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脚本家が来た日ー[4]
出発前の夜。
全員が寝静まった後、俺は一人で手帳を開いていた。
師匠の名前を——久しぶりに書いた。
『マルコ・アルテシアーノ。俺の師匠。小さな劇場の演出家。暗殺者ではない。スキルも持たない。ただ——物語を愛した人。〝死には物語が必要だ〟と最初に教えてくれた人。——あの人の死の物語を、俺はまだ書けていない。十年間、書けていない。いつか——書かなければならない。あの人の最終幕を——完成させなければならない』
ペンを置いた。
コートの内ポケットの《幕引きの栞》に——ほんの一瞬、光が灯った。
気のせいだったかもしれない。
だが——栞が、温かかった。
師匠の温もりのような——古い、優しい温かさ。
「…………先生」
小さく呟いた。
手帳を閉じて、目を閉じた。
明日から——新しい作品が始まる。
そしてその向こうに——俺自身の物語が、待っている。
まだ最高傑作は生まれていない。
でも——今度こそ。




