脚本家が来た日ー[2]
エリザベッタが脚本に取り組んでいる間、俺は別の仕事をしていた。
《終幕庁》の本部から届いた、もう一通の書類。これは依頼書ではない。——内部通達だ。
『《終幕庁》全《一番手》への通達。ヴィットリオ・フィナーレの供述に基づく内部調査を開始する。調査対象:《終幕庁》設立時の制度設計に関与した全人物。調査期間中、通常業務は継続するが、上層部の人事に変更が生じる可能性がある。——副長官ガルシア・モンターニュ』
「内部調査……」
「レヴィアン様。この副長官——ガルシア・モンターニュ。ご存じですか」
ニーカが隣で通達を読んでいた。だから覗くなと——まあいい。もう諦めた。
「名前だけは。《終幕庁》の副長官。長官に次ぐナンバー2だ。……だが、会ったことはない」
「わたしが調べたところ——この人物は、二十年前に《終幕庁》に入庁しています。ヴィットリオが制度設計に関わっていた時期と重なります」
「つまり……ヴィットリオの影響下にある可能性がある、と」
「あるいは——ヴィットリオの理念に共感して、今も〝暗殺の秩序〟を守ろうとしている人物、かもしれません」
「内部調査を指揮する側が、調査対象になり得る……」
「はい。泥棒に泥棒を捕まえさせるようなものです」
面倒な話だ。《黒幕連》は外の敵だった。倒すべき対象がはっきりしていた。だ
が《終幕庁》の内部問題は——味方の中に敵がいるかもしれない、という話だ。
「ニーカ。この件は——」
「安全管理の一環として、情報を収集しておきます」
「……まだ何も言ってないぞ」
「レヴィアン様が何を言おうとしていたか、分かりましたので」
「…………」
この子は本当に、俺の全てを覚えていて、俺の全てを先読みしている。
嬉しいような、怖いような。
……芸術的感動ということにしておこう。
ふう……何度目だろう、この言い訳。
◇◇◇
夕方。エリザベッタが脚本の第一稿を持ってきた。
「……書けました。読んでもらえますか」
「ああ」
手渡された紙束を読む。
——驚いた。
エリザベッタの脚本は——俺の脚本とは全く違った。
俺の脚本は「舞台設計図」だ。人物の配置、環境の操作、最終幕のイメージ——空間を設計する脚本。
エリザベッタの脚本は「物語」だった。標的の人生を遡り、なぜこの男が横領に手を染めたのか、どんな転落の過程があったのか——時間を設計する脚本。
『ヘルマン・ブラウトは、元は清廉な役人だった。十年前に妻を病で亡くし、治療費の借金が残った。借金を返すために公金に手を出し、一度手を出したら止められなくなった。証人を殺させたのは、自分の罪が露見することへの恐怖から。——この男の物語の核心は〝恐怖〟である。恐怖から逃げ続けた男が、最後に恐怖と向き合う時——それが最終幕となる』
「…………」
「あの……ダメでしたか」
「いや」
俺は脚本を二度読み直した。
「エリザベッタ。俺の脚本には——これがなかった」
「何が、ですか」
「〝なぜ〟だ。標的がなぜ罪を犯したのか。俺は《万象観劇》で因果の糸を視て、現在の人間関係と感情は読み取れる。だが——過去は視えない。糸が示すのは〝今〟だけだ。お前の脚本は、糸では視えない〝過去〟を推理で補っている」
「それは……お父様から教わったことです。〝物語を書くなら、登場人物の過去を知れ。過去を知らずに結末は書けない〟と」
ヴィットリオの教え。暗殺を世界規模で演出した男の——物語の技術。
「……皮肉だな。お前の父親の技術が、俺の芸術を補完する」
「皮肉、ですか」
「悪い意味じゃない。——使える。この脚本は、使える」
エリザベッタの表情が——ぱっと明るくなった。父親に似た知的な目に、子供のような喜びが浮かんでいる。
「……ありがとうございます」
「礼はいい。——ただし、修正点がある」
「はい。何でしょう」
「第三幕の構成が弱い。〝恐怖と向き合う〟は抽象的すぎる。具体的にどんな場面で、どんな形で恐怖と対峙させるのか——舞台設計が必要だ。そこは俺の領分だ。お前の〝物語〟に、俺の〝舞台〟を組み合わせる」
「脚本家と演出家の——共同作業、ですね」
「そうだ」
エリザベッタが嬉しそうに頷いた。
隣でニーカが「レヴィアン様の脚本通り率が上がるかもしれません……」と呟いていた。
上がってほしい。切実に。




