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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第17話 三人の修道騎士

 馬にまたがり、一人の少女が道を行く。


 中央王都からソルジへ通じる幅広の街道は、夏の到来を感じさせる景色へと変わっていた。


 彼女の名は、マフュ・アーディ。18歳の若さで修道騎士の称号を持ち、教会でも将来を期待されている騎士だ。


 騎士と言っても鎧を着込んでいる訳ではなく、比較的軽装をしており、特殊な篭手とグリーブを装備しているだけだった。馬の横には、布に包まれた長い武器が備え運ばれている。


 マフュは、修道騎士の家系であるアーディ家の末娘として生まれ、立派な兄と姉に恥じぬようにと、幼い頃より自分を律して生きてきた。


 長く伸ばしている深い赤色の髪は、姉がいつも褒めてくれるので、マフュのお気に入りだ。今年の始めに修道騎士となった時、兄は誰よりも喜んでくれた。


 兄と姉に褒められる事こそ、マフュの誇りなのだ。他の者から何を言われようと、二人が褒めてくれるならどうでも良いとさえ思ってしまう。


 だが、そんな二人の口から、マフュの物でない別の名が頻繁に聞かれる。


 姉は言う、あの子の金髪は軟らかく美しいのだと。


 兄は言う、最年少で修練兵になった彼女は、どうしているのだろうかと。


 二人は言う、中央王都に居れば、彼女は最年少で修道騎士になったのではないだろうかと。


「んんっ!」


 思い出した途端、マフュの口から悔しさの声が漏れる。マフュが修道騎士となった日の夜、アーディ家では宴の席が設けられた。酒の入った兄と姉は、図らずもマフュの前でそれを言ったのだ。


 一つ年上の幼馴染であり、小さい頃から競い合ってきた―少なくともマフュは、そう思ってきた―彼女は、気づいたときには修練兵となっており、突然マフュの前から姿を消した。


 幼い頃は、多少の憧れも持っていたし、一番の仲良しだとさえ思っていた時期もある。だが、彼女が修練兵になったと聞かされた時、祝う気持ちよりも先に、教えてくれていなかった寂しさが溢れ、その気持ちもぶつけぬまま、彼女は遠くへ行ってしまったのだ。マフュが、まだ十三歳の頃の話である。


 数年後、マフュは、事の仔細を知る事になった。


 彼女は、教会本部から異例の推薦の声があがり、十四歳で修練兵となった。彼女が兵士として一人前に数えられるようになると、修道騎士であった彼女の両親は、クレタス西方を預かる守衛国家セチュバーへ派遣された。


 そして、セチュバーでの任務中に、彼女の両親は行方不明となってしまう。噂では、セチュバーが護りを固めている西地方と繋がる大洞窟において、魔人族まひとぞくと戦闘が起こり命を落としたのではないかと言われているが、定かではない。


 修練兵となっていた彼女は、十四歳にして家名を継ぐ身となってしまった。


 だが、彼女の家名は教会内に影響力を持つ物であったため、教会のみならず政府関係の者から、後見に立とうと言う者や、はたまた十四歳の彼女に求婚する者まで出たのだ。それは、政治的な影響力を強めたいという、卑しい争いに巻き込まれた事を意味した。


 彼女の身を案じた者が、修練兵としてソルジへ赴任する事を彼女へ提案した。ソルジの教会は、政府と教会の確固たる分権を説いている、高名なスルクローク司祭が取り仕切っており、彼女の身の安全が保証されると考えたからだ。


 彼女はマフュへ告げる事無く、ソルジへ旅立ったのである。


 仔細を知った後も、マフュは納得が行かなかった。自分には、話してくれても良かったではないかとの思いもあるし、連絡の一つもよこさないのが何とも腹立たしい。


「五年よ、五年!」


 マフュの口から、思わず声が出てしまう。友として、ライバルとして、思っていたのは自分だけだったのか。


「ふ・・・ふふふ、私が助けに行ってあげるわ・・・修道騎士となったマフュ・アーディがね。待ってなさいトゥーム・ヤカス・カスパード」


 不適な笑いを漏らしながら、マフュは呟く。十八歳の少女の口からは、あまり聞きたくない笑いだった。


 ソルジの教会から、魔獣の問題で修道騎士への派遣要請が、教会本部へ出されたと聞いた時、マフュは我先にと声を上げた。スルクローク司祭の高名が仇となり、数多の修道騎士が立候補してしまい、その中から選ばれたのはマフュの執念がまさったと言っても過言ではないだろう。


「マフュー殿ー。マフュー・アーディ殿ー。少々離れすぎかと思いますよー」


 マフュの背中、かなり遠方から声がかかる。マフュは、はっと我に返ると踵を返して、声の主の方へと馬を走らせた。


「も・・・申し訳ありません、オルガート殿。考え事をしていたもので」


 マフュが大声を上げながら駆け戻る先には、二人の修道騎士がのんびりと馬を進めていた。一人はオルガート・アルーマと言い、短い薄茶色の髪をした穏やかな初老の男性で、もう一人はエッボス・ウムと言う名の、輝くばかりのスキンヘッドが目を引く初老の男だ。


