四幕目の前に、幕が降りるー[4]
「お師匠様ーっ! やりましたーっ!!」
通信魔具越しのフィーネの声が、耳が痛いくらい大きかった。
「……ああ。よくやった」
「ベッカーの名前、取れました! 五人目の証言です! これで——全部揃いましたよね!?」
「ああ。五人。ブラウト、ディートリヒ、クラウス、ハフナー、リート。——全員がグスタフ・ベッカーの名前を証言した。もう逃げられない」
「やったーっ!」
フィーネの歓声の後ろで、リゼットの「フィーネ、通信魔具で叫ぶな、耳が——」という声と、セレスティーヌの笑い声が聞こえた。
「ただし——フィーネ」
「はい!」
「お前、エリザベッタの脚本と違うことをやったな」
「あっ……ば、バレてましたか……。えっと、すみません。脚本では最初に身分を明かして証拠を示すってなってたんですけど、リートさんの顔を見たら——それじゃダメだって思って……」
「なぜ、ダメだと思った」
「リートさんの影が——怯えている影じゃなくて、疲れているの影だったんです。怯えてる人には証拠を突きつければ覚悟を決めさせられるけど、疲れてる人には——まず寄り添わないと、って。照明的に、そう見えたので」
「……」
脚本を外れた。だが——照明係の判断としては正しい。
怯えている人間と疲れている人間では、アプローチが違う。それを現場の空気で見分けて、瞬時に対応を変えた。——これは脚本の能力ではない。観察の能力だ。照明の修行で磨いた、フィーネだけの武器。
「……フィーネ。よくやった」
「えっ……怒られるかと思ったのに」
「現場の空気を読んで判断を変えるのは、照明係の仕事だ。お前は脚本を書いたんじゃない。光の当て方を変えたんだ。——それが、お前にしかできないことだ」
「お師匠様……!」
「ソーセージとチーズ、楽しみにしている。早く合流しろ」
「はいっ! 最高のお土産持って帰りますっ!」
通信を切った。
隣でエリザベッタが笑っていた。
「……わたしの脚本、書き直された形ですね」
「すまんが、今回だけは——」
「いいんです。現場で照明係が判断を変えるのは——正しいことです。脚本は指針であって絶対じゃない。……レヴィアンがいつも言っていることですよね」
「……よく聞いているな」
「脚本家ですから。演出家の言葉は、一言も聞き逃しません」
ニーカに続いて、エリザベッタまで俺の台詞を覚えるようになった。
うーん、劇団の女性陣の記憶力が怖い。
「レヴィアン様」
ニーカが言った。
「フィーネは——立派な照明係になりましたね」
「ああ。……最初から、そうなると分かっていた」
まあ、嘘だけど。全く分かっていなかったし「すれ違った人の感情を記録しろ」と言っただけなのに、この子は現場で人の心を照らし、暗い場所から引き上げる人間に育った。
だが——そんなことは口には出さない。
俺は演出家だから。
「流石です。全ては——レヴィアン様の修行の成果ですね」
「……ああ」
俺は何食わぬ顔で、手帳にこっそり書いた。
『フィーネが現場判断で脚本を外した。だが結果は脚本通りよりも良かった。あの子は脚本を書いたのではない。照明の目で、光の当て方を変えたのだ。それはエリザベッタにはできない仕事で、俺にもできない仕事だ。フィーネにしかできない。——あの子に「すれ違った人の感情を記録しろ」と言ったのは、もう何ヶ月も前のことだ。あの時は本当にただの照明の修行のつもりだった。だが今、フィーネは人の心の暗い場所を見つけて光を当てる人間になっている。……俺がそう育てたのか。それともあの子が自分で育ったのか。分からない。分からないが——嬉しい』
◇◇◇
翌日。全班が王都に合流した。
フィーネが真っ先に飛びついてきた。
「お師匠様ーっ!」
「おう。無事で——ぐぁっ!?」
抱きつかれた。勢いが強すぎて、よろけた。
「お師匠様! わたし、やりましたよ! 照明係として、ちゃんと光を当てられました!」
「ああ。聞いていた。……立派だった」
「えへへ……! あ、お土産です! ソーセージとチーズ!」
「……ありがとう」
受け取った。リゼットが「フィーネ、もう少し班長の威厳を——」と言いかけて、やめた。フィーネの満面の笑みを見て、リゼットも笑っていた。
全員が揃った。七人。
——いや、ルカも含めれば八人。ルカは王都で待機していた。
「レヴィアン殿。五人分の証言——全て確認しました。これだけの証拠があれば、ベッカーを追い詰められます」
「ああ。——いつ動く」
「明日。《終幕庁》の臨時理事会が招集されています。ベッカーも出席する。その場で——全てを突きつける」
「理事会の場で……」
「はい。理事会には全理事と長官、副長官が出席します。ベッカーの罪を——組織の最高意思決定機関の前で暴く」
「……なるほど。それが——最終幕の舞台か」
「ええ。——〝芸術家〟らしい舞台でしょう?」
ルカが満面の笑みを浮かべた。




