被告席の芸術家ー[4]
理事会室を出ると、全員が待っていた。
フィーネが真っ先に飛びついてきた。
「お師匠様ーっ!!」
「おう——ぐあっ!?」
またか。この子の突進力は照明の修行では制御できなかったらしい。
「お師匠様! フィーネ、広場から全部見てました! 理事会室から出てくる人の顔を照明チェックして——ベッカーっていう人が連行された時、あの人の顔——空っぽでした。何もない顔。……お師匠様が、あの人の物語を——終わらせたんですね」
「終わらせたんじゃない。完成させたんだ。——師匠の物語をな」
「……はい」
リゼットが駆け寄ってきた。
「レヴィアン様。裏口、封鎖しておいて正解でした。ベッカーの部下らしき人間が二人、裏口から逃げようとしていました。看板に引っかかって転んでましたけど」
「配管工事の看板に?」
「はい。衣装の勝利です」
「……配管工事の看板が衣装の勝利とは、新しいジャンルだな」
セレスティーヌが二階回廊から降りてきた。
「レヴィアン。歌わなくて済みました。……あなたの言葉だけで、全部——」
「ああ。今回は——言葉だけで勝った」
「……それって、やっぱり暗殺じゃないですよね」
「暗殺だ。——芸術としての暗殺だ。何度も言わせるな」
セレスティーヌが微笑んだ。もう、この掛け合いにも慣れたらしい。
エリザベッタが——少し離れた場所に立っていた。目が赤い。泣いていたのだろう。
「エリザベッタ」
「……はい」
「お前の父親の名前が——あの場で出た。ヴィットリオ・フィナーレの供述、と。……辛かったか」
「……辛くない、と言えば嘘になります。でも——必要なことでした。お父様の罪を隠したまま、ベッカーだけを追うことはできない。……わたしも、分かっています」
「……ああ」
「それと——レヴィアン」
「何だ」
「あなたの師匠の話を——あの場で初めて聞きました。マルコ・アルテシアーノ。物語を愛した演出家。……わたしのお父様の親友」
「……ああ」
「お父様が——言えなかったこと。それは——マルコさんの死に関わっていたこと。そして……あなたに危険が及ぶのを恐れていたこと。……今日、全てが明るみに出ましたね」
「ああ。お前の父親の——最後の秘密が。」
「レヴィアン。今度お父様に面会する時——伝えてもらえますか」
「何を」
「〝マルコさんの弟子が、マルコさんの物語を完成させました〟って」
「……ああ。伝える」
エリザベッタが泣きながら、笑った。
◇◇◇
夕方。宿にて。
ルカが報告に来た。
「ベッカーは《終幕庁》の拘置施設に収容されました。横領の件は確定。マルコ・アルテシアーノ殺害の件は——今後、正式な捜査が行われます。ベッカーの自白があれば最善ですが、なくとも状況証拠は十分です」
「ガルシア副長官は?」
「ベッカーの逮捕を受けて——辞任を申し出ました」
「辞任? 処分ではなく?」
「はい。ガルシア副長官は——ベッカーの横領を知らなかったと主張しています。恐らく本当でしょう。ガルシアはベッカーの理念——〝暗殺の秩序化〟に共感していただけで、犯罪に加担していたわけではない」
「だがベッカーの推薦で副長官になった以上、責任は免れない」
「ええ。だから自ら辞任した。——潔い判断だと思います」
「……そうか」
ガルシアは——悪人ではなかった。信念を持った体制維持派だった。その信念が裏切られた今——自ら身柄を引いた。
「それと、もう一つ」
「何だ」
「レヴィアン殿の査問が棄却されたことで——《一番手》の資格は維持されます。加えて——理事会から、非公式にメッセージが届いています」
「メッセージ?」
「〝レヴィアン・グラースの暗殺手法について、制度上の再評価を行う。殺さずに排除する手法を、正式な暗殺手法として認定する方向で検討する〟——と」
「……」
「あなたの〝芸術〟が——制度になりますよ」
◇◇◇
「お師匠様ーっ! 大変ですーっ!!」
フィーネが飛び込んできた。この書き出しにも、もう慣れた。