「オルガートよ、マフュ殿は少々気が急いている様子だな」


 エッボスは、自慢のスキンヘッドに磨きをかける様に頭を撫でながら、並んで馬を進めるオルガートに話しかける。離れては戻ってくるマフュの姿を、これで四回は見ているのだ。


「そうですね、あれでは馬が疲れてしまいますね。少しばかり休憩でも入れるとしましょうか」


 エッボスの言葉を受けて、オルガートが道端の大木を指差して提案した。街道周辺は、安全を考慮し見晴らしを良くするため、背の高い草木は生えないように手入れをされている。そして、目的地までの距離が分かるようにと、等間隔で大木が残されており、指差す大木はその一本であった。


「うむ、ちょうど良いし、昼とするか」


 この大木で昼休憩をすれば、夕方前にはソルジへ到着する事になる。オルガートが、終始取りまとめてくれる予定通りの旅に、エッボスは大変満足していた。


 二人が大木へ到着すると同時に、マフュもその場へ姿を現す。オルガートが、マフュの戻るタイミングまで見計らって声をかけたのだと分かり、エッボスは感心して自慢の頭を叩き、良い音を響かせた。


 短い草を撫でるように、ソルジへ向かう風が吹き抜けた。


***


 三郎とトゥームは、スルクロークの執務室へ呼び出されていた。


 執務室中央に置かれた、落ち着きのある立派な応接セットのソファに、三郎とトゥームが並んで座り、対面してスルクロークが座っている。


 三郎は昨晩、真夜中にトゥームが執務室の方から自室へ戻る場に出くわしており、何となくその事を思い出して居心地の悪さを感じた。


 三郎がソルジに身を寄せてから、夜中に目を覚ます事は多くないのだが、かなりの確率で執務室から出てくるトゥームを目にしている。二人が親密な関係なのだと、三郎が勘ぐっても仕方のない事だった。


「修道騎士が到着する前に、サブローさんとトゥームさんに確認しておこうと思い、来てもらいました」


 スルクロークは、改まって話を切り出す。そして、三郎が『迷い人』であることを伏せ、別大陸からの漂流者だと徹底する事、三郎が元居た世界の言葉を口にしない事、三郎の体調を見つつ中央王都への旅立つ日を決める事、などを順に確認した。


「派遣されてくる修道騎士が、信用できないというわけではないのですが、知る人間が少ないほうが安全ですからね」


 穏やかに言うスルクロークの表情から、修道騎士達は信頼の置ける者が派遣されてくるのであろう事が、三郎にも伝わった。


「どんな人達が、来るんですか」


 三郎は、スルクロークが教会本部と修道騎士について連絡を取っていることを知らされていたので、修道騎士達について聞いた。


「まず、私とも親交の深いオルガート・アルーマ卿がいらっしゃいます。恐らくエンガナ高司祭の計らいでしょう」


「オルガート殿がいらっしゃるのですか、何と心強い」


 スルクロークの言葉に、トゥームは感嘆の声を上げる。


「オルガート卿は、修道騎士団の相談役とも言える立場で、本来ならば一都市の派遣要請などに出向く事は無い人物ですよ」


 サブローは、相談役と言う言葉に単に感心した。大企業に例えれば、相談役など末端の社員がおいそれと会話できる人物ではない。三郎は、修道騎士団の規模こそ知らないが、一つの軍隊だと思えばかなりの物だと予想が付いた。


「オルガート卿が来る事になったので、同道どうどうするのはエッボス・ウム卿となったようです。エッボス卿は歴戦の騎士、と言えば人となりを表せそうな人物ですね」


 スルクロークが、二人目の人物について語る。その名を聞いて、トゥームがまた感嘆の声を漏らす。トゥームの様子から、三郎はオルガート・アルーマなる人物と同じくらい凄い人物なのだろうと推測した。そして、歴戦の騎士という言葉に、是非見てみたいと言う思いがつのる。


「そして、三人目は、今年修道騎士となったばかりの、マフュ・アーディさんと言う人物だそうです。何でもアーディ家の末娘だとか」


 スルクロークも深く知らない様子で、最後の人物の名を口にした。その名が出た途端、トゥームが身を乗り出して聞き返す。


「え、マフュですか!?あの子、修道騎士になったのですね。十八歳で修道騎士の称号を・・・」


 トゥームは、嬉しそうな表情で懐かしい名を口にした。


「トゥームの知り合いなら、心配無さそうですね」


 三郎は、スルクロークに言う。トゥームの様子から、親しい人物であろう事が伝わってくる。


「マフュは、私の一つ下の幼馴染なのよ。会うのを楽しみにしておくといいわよ」


 トゥームは、三郎に含みのある言い方をすると、ソファーから立ち上がった。スルクロークも机上の時間計に目を向ける。


 時間計は、複雑な数字の組み合わせが浮かぶ箱で、最近になって三郎も少しばかり読めるようになっていた。年月日から日の動きと、それ以上の情報が詰まっており、三郎が普通に読み解けるようになるにはもう少し時間が必要そうだ。


 三人が話し込んでいる間に、修道騎士の到着の準備をしなければならない時間になっていた。


「そうか、楽しみだな」


 三郎は、嬉しそうなトゥームの様子につられて、自分も楽しい気分になっているのを感じていた。

次回投降は12月24日(日曜日)の夜に予定しております。

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