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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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完全栄養食


 いつも大勢の人で賑わう迷宮都市の冒険者ギルド前。

 魔王の店の常連でもある冒険者のアラン青年とメイは、本日は休養に当てたオフ日ながらもたまたま近くを通りかかったついでに手頃な依頼でも出ていないか確認しにチラっと寄って行こうとして……その判断を即座に後悔することになりました。



「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。本日、私が皆様にご紹介します商品はこれ一つで必要な栄養が……ややっ、そこにいらっしゃるアベックは我らがパパ上さまのお店の常連であらせられるアランさまとメイさまではありませんか」



 最早あえて名前を出す必要もないでしょうが、まあ念のため言っておくとコスモスがギルド入口のすぐ隣に陣取って、何やら怪しげな商売をしていました。

 この街でそこそこ暮らしていれば割とよく見かける日常風景であり、普段は真面目に都市の治安を守る衛兵(おまわり)さん達もこの変な女にウザ絡みされるのを嫌がってか、通りかかっても見て見ぬフリを決め込んでいます。



「うわ出た」


「出ちゃいましたね~……」


「おやおや、理由はまったく分かりませんが元気がありませんな。何か元気がなくなるようなトラブルにでも出くわしましたか?」



 まるで特殊な妖怪か変質者に遭遇したかのような反応も無理はなし。

 気付かれる前に即座に回れ右して立ち去っていれば助かる見込みもありましたが、残念ながら今回はコスモスの反応速度が勝った模様。まあアラン達もなんだかんだと長い付き合いですし、こうなった以上は相手が飽きるまで素直に付き合って解放されるのを待つのが比較的少ない被害で切り抜ける方法だとも分かっています。



「それで、ええと……何か売ってたみたいでしたけど」


「今日は何を売ってたんですか~?」


「ふふふ、知りたいですか? まあ知らない仲ではありませんしぃ? お二人がどうしてもと仰るならぁ? 今回だけ特別に教えて差し上げましょう」



 無駄にイライラさせられますが、ここで指摘したら馬鹿(コスモス)の思うツボ。

 知り合いの中でも特にツッコミ気質の面々がこういう挑発に引っ掛かり、多大なる精神的疲労と時間の浪費を強いられる姿はアラン達も魔王の店でよく見ています。人間とは他者の失敗を糧に学習できる数少ない生き物なのです。



「では、こちらが本日の商品でございます」


「これは……パン、ですかね?」


「なんだか、普通っぽいのが逆に怖いですね~」


「ご安心ください、メイさま。普通っぽいのは、あくまで見た目だけですので。こちらのパンですが、なんとコレを食べるだけで健康維持に必要な栄養素を全て補える、いわゆる完全栄養食なのです。普通のパンに比べてタマゴや雑穀の割合を多めにして、えいやっ、とやるとできます」



 わざわざ「いわゆる」と言われても、その手の商品自体を知らないアラン達にはあまりピンと来ませんが。ですが、まあ要するに普通よりも栄養豊富なパンとだけ分かれば概ね会話の進行に問題はありません。



「ほら、リ……名前を呼んではいけないあの人の地元のコンビニ、要はやたらと品揃えの良い雑貨店みたいな場所でも最近はこういう商品が売上を伸ばしているそうで」


「ああ、うん。あの人の名前を不特定多数がいる場所で大っぴらに言わない配慮は分かりますけど、その呼び方もそれはそれで何故だか不穏なものを感じるような。いや、理由は僕もよく分からないんですけど」


「ていうか、コスモスさん。その感じだと、あの子の地元に気軽に行ったりしてるんですね~? わたしも時々お話を聞いたりはしてますけど~」


「ええ、なかなか面白いところですよ。よろしければ今度ご一緒しませんか? それでぼちぼち本題に戻りますが、私はあちらのお店に出入りするうちに気付いたのです。あちらの便利商品を丸パクリして、さも自分が考えたかのよう顔をしてこちらで売れば金銭欲と承認欲求を良い感じに満たせるのではないかと」



