理事の影、演出家の影ー[2]
翌日。王都中央広場。
王都で最も人通りの多い広場だ。噴水を囲んでベンチが並び、市民が行き交い、露店が出ている。こんな場所で暗殺者同士が密会するのは——ある意味、最も安全だ。衆人環視の中では、派手なことはできない。
……《終幕劇》のヴィットリオと対面した時も同じことを考えたな。王都という〝光の中〟では闇の力を振るいにくい。
噴水の前のベンチに座って待っていると、ルカ・ヴァレンティが現れた。
三十代半ば。鋭い目。相変わらず薄い笑みを浮かべている。手には紙袋——中身は焼き栗だ。
「やあ、レヴィアン殿。焼き栗、どうぞ」
「…………」
暗殺者に焼き栗を勧めてくる監察官。この男のペースに乗せられると、情報を引き出されるのはこっちだ。
だが——焼き栗は受け取った。美味そうだったので。芸術家だって腹は減る。
「さて。何の用だ」
「単刀直入ですね。——いいでしょう。わたくしも単刀直入にいきます」
ルカが笑みを消した。焼き栗を食べていた手を止めて、俺を真っ直ぐ見た。
「グスタフ・ベッカーを、一緒に追いませんか」
「……〝一緒に〟?」
「ええ。わたくしは監察部の人間です。《終幕庁》の内部を調べる権限がある。ですが——権限だけでは動けない。ベッカーは五十年間この組織の中枢にいた男です。味方も多い。一人では追えない」
「だから俺を巻き込む、と」
「巻き込む、ではなく——共闘です。レヴィアン殿にもベッカーを追う理由がある。わたくしはそれを知っています」
「……何を知っている」
「マルコ・アルテシアーノ」
顔には出さない。出してたまるか。
「……その名前を、どこで」
「わたくしの独自調査です。ベッカーの過去を洗っていたら——十年前の〝処理案件〟のリストに、その名前がありました。マルコ・アルテシアーノ。ヴァリオン市の演出家。《終幕庁》の暗部を知りすぎた民間人として——排除済み、と」
「…………」
「そしてマルコ・アルテシアーノに弟子がいたことも——調べました。名前は——レヴィアン・グラース」
ルカが、俺を見ている。薄い笑みは完全に消え、真剣な目だ。
「レヴィアン殿。あなたがベッカーを追う理由は——師匠の仇、ですね」
「…………」
否定する意味はない。この男は知っている。
「仇、じゃない」
「え?」
「復讐じゃない。師匠の物語の最終幕を書くんだ。——芸術として」
ルカが——一瞬、きょとんとした顔をした。それから小さく笑った。
「……噂通りの方だ。いや——噂以上かもしれない」
「噂?」
「《終幕庁》内部で、あなたの噂は尽きません。〝暗殺を芸術と呼ぶ男〟〝標的を殺さずに解決する異端者〟〝肩書きが九つある変人〟——」
「最後のは余計だ」
「失礼。ですが——あなたのような方だからこそ、ベッカーを追える。わたくし一人では〝調査〟しかできない。あなたには——物語を終わらせる力がある」
「終わらせる力じゃない。完成させる力だ」
「……ええ。そうですね。失礼しました」
ルカが焼き栗の紙袋から一粒取り出して、口に放り込んだ。噛みながら、真剣な話を続けている。
「わたくしがベッカーについて掴んでいる情報を、共有します」
「聞こう」
「まず——ベッカーは《終幕庁》の理事であると同時に、五つの地方都市に横領ネットワークを持っています。ヴァイスハイム市のブラウトは、その一つに過ぎない」
「五つ……」
「各都市に〝末端〟を配置し、公金を吸い上げ、それを《終幕庁》の運営資金に混ぜて——私的に流用している。五十年間、ずっと。組織の金と私的な金の区別がつかないように——巧妙に」
「五十年間……」
「次に——ベッカーは副長官ガルシア・モンターニュと繋がっています」
「……やはりか」
「ガルシアはベッカーの〝弟子〟のような存在です。二十年前に入庁した時、ベッカーに見出され、引き立てられた。副長官の地位に就いたのも、ベッカーの推薦です」
「内部調査を指揮しているガルシアが、ベッカーの息がかかった人間。——泥棒に泥棒を捕まえさせている構図は、本物だったわけか」
「はい。ガルシアの内部調査は——ベッカーに火の粉がかからないように操作されています。ヴィットリオの供述からベッカーの名前が出なかったのは幸いでしたが——仮に出ていたとしても、ガルシアが握り潰した可能性が高い」
「ニーカの読みは正しかったな。ガルシアはベッカー側の人間だ」
「そして最後に。これが最も重要です」
ルカが声を落とした。
「ベッカーは——あなたを知っています」
「…………やはり」
「《幕引きの栞》の使用記録が、あなたの活動報告書に含まれている。ベッカーは理事として全ての報告書に目を通しています。栞の存在を——既に把握しています」
「だが——まだ動いていない」
「ええ。あなたが〝マルコの弟子〟だと確信しているかどうかは不明です。ですが——疑ってはいるでしょう。ベッカーは慎重な男です。確信を得るまでは動かない。そして確信を得た時には——」
「師匠と同じことをする、か」
「はい。口封じです」
焼き栗を一つ、口に入れた。甘い。だが……口の中が、ちょっと乾く。恐怖を感じている。認めよう。
だが——恐怖を感じている時こそ、格好つけろ。それが芸術家だ。
「ルカ。お前の情報には感謝する。だが一つ聞かせろ。お前は——なぜベッカーを追っている。監察官としての職務を超えて、独自に動いている。……個人的な理由があるんだろう」
ルカが焼き栗の袋を見つめた。しばらく黙ってから、静かに言った。
「……わたくしの父は、《終幕庁》の《執行者》でした。二十年前に——任務中に死亡、と記録されています」
「……任務中の死亡」
「ですが——本当は違います。父は、ベッカーの横領ネットワークに気づいたんです。上に報告しようとした。そして——消された。任務中の事故に偽装されて」
「…………」
「わたくしが監察部に入ったのは——父の死の真相を暴くためです。ベッカーを追うのは——個人的な理由です」
俺と——同じだ。
師匠を殺された男と、父を殺された男。
「……ルカ。お前も〝復讐〟か」
「いいえ。——父の物語の、最終幕を書きたいのです。……あなたと同じように」
ルカが初めて、真っ直ぐに俺を見た。
「……共闘を受ける」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「何でしょう」
「俺の劇団のメンバーには、全ての情報を共有する。お前だけと組んで、劇団に秘密を持つのは——演出家として正しくない」
「……分かりました。あなたの劇団を——信頼します」
「それと、もう一つ」
「何でしょう」
「ニーカが後ろにいる。〝一人で来い〟と言ったが、来ていない。——怒るか」
ルカが振り向いた。噴水の向こう側のベンチに——ニーカが座っていた。完全に気配を消して。
「…………いつからいたんですか」
「最初からです」
ニーカが涼しい顔で答えた。
「安全管理の一環です」
ルカが苦笑した。初めて見る、自然な笑い。
「……いい劇団ですね。羨ましい」
「お前も入るか」
「遠慮します。わたくしは監察畑ですので」
「そうか。——なら、観客席から見ていてくれ」




