笑われる芸術家と、笑えない道化ー[4]
商会長バルドー・ゲッツァの排除は、三日で完了した。
今までの経験が活きた。
フィーネが商会長の行動パターンを観察し(照明の修行)、リゼットが商会の従業員に接触して内部情報を入手し(衣装の修行)、セレスティーヌが商会長の不正に苦しむ農民たちの声を集め(音響の修行)、ニーカが全ての証拠を取りまとめて《終幕庁》経由で司法官に送った(安全管理)。
司法官が到着し、商会長は収穫祭の前日に逮捕された。
農民たちは喜んだ。「収穫祭に間に合った!」と、街全体が沸いた。
そして——誰もが思った。
「あれ……今回、商会長を捕まえたの、誰だ?」
「《終幕庁》の人たちらしいぞ」
「《終幕庁》? 暗殺者ギルドの? どうして暗殺者が、横領犯を捕まえるんだ?」
「さあ……でも助かった。ありがたいことだ」
こうして、悪人は法の手で排除された。笑い殺されることなく。芸術点はゼロだが、今回はそれでいい。悪人の排除は本題ではない。前座だ。
問題は——ここからだ。
◇◇◇
収穫祭当日。
街は祝祭ムードに包まれている。商会長の逮捕もあって、市民の解放感はいつもの年以上だ。
《笑いの泉座》の公演が始まった。仮設舞台の前に、大勢の観客が集まっている。
俺は客席の後方から《万象観劇》で座長——《喜劇》を観察していた。
公演は面白かった。認めざるを得ない。座長の芸は本物だ。一般の芸人としても一流。観客は腹を抱えて笑い、子供たちはきゃあきゃあ声を上げている。
だが——座長の因果の糸に、変化が起きていた。
黄色の糸の中に、灰色が混じり始めている。
困惑の色だ。
商会長がいない。殺すはずだった標的が、既に逮捕されている。祭りの最中に〝笑い殺す〟計画が、根本から崩れた。
舞台上で笑わせながら、座長の目だけが——笑っていなかった。
公演が終わった。観客が拍手と歓声で一座を讃える。座長が笑顔で一礼する。
だが、その笑顔の下で——因果の糸が揺れている。
今だ。
「リゼット」
「はい」
「座長に伝えてくれ。〝あなたに会いたいという人がいます〟と」
「分かりました。……レヴィアン様、大丈夫なんですね?」
「ああ。今回は——話すだけだ」
◇◇◇
祭りの喧騒から離れた、街外れの丘の上。
俺は一人で座長を待った。ニーカは百メートル離れた位置に待機。フィーネ、リゼット、セレスティーヌは祭りの会場で待機。
……正直、一対一は緊張する。相手は《黒幕連》の幹部だ。いきなり《万人笑殺》を発動されたら、俺は笑い死にする。
いや、俺は今まで一度もこいつの芸で笑っていない。手帳にメモを取りながら分析していたからだ。つまり——芸術家モードの俺は、笑いに対して耐性がある。
……いやそれ、単に面白さが分からない駄目な人間ということでは?
