理事の影、演出家の影ー[5]
翌朝。二班に分かれて出発した。
フィーネ班はハイリゲンへ向かう馬車に。俺の班はフレーデンへ。
馬車が離れていく時——フィーネが窓から身を乗り出して叫んだ。
「お師匠様ーっ! 待っててくださいねーっ! 照明係は必ず帰りまーすっ!」
「……うるさい。馬車から落ちるぞ」
小さく呟いた。聞こえていないだろうが。
「レヴィアン様。……寂しそうですね」
「寂しくない。演出家として、班の配置に万全を期しているだけだ」
「そうですか」
ニーカが微笑んだ。
数えるのはやめた。何度目でもいい。ニーカの笑顔はいつ見ても、いい。
あくまでもこれは、芸術的感動だ。
……というこの言い訳にすら、慣れてきた自分がいる。
◇◇◇
フレーデン市。
中部の工業都市。鍛冶屋と工房が立ち並ぶ、煤けた街だ。ヴァイスハイムとは全く違う空気感。
「エリザベッタ。この街の〝末端〟の情報は?」
「ルカからの資料によると——市の工務長官、ディートリヒ・ヴォルフという人物です。市の公共事業費を水増しして、差額をベッカーに送金していた、と」
「公共事業費の水増し。ブラウトの横領と同じ構造だな。——手口は同じでも、人間は違う。エリザベッタ、この男の〝物語〟を推理してくれ。なぜ横領に手を染めたのか」
「情報が少ないですが……工務長官ということは、街のインフラを管理する立場。この街は工業都市ですから、公共事業の規模は大きい。水増しの余地も大きい」
「動機は?」
「まだ分かりません。現地で調査してから、脚本を書きます」
「いい判断だ。情報がないまま脚本を書くのは三流のやることだ」
「レヴィアン様。ベッカーが〝末端〟として選ぶ人間には、共通点がある気がします」
ニーカが言った。
「共通点?」
「ブラウトは妻の治療費で追い詰められていた。つまり——弱みを持つ善人を選んでいる」
「弱みを持つ善人……」
「元は善良な人間だが、何かの事情で追い詰められている。そこにベッカーが近づき、〝助ける〟ふりをして取り込む。そして一度取り込まれたら——逃げられない。善人だからこそ、罪の意識に苦しみ、従い続ける」
「……嫌な構造だな。善意を利用して支配する」
「はい。《風刺劇》が恐怖で人を操ったのと——方向性は似ていますが、もっとたちが悪い。善意に付け込んでいますから」
ニーカの分析は鋭い。ベッカーは——善人を堕とす専門家だ。
つまり、フレーデンのディートリヒ・ヴォルフにも——堕ちた理由がある。善人だった頃の物語がある。それを読み解けば——脚本が書ける。
「まずは調査だ。いつもの手順で——」
と、言いかけた時。
通信魔具が鳴った。
フィーネからだ。
「お師匠様ーっ! ハイリゲンに着きましたーっ! リゼットさんが早速潜入準備始めてますーっ!」
「……フィーネ。通信魔具は緊急連絡用だ。到着報告はいいから——」
「あ、あと、ハイリゲン市の名物のソーセージが美味しいですーっ! お師匠様にもお土産買いますねーっ!」
「…………」
通信魔具越しに、リゼットの声が聞こえた。「フィーネ、通信魔具でお土産の話するな」。
……班長としての威厳は、まだ育っていないらしい。だが——元気そうで何よりだ。
「ニーカ。フィーネ班は問題なさそうだ」
「はい。……リゼットがいれば、現場判断は大丈夫でしょう。セレスティーヌも保険として機能します。フィーネの観察力があれば、末端の〝嘘〟も見抜ける」
「ああ。——こっちはこっちで、仕事を始めよう」




