笑われる芸術家と、笑えない道化ー[3]
調査開始から二日後。
リゼットの報告が、最も意外だった。
「レヴィアン様、困ったことになりました」
「どうした?」
「一座に入りました。座長——《喜劇》と直接話しました。……いい人でした」
「…………」
「本当にいい人なんです。座員のことを家族のように大切にしていて、稽古は厳しいけど必ず褒める。街の子供たちに芸を教えたりもしていて。……わたし、正直混乱してます。この人が本当に暗殺者なのか」
「因果の糸は嘘をつかない。こいつは暗殺者だ。——だが、善人でもある」
「そんなの、矛盾してるじゃないですか」
「矛盾しているから面白いんだ。……物語として」
「物語って言わないでください。生きている人間の話です」
リゼットに叱られた。珍しく、本気の声だった。
「……すまん。言い方が悪かった」
「……いえ。わたしこそ……すみません、レヴィアン。ただ、あの人のことを考えると……」
リゼットの目が揺れている。衣装係としてではなく、一人の人間として、相手に心を動かされている。
……これは、厄介だ。
フィーネの報告。
「お師匠様! 収穫祭の会場、照明チェック終わりました! それと——一座のリハーサルを見学したんですけど」
「どうだった」
「すっごく面白かったです! お腹抱えて笑っちゃいました! 座長さんの芸、本当にすごくて——」
「フィーネ。お前は敵のリハーサルを見て、笑っていたのか」
「あ……そ、そうでした。敵でした……。でもお師匠様、本当に面白くて……」
……弟子まで籠絡されかけている。恐ろしい敵だ。芸の力で。
セレスティーヌの報告。
「クラーレ市で《笑いの泉座》は大人気です。毎年収穫祭に来てくれるのを、街の人たち全員が楽しみにしています。座長のことは〝笑いの恩人〟って呼ぶ人もいて……」
「恩人……」
「はい。三年前の収穫祭で、当時この街を圧政で苦しめていた代官が——祭りの最中に笑い死にしたんです。以来、街は平和になって。市民は〝あれは天罰だ〟と思っています。でも、もしかしたら——」
「《喜劇》の仕業、か」
「たぶん。……レヴィアン。この人を倒したら、街の人たちは悲しみますよ」
……分かっている。
ニーカの報告。
「クラーレ市で現在、最も〝嫌われている権力者〟を特定しました。商会長のバルドー・ゲッツァ。表向きは穀物商ですが、裏で農民から不当な買い叩きを行い、収穫祭の運営資金を横領している疑いがあります」
「嫌われている権力者……それが、《喜劇》の次の標的か」
「おそらく。収穫祭の最中に、商会長を〝笑い殺す〟つもりでしょう」
「…………」
俺は手帳を閉じた。
整理しよう。
《喜劇》は悪人を殺す暗殺者だ。次の標的は、農民を搾取する商会長。こいつを笑い殺せば、街の人たちは——また〝天罰だ〟と喜ぶだろう。
つまり。
《喜劇》を止めたら——悪人が生き残る。
《喜劇》を止めなかったら——暗殺が行われる。
どちらを選んでも、後味が悪い。
「レヴィアン様。どうされますか」
「…………」
考えろ。考えろ、演出家。
——待て。
なぜ俺は「二択」だと思い込んでいる?
《喜劇》を止める。かつ、悪人の商会長も排除する。両方やればいいじゃないか。
「……ニーカ。商会長バルドー・ゲッツァの不正の証拠は掴めるか」
「すでにいくつか。不正な穀物取引の帳簿と、収穫祭運営資金の横領記録を入手しています。安全管理の一環として」
いつから安全管理に横領捜査が含まれるようになったんだ。……まあいい。ニーカの安全管理は宇宙より広いので、今さら驚かない。
「よし。計画を変更する。——今回の作品は〝二幕構成〟だ」
「二幕?」
「第一幕。商会長バルドー・ゲッツァの不正を暴き、法的に排除する。《喜劇》より先に悪人を片付ける」
「先に……?」
「第二幕。悪人がいなくなった状態で、《喜劇》と対峙する。〝殺す相手がいない〟状況を作ることで、こいつの行動原理を揺さぶる」
団員のみんなが、じっと俺を見ている。
「《喜劇》は〝悪人を笑い殺す義賊〟だ。だが——悪人がいなければ、義賊は存在意義を失う。笑い殺す相手がいなくなった時、こいつは何をする? 何のために暗殺を続ける? ——その答えが、こいつの〝物語の核心〟だ」
「レヴィアン様……つまり、商会長を先に排除することで、《喜劇》を〝丸裸〟にするのですね。義賊の仮面を剥がす」
「ああ。前回は〝笑わせる側の仮面〟を剥がした。今回は〝正義の味方の仮面〟を剥がす」
「お師匠様! いつも仮面剥がしてますね!」
「うるさぁい! 仮面を剥がすのは、演出の基本だぁ!」
意地で言い返したが、俺は確かに毎回仮面を剥がしている。芸風が固まりつつあるのは自覚している。だが効果的なものは効果的なので、続ける。
うん、今日も仮面を剥がそう。