「何だ。今度は何の肩書きだ」
「肩書きじゃないです! もっとすごいことです! ——理事会のことが街中に|広
《・》まってます!」
「……は?」
「〝《破滅の芸術家》が、《終幕庁》の腐敗した理事を一人で告発した〟って! しかも〝被告席から逆転して、五十年間の不正を暴いた〟って! 王都中の噂になってます!」
「なぜ理事会の内容が外に漏れてるんだ」
「書記官が……その、知り合いに話しちゃったみたいで……」
「書記官……」
「それで——王都の新聞が取材に来てます。〝《破滅の芸術家》に独占インタビューを〟って」
「断れ」
「あと、王都の劇場組合が〝レヴィアン・グラースを名誉組合長に〟って——」
「断れ」
「あと、アルテア公国とベルガルド侯国から改めて外交顧問の打診が——」
「全部断れ!」
「レヴィアン様。肩書き、二桁に到達しそうです」
ニーカが真顔で言った。数えるな。
「暗殺者としてのアイデンティティが——もう十分の一以下ですね」
リゼットが冷静に指摘した。黙れ。
「レヴィアン。もう〝芸術家〟で統一した方がいいんじゃないですか。暗殺者って名乗る方が無理がありますよ」
セレスティーヌが微笑みながら言った。お前もか。
「わたしは——レヴィアンが何者であっても、脚本を書きます」
エリザベッタが真面目な顔で言った。この子だけは余計なことを言わない。……いい子だ。
「……俺は芸術家だ。暗殺者であり、演出家であり——それ以外の何者でもない」
全員が「はいはい」という顔をした。
……暗殺者としての威厳が、もはや跡形もない。
だが——まあいい。
師匠の物語は完成した。ベッカーは捕まった。《終幕庁》の闇は暴かれた。そして——俺の〝芸術〟は、制度として認められようとしている。
手帳に書いた。
『師匠の物語の最終幕——完成。十年間書けなかった結末を、書いた。復讐ではなく、芸術として。ニーカの安全管理に守られて——復讐に堕ちずに済んだ。フィーネが照明で場を照らし、リゼットが裏口を塞ぎ、セレスティーヌが保険として控え、エリザベッタが脚本で支え、ルカが証拠を読み上げた。——一人では書けなかった。一人では絶対に。叙事詩の老人が言っていた。〝お前は一人では書かない〟と。その通りだ。俺の芸術は——この劇団がなければ、成り立たない。先生。あなたの弟子は——いい仲間に恵まれました。たぶん——あなたが繋いでくれたんだと思います。栞を通じて。物語を通じて。……ありがとうございました』
書き終えて、手帳を閉じた。
コートのポケットの栞に触れた。温かい。——だが、前より少しだけ、落ち着いた温もりだ。
安心した、みたいに。
「さて」
俺は立ち上がった。
「次の作品に取り掛かるぞ」
「え? もう? 今日くらい休みましょうよ!」
リゼットが悲鳴を上げた。
「芸術家に休みはない」
「ありますよ! 普通にありますよ!」
「お師匠様。今日くらいは——ソーセージとチーズで打ち上げしませんか……?」
フィーネが控えめに提案した。
「…………」
打ち上げ。
劇団の打ち上げ。
師匠の物語が完成した日の、打ち上げ。
「……そうだな。今日くらいは——休演日にしようか」
「やったーっ!」
フィーネが飛び跳ねた。リゼットが「やっと休める……」と崩れ落ちた。セレスティーヌが「わたしも何か作りますね」と台所に向かった。エリザベッタが「わたしも手伝います」と後を追った。
ニーカが——俺の隣に立っていた。
「レヴィアン様」
「何だ」
「……お疲れさまでした」
「…………ああ。お疲れ様」
ニーカが微笑んだ。
数えるのはやめたはずだが——この笑顔は、今までで一番綺麗だった。
芸術的感動だ。
——もう、それでいい。それで。
まだ最高傑作は生まれていない。
でも——今日の作品は、悪くなかった。
先生。見ていてくれましたか。
……きっと、見ていてくれたんだと思う。
栞が——穏やかに、温かかった。




