脚本通り率と、余計な観客ー[3]
火曜日。
決行の日。
配置は以下の通り。
俺——墓地の入口付近で待機。《万象観劇》で全体を俯瞰。
ニーカ——墓地周辺の警戒。ブラウトが一人で来ることを確認し、不審者を排除。
フィーネ——墓地の周囲を「照明チェック」。監察官ルカ・ヴァレンティの動きも監視。
リゼット——市の役所に潜入継続。ブラウトの告発を受け取る側の準備。具体的には、市の判事に「重要な告発がある」と事前に伝えてある。判事は清廉な人物であることをリゼットが確認済み。
セレスティーヌ——墓地の近くで待機。必要に応じて歌で空気を整える。ただし今回は——能動的には使わない。あくまで保険。
エリザベッタ——宿で待機。脚本の最終版を保持し、想定外の事態が起きた場合に即座に修正案を通信魔具で伝える。
「エリザベッタ。お前が現場にいないのは不安か」
「……正直、少し。でも——脚本家は舞台裏にいるものです。お父様もそう言っていました」
「お前の父親と俺は違う部分が多いが、その点は同意だ。——脚本を信じろ。そして俺たちを信じろ」
「はい」
◇◇◇
夕方四時。ブラウトが役所を出た。いつもの火曜日。一人で、護衛なしで。
ニーカの報告。
「ブラウト、墓地に向かっています。尾行者なし。警備隊長ゲオルグは役所に残っています」
「了解。——予定通りだ」
俺は墓地に先回りしていた。
カティア・ブラウトの墓。白い墓石。小さな花壇に、手入れされた花が咲いている。毎週来て、花を替えているのだろう。
——これが、この男の唯一の善意だ。横領犯で証人殺害教唆の罪人だが、妻の墓だけは——十年間、一度も欠かさずに世話をしている。
《万象観劇》で視る。ブラウトの因果の糸。灰色の中に——白金色の糸が、墓に向かって伸びている。妻への感情。
そして——もう一本。今まで見落としていた糸が見えた。
黒い糸。恐怖の糸。上に向かって伸びている。王都の方角に——
フィーネの言っていた「ゲオルグの上にいる誰か」への恐怖の糸だ。ブラウトにもある。この男は——二つの恐怖に挟まれている。
エリザベッタの修正脚本は正しかった。二つの恐怖を同時に解消しなければ、この男は救えない。
ブラウトが墓地に入ってきた。手に花束を持っている。白い百合。妻が好きだった花だろうか。
墓前に膝をつき、花を供え、手を合わせる。
俺は——墓石の裏側から、姿を現した。
「ヘルマン・ブラウト」
ブラウトが振り向いた。痩せた顔。目の下のクマ。フィーネの報告通り——追い詰められた男の顔。
「だ、誰だ——」
「レヴィアン・グラース。《終幕庁》の《執行者》だ」
ブラウトの顔から——血の気が引いた。
「しゅ、《執行者》……! つまり——暗殺——」
「落ち着け。——俺は、お前を殺しに来たんじゃない」
「殺しに来たんじゃない……? でも、《終幕庁》の処刑対象に——」
「処刑対象認定は受けている。だが——俺には俺のやり方がある。……座ってくれ。話がしたい」
ブラウトは混乱していた。当然だ。暗殺者が「話がしたい」と言って、妻の墓の前で座れと言っている。普通の神経なら逃げる場面だ。
だが——この男は逃げなかった。
疲れすぎていて、逃げる気力すらなかったのかもしれない。あるいは——妻の墓の前では、嘘をつけなかったのかもしれない。
ブラウトがよろよろと、墓石の前に座り直した。
俺は隣に——座った。
変な構図だ。暗殺者と標的が、墓石の前に並んで座っている。こんな暗殺、教科書には載っていない。
……いや、俺の教科書には載っている。俺の手帳が俺の教科書だ。
「ブラウト。単刀直入に聞く。——お前は、自分の意志で横領をしているのか」
ブラウトの目が揺れた。
「……何を」
「横領の資金の八割が、お前の手元に残っていないことは調べがついている。金の大半は別の場所に流れている。お前は——命じられてやっているんだろう」
ブラウトの手が震え始めた。
「……お前に、何が分かる」
「全部は分からない。だが——お前の顔を見れば分かる。横領で肥えている人間の顔じゃない。追い詰められている人間の顔だ」
「…………」
