終幕を拒む者たちー[1]
物語には終わりがある。
当たり前のことだ。始まりがあれば終わりがある。第一幕があれば最終幕がある。どんな叙事詩も、どんな悲劇も、どんな喜劇も——いつか、幕は降りる。
それは分かっている。頭では。
だが——俺は、今この瞬間の劇団が終わることを、想像したくなかった。
「レヴィアン様。ぼんやりしていますが、大丈夫ですか」
「…………ああ。大丈夫だ。次の作品の構想を練っていただけだ」
嘘だ。フィーネが淹れてくれたお茶を飲みながら、「この時間がずっと続けばいいのに」と思っていた。
……芸術家失格だな。芸術家は常に次の作品を求めて前に進む生き物であって、現状に安住してはいけない。分かっている。分かっているが。
「お師匠様! お茶のおかわり要りますか!」
「ああ。……頼む」
「はいっ!」
フィーネが嬉しそうにお茶を注ぎに行く。リゼットが窓辺で地図を広げている。セレスティーヌが竪琴の弦を張り替えている。ニーカが俺の隣に座って、報告書を整理している。
いつもの光景。いつもの劇団。
——あと二つ。
《終幕劇》と、身元未確認の一名。
この二つを片付ければ——《黒幕連》は壊滅する。俺たちの〝任務〟は終わる。
任務が終わったら、この劇団はどうなるんだろう。
……考えるな。今は目の前の仕事に集中しろ。
「ニーカ。《終幕劇》の情報をまとめてくれ」
「はい。——これまでに収集した情報を統合すると」
ニーカが報告書を広げた。
「《終幕劇》。《黒幕連》の〝座長〟です」
「座長?」
「はい。七つの演目の上に立つ、組織の創設者にして最高指導者。他の幹部たちが〝演者〟だとすれば、この人物は〝演出家〟——組織全体の脚本を書いてきた人物です」
「…………組織の演出家」
「固有スキルは《強制終幕》。効果は——あらゆる物語を強制的に終わらせる」
「あらゆる物語を——強制的に終わらせる?」
「はい。人の営み、出来事、関係性——進行中のあらゆる〝物語〟に対して、結末を強制する。対象の人生を〝終わらせる〟ことも、進行中の計画を〝頓挫させる〟ことも、人間関係を〝断ち切る〟ことも——全て、このスキルの範囲内です」
……最悪の相性だ。
俺の芸術は「物語を完成させる」こと。物語を途中で打ち切ることを、俺は最も許せない。
こいつのスキルは——物語を強制的に終わらせる。
俺と真逆。俺の美学の、完全な否定だ。
「レヴィアン様。もう一つ。《即興劇》から得た情報に、重要な記述がありました」
「何だ」
「《終幕劇》は——《黒幕連》を創設した時、こう宣言したそうです。〝全ての物語には終わりが必要だ。終わりのない物語は苦痛でしかない。我々は、終わりを与える者である〟と」
「終わりを与える者……」
「この人物は——暗殺を〝慈悲〟だと捉えています。終わらせてやることが、救いだと」
……なるほど。
俺は「物語を完成させる」と言う。こいつは「物語を終わらせる」と言う。似ているようで——根本が違う。
「完成させる」には、過程への敬意がある。その人間がどう生きてきたか、どんな選択をしてきたか——それを読み解いた上で、最もふさわしい結末を描く。
「終わらせる」には、それがない。ただ幕を降ろす。過程も物語もどうでもいい。終わりを与えることだけが目的……醜悪な話だな。
「レヴィアン様。正直に申し上げます」
ニーカの声が硬くなった。
「《強制終幕》は——わたしたちにとって最も脅威なスキルです。このスキルの前では、わたしたちの〝作戦〟そのものが強制終了させられる可能性があります」
「…………」
「進行中の計画を頓挫させる能力。つまり——わたしたちが何を企てても、実行に移す前に〝終わり〟にされるかもしれない」
全員が沈黙した。
「…………お師匠様」
