終幕を拒む者たちー[4]
ヴィットリオ・フィナーレは、翌日《終幕庁》に自ら出頭した。
《黒幕連》の創設者として。使い捨ての兵器を作った罪で。五十年間の全てを白状して。
誰も死ななかった。四度連続。
そして——《黒幕連》は、座長の出頭と全幹部の排除をもって、壊滅した。
だが——問題が発生した。
当然のように。
「レヴィアン様。《終幕庁》の上層部から、緊急の召喚状が届いています」
「召喚状?」
「はい。内容は——〝《黒幕連》の壊滅に伴い、暗殺制度の再編を議論する。レヴィアン・グラースの出席を求む〟」
「……暗殺制度の再編? 俺が?」
「ヴィットリオ・フィナーレが《終幕庁》の制度設計にも関わっていたことが判明したため、制度そのものを見直す必要が出てきたのです。そして、その見直しの〝顧問〟として——」
「待て。まさか」
「はい。レヴィアン様が推薦されています」
「…………」
「暗殺制度の顧問。肩書きが——九つになりました」
「数えるな!」
「《一番手》、《破滅の芸術家》、聖者、悪霊祓い、嘆きの塔の英雄、名誉劇場長、和平仲介人——辞退済み——、カルチェラータ報告書の著者、暗殺制度改革顧問——」
「だから数えるなと言ってるだろうが——!」
「レヴィアン。もう暗殺者の要素、十分の一以下ですよ」
リゼットが冷静に指摘した。
「いや! だから! 俺は芸術家——」
「お師匠様は、お師匠様です! 肩書きなんか関係ないです!」
フィーネが真っ直ぐな目で言った。
……こいつに言われると、何も返せない。
「……もういい。制度改革顧問は丁重にお断りする」
「レヴィアン様。ですが、この機会を逃すと——」
「ニーカ。安全管理で国家制度を改革するのは、さすがに範囲外だろう」
「…………」
ニーカが黙った。黙ったということは、本気で考えていたのだろう。怖い。
◇◇◇
《終幕庁》からの評価書。
『レヴィアン・グラース。対象:《終幕劇》(ヴィットリオ・フィナーレ)。遂行完了。対象は自主出頭。《黒幕連》の全組織構造を供述。付随成果——広域犯罪組織《黒幕連》の完全壊滅。大陸規模の暗殺制度の見直しに着手。使い捨て兵器として運用されていた元構成員の保護・社会復帰プログラムの策定開始。残存〝演目〟:ゼロ。——上層部所感:「本件をもって、レヴィアン・グラースに対する《黒幕連》関連の全特別指令を解除する。なお、レヴィアン・グラースの暗殺成功率100%の記録は維持される。活動分類については引き続き検討中」』
残存〝演目〟——ゼロ。
終わった。
全て——終わった。
「…………」
手帳を開いた。最後のページ。
『第十作「終幕を拒む者たち」。結末:《終幕劇》の自主出頭。《黒幕連》壊滅。死者ゼロ。脚本通り率——計測不能。脚本がなかったので。即興率:100%。……これは自慢していいのか。分からない。分からないが——悪くなかった。悪くなかった、と思う。マルチェロ。お前の分まで——やったぞ。全部、終わった。全部——』
書きかけで、手が止まった。
全部終わった。
《黒幕連》は壊滅した。特別指令は解除された。
つまり——俺の劇団が〝この任務のために〟集まっている理由は、なくなった。
フィーネが「次はどんな作品ですか!」と聞いてくるだろうか。リゼットが「で、次は何に変装すればいいんですか」と言うだろうか。セレスティーヌが「わたしも歌います」と微笑むだろうか。ニーカが「安全管理の一環として」と全てを包括するだろうか。
そして——新しく加わったエリザベッタは、「脚本を書きましょうか」と言うだろうか。
——終わったのに。任務は終わったのに。
……終わっても、劇団は——
「お師匠様!」
フィーネが駆け込んできた。
「次はどんな作品ですか!」
来た。やっぱり来た。
「……フィーネ。任務は終わったぞ。《黒幕連》は壊滅した。もう——」
「えっ? だって、お師匠様いつも言ってるじゃないですか。〝まだ最高傑作は生まれていない〟って」
「…………」
「まだですよね? 最高傑作。——まだ、生まれてないですよね?」
……ああ。
そうだな。
まだ生まれていない。
「レヴィアン様。わたしは、まだ衣装係ですけど」
リゼットが腕を組んだ。
「別に《黒幕連》のためだけに衣装をやってたわけじゃないんで。——次の仕事、あるんでしょう」
「わたしも。歌い続けますよ。レヴィアンが演出する限り」
セレスティーヌが竪琴を構えた。
「レヴィアン様。わたしは——あなたの隣にいると決めました。任務の有無は関係ありません」
ニーカが、俺の隣に立った。
「あの……わたし、まだ試用期間ですけど。——脚本、書かせてもらえますか」
エリザベッタが、おずおずと手を挙げた。
「…………」
俺は——手帳の止まっていたページに、続きを書いた。
『——全部終わった。全部終わったが——劇団は終わらない。最高傑作は、まだ生まれていないから。次の作品に取り掛かる。次の次も。その次も。この劇団がある限り——永遠に』
「さて」
俺はコートを翻した。
「次の作品に取り掛かるぞ。——まだ、最高傑作は生まれていない」
「「「「「はいっ!」」」」」
五つの声——いや。
「——はい」
六つ目。エリザベッタの、まだ少し怯えた、でも確かな声。
そして——
「——はい」
七つ目。俺の声。
《破滅の芸術家》の劇団。団員七名。
暗殺成功率:100%。
脚本通り率:歴代平均推定37%。
即興成功率:100%。
次回作の目標——最高傑作。
いつか、きっと。
——いや。いつかじゃない。次こそ。
……って、毎回言ってる気がするな。
でも——それでいい。
芸術家は、〝次こそ〟と言い続ける生き物だ。
たぶん。
——いや。〝たぶん〟はもうつけない、って決めたんだった。
絶対に。