 あえて言うまでもなく、日本国で登録された商標権が異世界の地に効力を及ぼすはずがありません。少なくとも、この時点ではまだ及びません。

 コスモス本人があまりにも身も蓋もない言い方をしているせいで、異世界にある国の商業道徳など欠片も知らないアラン達が何故か不安な気持ちにさせられていますが、たしかに合理的といえば合理的なのでしょう。



「正直、単にお金儲けをしたいだけなら他に効率の良い手段がいくらでもあるのですが。それでもあえて冒険者の皆様に完全栄養食をオススメしたいのは、野外活動が多く栄養が偏りがちな方々のお役に立てるのではないかと思ったもので」


「それは……まあ、さっき言ってた通りの品物なら役に立ちそうではあるのかな? 味とか値段次第では定期的に買ってもいいかも」


「人里離れた野山を駆け回ってると、どうしても空腹を満たすの優先で栄養バランスまで気が回らないですからね~」



 売っている人間(ホムンクルス)はともかく、商品に関しては信用してもいいのかもしれない。二人もだんだんそんな気分になってきたようです。あと多少のお金を払って購入すれば無事に解放してもらえるなら、もうそれでも構わないかとも思い始めていました。身代金目的の人質事件などでもよく見られる心理状態です。



「では、こちらの試供品をお譲りしますので。実際に食べてみて、後日感想などいただければと」


「あ、はい」


「じゃあ、いただきますね~」


「ご協力ありがとうございます。ふふふ、これで被検体を二名確保、と」



 幸い、自分達の身代金は払わずに済みそうです。

 最後にわざと聞こえるよう不穏なセリフを呟いてパンを受け取った二人を不安がらせていましたが、それに関しては単なる悪ふざけの一環でしょう。コスモスにも本当にシャレにならない悪さをしない程度の最低限の倫理観は備わっているのです。最低限より多くを望めるかは微妙なところかもしれませんが。



「なんか、めちゃくちゃ疲れた……」


「ですね~……」



 ともあれ、品物を受け取ってようやく解放されたアランとメイは、まるで壮大な大冒険を乗り越えた直後のような疲労感に襲われていました。ついでに言えば空腹感にも。そして彼らの手の中には、幸か不幸かちょうど小腹を満たせそうなシロモノが。



「まあ、捨てるのは流石に悪いし」


「見た目と匂いは……特に変なところはないですね~」



 水濡れ対策と思しき油紙の包装を開けると、特にこれといって特徴のない丸パンが一つだけ。無駄に不安にさせられた影響もあって慎重に観察したり匂いを嗅いだりしてみましたが、結局のところは食べてみないことには良し悪しを判定することはできないでしょう。



「これは……普通かな」


「普通ですね~」



 完全栄養パンを食べてみた二人の感想は、特別に美味しくも不味くもない普通くらいの味。

 しいて言うなら普通のパンに比べて雑穀由来の風味が強めなくらいで、それも食べる際に抵抗感を覚えるほどではありません。これだけで必要な栄養をすべて補えるという話が本当なら、このパンだけを食べていれば健康を維持できるのかもしれませんが、



「時々買っておいて普通の食事にチョイ足しする程度ならなくはない、くらい?」


「わたし的にもそんな感じですかね~」



 食事に栄養のみならず美味しさや楽しさを求める人間にとっては、これだけで済ませるのは精神的な充足感の面で少々厳しい。何事にも面白みを求めるコスモスにとっては普通すぎてつまらない結論かもしれませんが、完全栄養食との付き合い方というのは、あまり極端に走らず時々頼るくらいがちょうど良い距離感なのではないでしょうか。


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― 新着の感想 ―
てっきりコスモスのことだから、忍者の兵糧丸やドラ◯ンボールの仙豆みたいなもの出してくるかと思ってました
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