笑われる芸術家と、笑えない道化ー[2]
《喜劇》の巡業ルートは、意外とあっさり判明した。
旅芸人の一座《笑いの泉座》。各地の祭りや市場を巡って喜劇を上演する一座で、かなりの人気がある。
「次の巡業先は——クラーレ市の収穫祭です。一週間後」
リゼットが調べてきた。
「クラーレ市? 聞いたことがないな」
「中部の農業都市です。毎年秋の収穫祭が盛大で、各地から芸人や商人が集まります。《笑いの泉座》は、収穫祭のメイン演目として招待されているそうです」
「祭りの中で暗殺か。……人混みに紛れられる上に、〝みんなが笑っている〟状況なら、《万人笑殺》の発動が自然に見える。巧妙だな」
「はい。過去の暗殺実績を調べたところ、《喜劇》の暗殺は全て〝祭りの最中〟に行われています。祭りの興奮に紛れて標的を〝笑い殺す〟」
「……趣味が悪いな」
祭りという人々の幸福な空間を暗殺の場に使うのは、芸術家として——いや、人として許せない。
「レヴィアン様。一つ、気になることがあります」
「何だ、ニーカ」
「《喜劇》は、巡業先で暗殺を行いますが——誰の依頼で暗殺しているのかが不明です。これまでの〝演目〟たちは《黒幕連》の組織的な指示で動いていましたが、《喜劇》だけは……自発的に標的を選んでいる節があります」
「自発的に? 暗殺者が、自分で標的を選ぶ?」
「はい。過去の被害者リストを見ると——全員が、権力者です。領主、商会長、高位聖職者。しかも全員が、〝民衆から嫌われている〟人物ばかりです」
「……民衆から嫌われている権力者を、祭りの最中に笑い殺すのか?」
「そうです。そして暗殺後、その街では〝嫌な奴がいなくなった〟と、むしろ喜ばれている」
…………。
それは——〝義賊〟ではないか?
いや、義賊は盗むだけだ。こいつは殺している。だが——悪い権力者を殺して、民衆に感謝される暗殺者。
「つまり《喜劇》は、《黒幕連》の幹部でありながら——民衆の味方を気取っている、と」
「気取っているのか、本気なのかは分かりません。ですが……」
「ですが?」
「この人物は、他の〝演目〟とは毛色が違います。悪人を殺す暗殺者。しかも手法は〝笑い〟。民衆からは愛されている。——正直、倒す理由が見えにくいです」
ニーカが珍しく、困惑した顔をしていた。
「お師匠様……悪い人を殺す暗殺者なら、わたしたちと同じじゃないですか?」
フィーネが言った。鋭い。鋭すぎて痛い。
「……確かに、構図は似ている。だが——」
「だが?」
「〝笑い殺す〟のは、ダメだ」
「え? そこ?」
「そこだ。いくら悪人とはいえ、命の終わり方に品性がなさすぎる。笑い死にのどこに物語がある。どこにドラマがある。どこに美しさがある。——芸術点がゼロだ」
「…………」
全員が微妙な顔をしている。
「あの……お師匠様。倒す理由が〝芸術点がゼロだから〟って、それでいいんですか……?」
「いいに決まっている。芸術点のない暗殺を放置することは、芸術家としての怠慢だ」
「リゼット。あの人、本気で言ってますよね……?」
「本気よ。いつも本気。それがこの人の恐ろしいところ」
リゼットとセレスティーヌがひそひそ話をしている。聞こえているぞ。
……まあ、《終幕庁》からの特別指令として《黒幕連》幹部の排除を命じられている以上、「倒す理由がない」ということはない。こいつが民衆の味方を気取っていようが、《黒幕連》の幹部である以上、排除対象だ。
ただ——正直、気は重い。今までの敵は全員「明確な悪」だった。こいつは……グレーだ。
面倒くさいな。
◇◇◇
クラーレ市。収穫祭の準備で街全体が浮かれている。
通りには色とりどりの飾り。屋台の組み立て。楽器の音合わせ。子供たちが走り回り、大人たちが酒を運んでいる。
「わーっ! お祭りだ! お師匠様、綿菓子食べたいです!」
「修行中だ」
「えーっ!」
「……帰りに買ってやるから、今は照明の修行に集中しろ」
「やった! はい、集中します!」
甘やかしすぎだろうか。いや、弟子のモチベーション管理も師匠の仕事だ。綿菓子一つで照明の精度が上がるなら安い投資だ。……芸術家的に言えば、だが。
俺たちは収穫祭の三日前に現地入りし、まず《笑いの泉座》の下見を行った。
一座は街の広場に仮設舞台を建てている。座員は十二名。全員が陽気な顔をしている。
俺は遠くから《万象観劇》を起動した。
座員たちの因果の糸を視る。
——意外だった。
座員のうち、《黒幕連》の構成員は三名だけだ。残り九名は一般の芸人。しかも、一般芸人たちの因果の糸は——健全だ。暗い色がない。純粋に芸を楽しんでいる人たち。
そして——座長。《喜劇》本人の糸は。
「……黄色?」
黄色い糸。陽気で、明るく、温かい色。
悪人の糸の色じゃない。これは——本気で楽しんでいる人間の色だ。
「レヴィアン様? 何か見えましたか」
「……ニーカ。こいつの因果の糸は——善人の色をしている」
「…………は——いえ、そう、ですか」
ニーカが言葉を飲み込んだ。「は?」と言いかけて止めた。偉い。役割分担を守っている。
「善人の色の暗殺者……面倒だな」
「レヴィアン様。善人であっても——暗殺者は暗殺者です」
「分かっている。……分かっているが」
手帳を開いた。
『第七作。対象:《喜劇》。因果の糸が黄色。善人の色。悪人を笑い殺す義賊型の暗殺者。——これを〝作品〟として仕上げるのは、過去最高に難しい。何しろ、こいつの〝物語〟を読み解くことが、まず困難だ。善人の暗殺者の物語に、どんな最終幕を設計すればいい?』
分からない。正直、分からない。
だが——分からないなら、まず知ることから始める。それは芸術家の基本だ。
「リゼット。一座に潜り込めるか」
「旅芸人の一座ですか。……芸人として応募すれば入れそうですが、今回は《千の衣装部屋》を使わない方がいいかもしれません」
「なぜだ」
「前回の《風刺劇》の劇場は、暗殺組織のフロントでした。だから潜入にスキルが必要だった。でも今回の一座は、大半が一般の芸人です。普通に〝旅の芸人志望〟として近づいた方が、自然に情報が入ると思います」
「衣装を使わない潜入か。……素の演技力で勝負するということだな」
「はい。わたしの衣装の修行は、〝その人物になること〟でしたよね。なら——〝旅芸人になりたい少女〟を演じます。スキルなしで」
「……いい判断だ。衣装監督として、一段上に行ったな」
リゼットが少しだけ誇らしそうな顔をした。すぐに「別に褒められたくてやってるわけじゃないですけど」と付け加えたが、耳が赤い。ふふっ、ういやつめ。
「フィーネは祭りの会場を照明チェック。セレスティーヌは街の噂を集めてくれ。ニーカは——」
「安全管理ですね」
「……まあ、そうなんだが。今回はもう一つ頼みたいことがある」
「何でしょう」
「《喜劇》が、次に誰を〝暗殺〟しようとしているか。それを突き止めてくれ。こいつは祭りの最中に標的を笑い殺す。つまり——収穫祭の開催中に、この街の〝嫌われている権力者〟が殺される可能性がある」
「分かりました。クラーレ市の権力者リストを洗い出します」
「頼んだ」




