理事の影、演出家の影ー[4]
出発前夜。
全員が準備に追われる中、俺は一人で手帳を開いていた。
ベッカーを追う作戦の概要を整理する——つもりだったが、別のことを書いていた。
『フィーネを班長にした。正直、不安はある。あの子はまだ若い。実戦経験は積んでいるが、班を率いた経験はない。だが——いつまでも師匠の影にいては成長できない。巣立ちの時だ。……巣立ち、か。偉そうなことを書いているが、俺自身がフィーネと離れるのが寂しいだけかもしれない。あの子の「お師匠様!」という声が聞こえない日が続くのは——ちょっとだけ、堪える。……ここは検閲対象だ。特にフィーネには見せるな。泣くから』
書き終えて——手帳を閉じようとした時。
「お師匠様」
フィーネが部屋の入口に立っていた。
「……いつからいた」
「今来ました。……あの、お師匠様」
「何だ」
フィーネが——俺の前に正座した。真剣な顔だ。
「班長を任せてくれて、ありがとうございます」
「ああ」
「わたし、絶対にちゃんとやります。リゼットさんとセレスティーヌさんを守って、ハイリゲンとシュタインバッハの〝末端〟を見つけて、証言を取って——」
「フィーネ」
「はい」
「一つだけ、約束してくれ」
「何でも」
「——無理をするな。危険を感じたら、すぐに撤退しろ。証拠が取れなくても構わない。お前たち三人が無事に帰ってくることが——何よりも大事だ」
「…………」
「師匠としての命令だ。——生きて帰れ」
フィーネの目が潤んだ。
「……はいっ。絶対に帰ります。お師匠様のところに」
「ああ。待っている」
フィーネが立ち上がり、部屋を出ていった。出口で振り返って——満面の笑みを浮かべた。
「お師匠様。わたし——お師匠様の弟子で、よかったです」
……こういうことを言われると、手帳に格好いいことを書く余裕がなくなる。
手帳に一行だけ書いた。
『俺も——お前が弟子で、よかった』
一行だけ書いて、すぐに手帳を閉じた。
……こういうことを書くと、後で読み返した時の自分が恥ずかしい。だが——書かずにはいられなかった。芸術家は、感動を記録する生き物だから。
……言い訳がましいな。




