理事の影、演出家の影ー[6]
フレーデン市の調査は、三日で核心に辿り着いた。
エリザベッタの推理が冴えていた。
「ディートリヒ・ヴォルフ。五十二歳。工務長官を十五年務めている。独身。家族はいない。——ですが」
「ですが?」
「この街の孤児院に、毎月匿名の寄付をしている人物がいます。金額が——公務員の給与では説明がつかないほど多い」
「匿名の寄付……まさか」
「はい。横領した金の一部を——孤児院に回しています」
「…………」
ベッカーに命じられて公共事業費を水増しし、差額を上に送金している。だがその一部を——孤児院に寄付していた。
「レヴィアン。このパターンは——ブラウトと同じです」
エリザベッタの目が真剣だ。
「弱みを持つ善人。ディートリヒは——孤児院出身なんだと思います。自分が育った場所を守るために、ベッカーの横領に加担した。加担する代わりに、孤児院への資金を確保した」
「善意で始めた罪が、止められなくなった」
「はい。ブラウトが妻のために横領を始めたのと——構造が同じです」
ニーカが言っていた通りだ。ベッカーは善人の弱みにつけこむ。
「脚本を書けるか?」
「……書けます。ディートリヒの〝物語の核心〟は、孤児院です。あの場所を守りたいという善意が——彼を縛っている鎖になっている。その鎖を解く脚本を」
「頼んだ。——第三幕の〝舞台〟は?」
「孤児院そのものです。ディートリヒが育った場所。守りたかった場所。——そこで、真実と向き合わせる」
「ブラウトの墓前と同じ構造だな。……使えるパターンだ」
「レヴィアン。一つだけ——前回と変えたい部分があります」
「何だ」
「前回は、レヴィアンが一人でブラウトに話しかけました。でも今回は——孤児院の子供たちに語らせたい」
「子供たちに?」
「はい。ディートリヒが守りたかったもの——孤児院の子供たち——の声を、直接届ける。〝ディートリヒおじさんは悪いことをしてるの?〟って。子供の問いかけほど——大人の心を抉るものはないから」
「…………」
それは——脚本家としての、冷静な計算だ。だが同時に——子供たちの〝本音〟を使うという意味では、フィーネが兵士の本音を集めたのと同じ構造。
「……採用だ。ただし——子供たちを利用するのではなく、子供たちの〝真実の声〟を届ける形にしろ。子供に芝居をさせるんじゃない。子供が本当に感じていることを——ディートリヒに聞かせる」
「……はい。分かりました。脚本に〝嘘〟は入れません」
いい脚本家だ。この子は——本当に、いい脚本家だ。
手帳にこっそり書いた。
『エリザベッタの脚本家としての才能は本物だ。特に〝人間の弱さ〟を読み解く力が卓越している。ヴィットリオの娘でありながら、ヴィットリオとは真逆の方向に才能を使っている。——物語を操るのではなく、物語を救う方向に。この子がいれば、俺の芸術は——もっと遠くに行ける。……格好つけた。でも本心だ』
◇◇◇
ディートリヒ・ヴォルフへの接触は——エリザベッタの脚本通りに進んだ。
孤児院を訪ね、子供たちと話をし、ディートリヒが毎週日曜に孤児院を訪れていることを確認。日曜の午後、孤児院の庭で——子供たちが遊んでいる中、ディートリヒに声をかけた。
詳細は省く。ブラウトの時と同じ構図だ。ただし今回は——俺の言葉ではなく、子供たちの声が決め手になった。
「ディートリヒおじさん。……おじさん、最近ずっと苦しそう。わたしたちのために——何か、悪いことしてるの?」
女の子は、真っ直ぐな目で聞いた。
ディートリヒは崩れ落ちた。膝をつき、子供たちの前で泣いた。
「……すまない。お前たちを守りたくて……守りたかっただけなのに……」
全てを告白した。ベッカーの名前も。送金のルートも。十五年間の全てを。
脚本通り率——体感85%。
過去最高を、さらに更新。
だが口には出さない。手帳にだけ書いた。
『85%。エリザベッタの脚本が〝子供の声〟を組み込んだことで、第三幕の精度が格段に上がった。俺一人では絶対に書けなかった脚本だ。脚本家がいるとはこういうことか。……脚本通り率を口に出さないのがこんなに辛いとは思わなかった。自慢したい。誰かに自慢したい。でもできない。芸術家の威厳が。……つらい』




