脚本通り率と、余計な観客ー[1]
脚本通り率を上げたい。
これは《黒幕連》との戦いが始まる前からの、俺の悲願だ。暗殺成功率は100%。だが、脚本通り率は歴代平均37%。つまり、俺の暗殺は六割以上が即興と偶然で成り立っている。
いやまあ、今までも脚本は俺が書いていた。書いていたのだが——正直に告白すると、毎回脚本通りにいくかどうか、内心ではかなりヒヤヒヤしていた。
表向きは「全て計算通りだ」と不敵に微笑んでいたが、手帳の中には『想定外』の文字が踊りまくっている。見せられるものではない。特にニーカには、絶対に当該ページを見せられない。あの子は俺の脚本を完璧だと信じている。その信頼を裏切るわけにはいかない。
だが——今はエリザベッタがいる。本職の脚本家が。これで俺は演出に集中できる。
脚本の精度が上がれば、作品の質も上がる。芸術家として、当然の判断だ。
……脚本通りにいく回数が増えるかもしれない、というささやかな期待は、手帳の中にだけ書いておく。
「エリザベッタ。脚本の修正版は」
「昨夜のうちに仕上げました。レヴィアンの指摘を反映して、第三幕の構成を書き直しています」
馬車の中で、エリザベッタが紙束を差し出した。ヴァイスハイム市に向かう道中。馬車には俺、ニーカ、エリザベッタの三人。フィーネ、リゼット、セレスティーヌは別の馬車だ。
……七人で移動すると、馬車代がかさむ。劇団の運営には金がかかる。本当にかかる。
まあ、仕方ない……脚本を読んで現実逃避しよう。
『第三幕「恐怖との対面」——ヘルマン・ブラウトが最も恐れているのは、横領の発覚ではない。〝妻の墓前で、自分の罪を認めること〟だ。妻のために横領を始め、妻の死後も止められなかった。彼の恐怖の正体は〝妻を裏切った自分〟への直面。最終幕の舞台を妻の墓地に設定し、逃げ場のない形で〝自分自身〟と向き合わせる。そこで初めて、彼の物語は完結する』
「…………」
「どう、ですか」
「いい。前回の第一稿より格段にいい。〝妻の墓前〟を最終幕の舞台に指定したのは秀逸だ。俺の《万象観劇》で因果の糸を視れば、この男と妻の間の糸がまだ残っているかどうか確認できる。残っていれば——この脚本は成立する」
「ありがとう、ございます……!」
エリザベッタが嬉しそうに——しかし控えめに笑った。まだ遠慮がある。
「レヴィアン様。一つ気になることがあります」
ニーカが言った。
「何だ」
「先日の監察官ルカ・ヴァレンティですが——ヴァイスハイム市に先回りしている可能性があります」
「……何?」
「わたしたちの活動を〝現地で観察する〟ために。内部調査の一環として、レヴィアン様の暗殺手法を実地で検証する——ということは充分あり得ます」
「つまり……俺たちの暗殺を、採点されると?」
「そうなります」
「…………」
これは困った。
いや、困る理由がない。いつも通りにやればいい。俺の芸術を見せてやるだけだ。
……と、口では言えるのだが。
内心ではちょっとだけ焦っている。〝いつも通り〟の即興を〝採点する観客〟に見られるのは、なかなか心臓に悪い。
だがそんなことは——おくびにも出さない。演出家の矜持だ。
「ふむ。……観客が増えるなら、より完璧な舞台を見せるまでだ」
「流石です、レヴィアン様。動じませんね」
動じている。めちゃくちゃ動じている。だがニーカがそう言ってくれるなら、動じていないことにしておこう。
その方が【よく分かっている芸術家】っぽいから。
◇◇◇
ヴァイスハイム市。中規模の商業都市。石畳の通りと赤煉瓦の建物が並ぶ、整然とした街だ。
到着後、まず宿を確保し、街の全体像を掴む。いつもの手順だ。
「フィーネ。街の照明チェックを——」
「はいっ! 行ってきます!」
フィーネが飛び出していった。最近は指示を出す前に動こうとする。
成長だが、少し危なっかしい。
「リゼット。市の役所に潜入して、ヘルマン・ブラウトの公務スケジュールを調べてくれ」
「役所の職員に変装ですね。……この街の制服、ちょっとダサいんですけど」
「衣装にダサいもお洒落もない。任務に最適な衣装を着るのが衣装係だ」
「正論ですけど——まあいいです。行ってきます」
「セレスティーヌ。エリザベッタの脚本に〝妻の墓〟が出てくる。この街で、ブラウトの亡き妻について情報を集めてくれ。墓の場所、妻の人柄、地域の評判——」
「分かりました。歌いながら、聞いてきます」
「ニーカ」
「はい」
「お前は——二つの仕事だ。一つ目、ブラウトの裏の動きを探ること。横領の具体的な規模と、癒着している警備隊長の情報。二つ目——」
「監察官ルカ・ヴァレンティの所在確認、ですね」
「……先に言うな」
「すみません。ですが、もう確認済みです。ルカ・ヴァレンティはこの街に到着しています。昨日の時点で。宿はわたしたちの三軒隣です」
「三軒隣……」
「堂々としたものです。隠れる気がない。〝見ているぞ〟と伝えるための距離感かと」
「…………面倒な観客が増えたな」
「観客、ですか」
「ああ。舞台に余計な観客がいると——演出がやりにくい」
「レヴィアン様。芸術は観客がいてこそ成立するのでは?」
「それはそうだが、採点する観客は要らない。批評家は芸術の敵だ」
「……レヴィアン様。この依頼を完璧にこなすことが、最大の反論になります」
「分かっている。——今回は、脚本通りにやる」
「エリザベッタ」
「はい」
「お前はここに残って、脚本の最終調整をしてくれ。全員の調査結果が揃ったら、第三幕の細部を詰める」
「分かりました」




