脚本通り率と、余計な観客ー[4]
ブラウトの告発は、リゼットが手配した判事に正式に受理された。ブラウト自身は司法の管轄下に入り、身柄は保護された。ゲオルグは告発内容を受けて即日逮捕。
そして——誰も死ななかった。
宿に戻り、全員で事後の整理をしている時。
俺は手帳を開いて、今回の作品を振り返っていた。
エリザベッタの脚本と、実際の展開を照合する。
第一幕「調査」——脚本通り。
第二幕「恐怖の二重構造の発見」——脚本修正により対応。半分脚本通り。
第三幕「墓前での対面と告白」——脚本通り。ブラウトは妻の墓前で自ら告白した。
想定外の要素——ルカ・ヴァレンティの介入。ベッカーの名前の浮上。
脚本通り率——体感70%。
……70%。
手帳に書いた。こっそりと。
『脚本通り率:体感70%。過去最高を大幅更新。脚本家がいると全然違う。エリザベッタの脚本は、俺の盲点を補ってくれる。正直に言えば、恐怖の二重構造は俺一人では脚本に組み込めなかった。この子がいなければ、また即興頼りの37%だったかもしれない。——だがこのことは絶対に口に出さない。演出家の威厳に関わる。ニーカには特に言えない。あの子は俺の脚本を完璧だと信じている。その信頼を——裏切りたくない』
書き終えて、手帳を閉じた。
と——エリザベッタがおずおずと近づいてきた。
「あの……レヴィアン。今回の脚本は——どうでしたか」
「…………」
本音は……最高だった。お前がいなければ70%は無理だった。
でも、口から出た言葉は、
「……悪くない。第三幕の構成は想定通りに機能した。恐怖の二重構造を脚本に明示した判断も正しかった。——脚本家として、合格だ」
「合格……!」
「試用期間は終了だ。正式採用とする」
「っ——! はい……! はいっ……!」
エリザベッタが目を潤ませた。嬉しそうに——でも控えめに。
隣でニーカが「やはり……レヴィアン様は最初からエリザベッタの実力を見抜いていた。脚本家として招いたのも、全ては計算の上……」とぶつぶつ言っている。
計算ではない。ヴィットリオに「脚本家がいないだろう」と言われて、勢いで採用しただけだ。
だが——結果的には最高の判断だった。
……もしかして俺、天才なのでは?
——いやいや。何度目だこの思考。
だが今回ばかりは、否定しきれない自分がいる。
「レヴィアン様」
「何だ」
「今回の作品——全て、あなたの計算通りでしたね。エリザベッタに脚本を書かせたのも、修正を指示したのも、墓前での対話も。……完璧でした」
「……ふっ」
不敵に微笑んだ。
七割は計算外だったが——まあいい。完璧に見えているなら、それが真実だ。
芸術とは——観る者が感じたものが全てだ。
……いい言い訳を思いついたな。手帳に書いておこう。
『芸術とは、観る者が感じたものが全てだ。つまり、ニーカが「計算通り」と感じたなら、それが真実。俺の脚本通り率がいくつであろうと、関係ない。——これは言い訳ではない。芸術論だ。……いや、やっぱり言い訳かもしれない』
エリザベッタが、初めて——声を上げ|て笑った。控えめだった笑顔が、ぱっと花開くように。
「お師匠様。エリザベッタさんが笑った」
フィーネが小声で言った。
「ああ。……いい笑顔だ」
これは芸術的感動——いやもういい。面倒だから素直に言おう。
嬉しかった。
◇◇◇
だが——嬉しい気持ちは、長くは続かなかった。
ニーカが通信魔具越しに報告してきた内容が、空気を一変させた。
「レヴィアン様。グスタフ・ベッカーについて、緊急の情報があります」
「何だ」
「ベッカーが——《終幕庁》の資金面で協力した人物だということは、ルカ・ヴァレンティが言った通りです。ですが——もう一つ」
「もう一つ?」
「ベッカーが資金協力を始めた時期と、レヴィアン様の師匠——マルコ・アルテシアーノが殺された時期が、一致します」
「…………何だと」
「マルコ・アルテシアーノの死亡記録を調べました。十年前。ヴァリオン市の路地裏で殺害。犯人不明。——そして、グスタフ・ベッカーが《終幕庁》への資金協力を開始したのが、その翌月です」
「…………」
「偶然かもしれません。ですが——」
「偶然じゃない」
声が震えていた。自分でも分かった。
「偶然じゃない、ニーカ。師匠が殺されたのと、ベッカーが《終幕庁》に金を出し始めたのが同じ時期——それは、関連がある。師匠が——《終幕庁》の何かを知ってしまったから、口封じに——」
「レヴィアン様」
ニーカの声が、強くなった。
「今は——冷静に」
「…………」
「冷静に。芸術家として。……わたしが隣にいます。焦らなくていい。一つずつ——糸を辿りましょう」
「…………ああ」
深呼吸した。
手帳を開いた。震える手で。
書いた。
『グスタフ・ベッカー。王都財務省高官。《終幕庁》への影の出資者。マルコ・アルテシアーノ殺害と時期が一致。——こいつが、師匠を殺した人間かもしれない』
ペンを置いた。
コートの内ポケットの《幕引きの栞》が——また、微かに光った。
前回と同じだ。師匠の名前を手帳に書いた時だけ、栞が反応する。
「…………先生」
呟いた。
先生の物語の〝最終幕〟が——近づいている。
十年間書けなかった結末を——今度こそ、書く。
手帳を閉じた。
「さて」
顔を上げた。全員が俺を見ている。不安そうな顔。心配そうな顔。——でも、信じている顔。
「次の作品に取り掛かるぞ。——まだ、最高傑作は生まれていない」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
六つの声と——
「——はい」
七つ目。俺の声。
脚本通り率、体感70%。過去最高。
次の作品も、脚本通りになんかいかないだろう。
だって、今度の〝標的〟は——俺自身の物語だ。
脚本通りにいくわけがない。
でも——書く。書き続ける。
芸術家は、書き続ける生き物だ。