フィーネがお茶のカップを両手で握りしめて、不安そうに俺を見ていた。
「……どうすればいいですか」
「…………」
正直——分からない。
計画を立てても頓挫させられる。作戦を組んでも強制終了される。脚本を書いても幕を降ろされる。
——だが。
「ニーカ。一つ確認する。《強制終幕》は——終わっていない物語にしか効かないんだよな?」
「…………はい。〝進行中の物語を終わらせる〟スキルですから、すでに終わっているものには効果がないはずです」
「なら——作戦を立てなければいい」
「…………は?」
ニーカが「は?」と言った。初めてだ。ニーカが「は?」を使ったのは。
「いえ……失礼しました。もう一度、仰っていただけますか」
「作戦を立てなければいい。進行中の計画がなければ、〝強制終了〟させるものがない」
「レヴィアン様。それ、作戦を立てないって……じゃあどうやって戦うんですか」
リゼットが真っ当な質問をした。
「即興でいく」
「…………」
「第五作の時と同じだ。脚本なし。計画なし。その場の判断で、全てを決める」
「あの時は《即興劇》が相手で、こっちも即興で対抗したから成立したんですよ。今回の相手は全然違うタイプじゃないですか」
「だからこそだ。〝計画を立てたら終わらされる〟なら、計画を立てない。〝脚本を書いたら幕を降ろされる〟なら、脚本を書かない。——進行中の物語がなければ、終わらせようがない」
「レヴィアン様。理屈は分かります。ですが——即興で動くとして、最終的な目標は何ですか。こいつを倒す〝ゴール〟がなければ、即興すらできません」
「ゴールは一つだ。《終幕劇》に会う。それだけだ」
「会う?」
「ああ。前回、《叙事詩》の老人と話した。前々回、《喜劇》のマルチェロと話した。前々々回、《悲劇》のエレナと話した。——俺の暗殺は、最終的に〝対話〟に行き着く。今回も同じだ」
「でもレヴィアン。マルチェロの時は——対話の後で……」
リゼットが言いかけて、口を噤んだ。
マルチェロ。対話した翌日に、《黒幕連》の刺客に殺された。
「……分かっている。今回は——前回の失敗を全て踏まえた上で動く。ただし作戦は立てない。立てた瞬間に終わらされるから——動きながら考える」
「お師匠様。それって……〝なんとかなる〟って言ってるだけじゃ……」
フィーネの指摘が鋭い。というか痛い。
「……芸術家的に言い換えると、〝即興の中に真の芸術が宿る〟だ」
「言い換えただけで、中身変わってないですよね……」
「うるさい。師匠を信じろ」
「信じてます! 信じてますけど、心配もしてます!」
「……ありがとう。心配してくれるのは嬉しい。——だが、大丈夫だ。理由は一つある」
「理由?」
「俺には——お前たちがいる」
全員がハッと顔を上げた。
「……今まで、脚本通りにいったことなんて一度もない。俺一人で計算して、俺一人で完璧に仕上げた作品はゼロだ。毎回、お前たちが即興で動いて、俺の脚本を超えた結果を出してきた。——なら、最初から即興に全振りすればいい。俺が方向だけ示す。あとは——お前たちの即興力を信じる」
「…………」
「これは敗北宣言じゃない。演出家としての——信頼の表明だ。俺はお前たちを信じている。だから、任せる」
長い沈黙の後——フィーネが最初に口を開いた。
「……お師匠様。わたし——照らします。何があっても」
「ああ」
「わたしも。衣装は——どんな場面でも対応します」
リゼットが頷いた。
「わたしの歌が必要な時は、いつでも」
セレスティーヌが竪琴を握った。
「レヴィアン様。わたしは——隣にいます」
ニーカが、一歩も引かない目で俺を見た。
「……よし。じゃあ行くぞ。——ぶっつけ本番だ」
「「「「はいっ!」」」」
勢いだけは、ある。
作戦はない。
あーあ……大丈夫か、これ。