「お前の妻——カティアは、お前のことを〝真面目すぎる〟と言っていたそうだな」
ブラウトが息を呑んだ。
「カティアの……名前を——」
「調べた。お前がなぜ公金に手を出したか。妻の治療費。それは分かっている。だが——妻が死んだ後も止められなかったのは、お前の意志じゃないだろう。止めさせてもらえなかったんだろう」
ブラウトの目から涙がこぼれた。
「…………もう、いいだろう。分かっているなら——殺してくれ。もう……疲れた」
「いや、俺は殺さない」
「なぜだ……。殺してくれれば——全部終わる」
「終わらないぞ。お前が死んでも、上の人間は残る。お前を操っていた奴が、次の末端を見つけて同じことを繰り返す。——お前の死では、何も終わらない」
「…………」
「だが——お前が話せば、終わる。お前を操っている人間の名前。横領の指示系統。資金の流れ。それを——全て告白すれば」
「そんなことをしたら——殺される」
「殺させない。俺の劇団が守る」
「劇団……?」
「細かいことは気にするな。——ブラウト。お前は二つの恐怖に挟まれている。〝妻を裏切った自分〟への恐怖と、〝上に逆らったら殺される〟恐怖。一つ目は——この墓の前で、今、向き合っている。二つ目は——俺が解決する。お前は真実を話すだけでいい」
ブラウトが——妻の墓石を見た。白い百合が、風に揺れている。
「……カティア」
呟いた。
「カティア……お前に、会わせる顔がない。お前のために始めたことが——お前が死んでも止められなくて——全部、嘘になってしまった」
「…………」
「でも——この人が言ってる。話せば終わると。本当に——終わるのか。こんな俺が——許されることはないだろうが、せめて——」
ブラウトが涙を拭いもせず立ち上がった。
「全部、話す。俺に横領を命じた人間。金の流れ。証人を殺させた時の指示。——全部」
「……ああ。聞かせてくれ」
ブラウトが話し始めた。
横領を命じていたのは——王都の財務省の高官。名前はグスタフ・ベッカー。ヴァイスハイム市だけでなく、複数の地方都市に同じような〝末端〟を配置し、公金を吸い上げていた。ゲオルグはベッカーの駒で、ブラウトの監視役兼脅迫係。
ベッカー。王都の高官。
この名前を——ニーカに伝えなければ。
通信魔具で報告しようとした——その時。
「お見事」
背後から、声がした。
振り向くと——ルカ・ヴァレンティが立っていた。墓地の入口に、腕を組んで。
「……いつからいた」
「最初からですよ。——レヴィアン殿。素晴らしい手法だ。標的を追い詰めるのではなく、自ら告白させる。暴力も脅迫もなし。ただ——〝話す〟だけ」
「…………」
「これが、あなたの〝芸術〟ですか」
ルカの薄笑いが——読めない。褒めているのか、皮肉なのか。
「採点しに来たのか。監察官」
「ええ。そのつもりでした。——ですが」
ルカが表情を変えた。笑みが消え真剣な顔になった。
「レヴィアン殿。ブラウトが言った名前——グスタフ・ベッカー。この名前は——わたくしも追っています」
「……何?」
「ガルシア副長官の内部調査とは別に——わたくし個人が、独自に追っている人物です。ベッカーは財務省の高官ですが、裏では——《終幕庁》《・》の設立時に資金面で協力した人物です」
「《終幕庁》の設立に——」
「はい。ヴィットリオ・フィナーレの〝金庫番〟だった男。《終幕庁》と《黒幕連》の両方に資金を流していた——影の出資者」
…………。
Cランクの依頼が、大陸規模の闇に繋がった。
「ルカ。お前は——味方なのか」
「その質問には、まだ答えられません。ですが——一つだけ言えることがあります」
「何だ」
「わたくしは、ガルシア副長官を信用していません」
ルカがそう言い残して、墓地を去っていった。
「…………」
この男は何者だ。監察官という肩書きで俺を調べに来たかと思えば、独自にベッカーを追っていると言い、副長官を信用していないと言う。
味方か。敵か。第三の勢力か。
——分からない。だが、一つだけ確かなことがある。
この依頼は——〝普通の依頼〟ではなかった。Cランクの皮を被った、第二部の幕開けだった。




