした。


「・・・聞いていたって・・・シトス、お前何歳なんだよ」


 『おしゃべり好きな老人』と言う、シトスへの新たな認識を得た三郎は、静かなイケメン青年という第一印象が脆くも崩れ去る音を聞いていた。




「ふっ、サブローも耳を疑ってますね・・・面白ぃ、痛たっ・・・」


「なにも面白くないから、とりあえず黙っとけって」

次回投降は、2月28日(日曜日)の夜に予定しています。

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