考えるのはやめよう。
足音が聞こえた。
丘を登ってくる男。四十代くらい。丸顔。人の好さそうな目。少し太った体格。——暗殺者には全く見えない。
「やあ。君が、私に会いたいという人かい?」
声のトーンも温かい。本当に、ただの座長にしか見えない。
「ああ。俺はレヴィアン・グラース。《終幕庁》の《執行者》だ」
名乗った瞬間、座長の表情が——変わらなかった。笑顔のまま。
「ああ、《破滅の芸術家》だね。噂は聞いてるよ。——お茶でも飲むかい?」
水筒から木のカップにお茶を注いで、俺に差し出した。
……なんだ、この温度感は。暗殺者と対峙している緊張感が、全くないぞ。
「お茶はいい。……単刀直入に聞く。商会長バルドー・ゲッツァを殺す予定だっただろう」
「ああ、そのつもりだったよ。——でも、君が先にやっちゃったね」
悪びれもしない。
「あの商会長は農民を苦しめていた。法では裁けない悪を、私が〝笑い〟で消す。それが私の仕事だ。——そう言ったら、君は怒るかい?」
「怒るかどうかは別として。お前の暗殺には——芸術点がない」
「芸術点……!?」
座長が声を上げて笑った。本物の笑いだ、スキルではない。
「いいねえ、芸術点! 初めて言われたよ、そんなこと。——で、芸術点のない暗殺は、暗殺じゃないってのが君の持論?」
「そうだ」
「面白いなあ。本当に面白い。——ねえ、《破滅の芸術家》。一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「君は、人を殺す時に〝美しさ〟を求めるんだよね。死に物語を与えるんだよね。——それって、殺される側にとって、何の意味があるの?」
「…………」
「私は笑わせるよ。標的を殺す時、周りの人たちは笑ってる。楽しい気持ちのまま、悪い奴がいなくなる。誰も泣かない。誰も怖がらない。——それの何が悪いんだい?」
返す言葉が、すぐには出なかった。
……こいつの言っていることは、一面では正しい。
俺の暗殺は「美しい」かもしれないが、標的にとっては同じ「死」だ。物語を与えようが芸術点を追求しようが、死は死だ。
だが——。
「お前の問いに答えよう」
「うん」
「〝殺される側にとって何の意味があるか〟。答えは——ない。殺される側にとっては、美しかろうが笑えようが関係ない。死は、死だ」
「でしょう?」
「だが、俺が芸術点を追求するのは、殺される側のためじゃない」
「え?」
「残される者のためだ」
座長が、初めて笑いを止めた。
「俺の暗殺には物語がある。なぜその人間が死なねばならなかったのか。その死は何を意味するのか。——それを知ることで、残された者は〝理解〟できる。納得はできなくても、理解はできる」
「…………」
「だがお前の暗殺には、物語がない。笑って死ぬ、それだけだ。残された者は——〝なぜ死んだか分からない〟。悪人が死んで喜ぶかもしれないが、〝なぜ〟は永遠に分からないままだ」
「…………」
「そしてお前自身も——〝なぜ自分が暗殺を続けるのか〟を、分かっていないんじゃないか?」
座長の笑顔が消えた。
同時に、因果の糸が——大きく揺れた。黄色の中の灰色が、一気に広がっている。
「……鋭いね」
「芸術家だからな。人の物語を読むのは得意だ」
「うん……うん、そうだね。——正直に言おうか」
座長が、空を見上げた。
「私は……もう、分かんないんだよ。なぜ殺すのか。最初は、悪い奴を消せば世界が良くなると思ってた。実際、街の人たちは喜んでくれた。——でも、何人殺しても、悪い奴は次から次に出てくる。終わらないんだ。永遠に終わらない」
「…………」
「だから、笑うしかなかった。意味なんか考えたら、やってられないからさ。笑って、笑わせて、笑いの中で殺す。そうすれば——何も考えなくて済む」
座長の目に、涙が光っていた。
笑顔のまま、泣いていた。
「……お前の物語が、見えた」
「え?」
「お前は〝喜劇〟じゃない。——悲劇だ」
座長が息を呑んだ。
「笑いでしか世界と繋がれない男。笑うことでしか自分を保てない男。——それは喜劇じゃない。最も悲しい悲劇だろう」
「…………っ」
「お前の最終幕は——笑いを止めることだ。笑わなくていい、泣いていい、怒っていい——人間に、戻れ」
しばらくして、座長——マルチェロが顔を上げた。目が真っ赤だ。
「……すまない。みっともないところを見せた」
「構わない。泣くのは人間の特権だ。変な笑いなんぞより、よほど正直だろう」
「……君は、本当に変なやつだな」
マルチェロが、泣いた後の——少しだけ清々しい顔で、笑った。今度の笑いには、スキルは乗っていない。ただの、人間の笑みだ。
「レヴィアン。俺は——明日、一座のみんなに全部話すよ。俺が何をしてきたか。《黒幕連》のこと、暗殺のこと、全部」
「…………そうか」
「その上で、《終幕庁》に出頭する。もう——笑いで誤魔化すのは、やめにする」
「……ああ。それが、お前の物語の正しい続き方だ」
俺はそう言って、丘を降りた。
背中に、マルチェロの声が届いた。
「ありがとうな。——笑いを止めても、物語は続くって、教えてくれて」
手を挙げて応えた。振り返らなかった。
振り返ったら、たぶん——師匠らしくない顔をしていたから。




