悲劇を知る者だけが、悲劇を終わらせるー[2]
《悲劇》の所在は、ニーカの情報網と《即興劇》が提供した情報の照合で判明した。
北部の湖畔都市ラメント。「嘆きの湖」と呼ばれる大きな湖に面した、静かな街だ。美しい街並みだが、ここ数年——不自然に自殺者が多い。
「ラメント市の自殺率は、大陸平均の七倍です」
ニーカの報告に、全員が息を呑んだ。
「七倍……」
「はい。そしてその大半が——それまで特に問題を抱えていなかった、普通の市民です。ある日突然、絶望に襲われて——」
「《悲嘆の舞台》の影響範囲内、ということか」
「おそらく。《悲劇》がこの街にいる限り、スキルが常時発動している可能性があります。意図的に発動しているのか、それとも——制御できずに漏れ出しているのかは不明ですが」
「常時発動……」
つまり、この街に近づくだけで——俺たちも〝絶望〟に侵される可能性がある。
「レヴィアン様。一つ確認します。今回は……全員で行くのですか」
「ああ。全員で行く。——だが、対策は講じる」
俺はセレスティーヌを見た。
「セレスティーヌ。お前の歌で、俺たち全員の精神を守れるか」
「……正直、分かりません。でも——やってみます。わたしの《心奏曲》で、みんなの心に〝防壁〟のようなものを張ることは……理論上はできるはずです」
「理論上、か」
「はい。……すみません、頼りなくて」
「いい。理論上できるなら、実践で証明しろ。それが音響係の仕事だ。——お前なら、できる」
セレスティーヌが、大きく深呼吸した。
「……はい。やります」
◇◇◇
ラメント市。
街に入った瞬間——分かった。
空気が、重い。
物理的な重さではない。精神に圧し掛かる、漠然とした重圧。理由もなく悲しくなる。理由もなく後悔が込み上げてくる。
マルチェロの笑顔が——脳裏を過った。
「……っ」
——ダメだ。これはスキルの影響だ。俺の後悔を増幅させようとしている。
「セレスティーヌ」
「分かってます——」
セレスティーヌが歌い始めた。小さく、囁くように。
竪琴の音色が、俺たちの周囲に薄い膜のように広がる。《心奏曲》。感情の防壁。
——重圧が、和らいだ。完全には消えないが、呼吸ができるようになった。
「……効いてる。ありがとう、セレスティーヌ」
「はい……でも、これ、ずっとは持ちません。歌い続けないといけないので……」
「分かっている。お前は歌に集中しろ。他の作業は俺たちがやる」
「はい……!」
セレスティーヌが歌い続ける中、俺たちは街を歩いた。
街は——美しかった。湖畔の白い石造りの建物。花が咲く通り。穏やかな水面。
だが、住人の顔は暗い。笑っている人が、ほとんどいない。目に光がない。
「お師匠様……この街の人たち、〝影が深い〟です」
フィーネが囁いた。照明の目で見ると、人々の表情に落ちる影が、通常より濃い。
「ああ。《悲嘆の舞台》が街全体を覆っている」
俺は《万象観劇》を起動した。
街を覆う因果の糸を視る。
——紫。
街全体が、紫の霧に包まれていた。
悲しみと絶望の色。以前、聖堂で見た「悲しみと怒りが融合した紫」とは違う。怒りがない。ただ、悲しみだけが——底なしの悲嘆だけが、街をどんよりとさせている。
そしてその紫の霧の中心に——一つの糸が見えた。
湖の中央に浮かぶ小島。そこに建つ、白い塔。
塔の頂上から、紫の糸が放射状に広がっている。街全体を覆う悲嘆の源。
「……あの塔だ」
「レヴィアン様。あれは〝嘆きの塔〟と呼ばれている建物です。もともとは灯台でしたが、十年前から誰も近づかなくなったと」
「十年前……《悲劇》がこの街に来た時期と一致するな」
「はい。おそらく、あの塔が拠点です」
湖の中央の小島。白い塔。周囲は水。
——要塞のような立地だ。船でしか近づけない。しかも近づけば〝絶望〟のスキルが強まる。
「レヴィアン。率直に聞きますけど」
リゼットが言った。
「近づくだけで精神を削られる相手の拠点に、どうやって乗り込むんですか」
「乗り込まない」
「え?」
「乗り込まない。こっちから近づくのは悪手だ。——向こうから出てこさせる」
「また、ですか。……レヴィアン様、あなた毎回そのパターンですよね」
「効果的だからだ。文句があるか」
「ありません。……ただ、どうやって? あの塔の主は十年間引きこもっているんですよ。何をすれば出てくるんですか」
いい質問だ。正直、まだ答えを持っていない。
だが——ヒントはある。
「ニーカ。《悲劇》の個人情報は、どこまで分かっている」
「《即興劇》の提供情報によると……本名不明。性別は女性。年齢は推定三十代。元は——劇作家だった、とあります」
「劇作家?」
「はい。かつて悲劇の戯曲を書いていた、と。……詳細は不明ですが、ある出来事をきっかけに《黒幕連》に加入したようです」
悲劇の劇作家が、暗殺者になった。
因果の糸が紫——悲しみの色だけで構成されている。怒りもない。欲望もない。ただ、悲嘆。
この女は——悲しんでいるのか。
「ニーカ。〝ある出来事〟について、もっと詳しく調べられるか」
「……この街で調べてみます」
「頼む。それが——こいつの物語の核心だ」




