笑われる芸術家と、笑えない道化ー[1]
芸術家にとって最大の敵は何か。
批評家? 違う。締切? 近い。金欠? もっと近い。
だが、真の答えはこれだ。
——笑い。
いやいや、笑いが敵ってどういうことだよ、と思うだろう。俺もそう思うが、現実を見てほしい。
「次の標的は《喜劇》。《黒幕連》の幹部の一人です」
ニーカが資料を読み上げている。いつもの二歩後ろ。いつもの無表情。……いや、最近ちょっとだけ表情が柔らかくなった気がする。ルナを助けた件以来……ただの気のせいかもしれないが。
「《喜劇》。本名不明。表の顔は旅芸人の一座の座長。各地を巡業しながら暗殺活動を行っている。固有スキル——《万人笑殺》」
「……万人笑殺?」
「はい。周囲の人間を強制的に笑わせるスキルです」
「笑わせる? ……それの何が暗殺と関係あるんだ」
「笑いが止まらなくなるのです。文字通り、笑い死ぬまで」
……冗談みたいな能力だが、どうやら冗談じゃないらしい。
「標的の周囲にいる人間が突然笑い始め、やがて呼吸困難に陥り、最終的には窒息死する。——ただし、死因は〝笑いすぎによる呼吸停止〟であり、外傷はゼロ。毒物反応もなし。司法解剖しても〝原因不明の突然死〟としか記録されません」
「笑い死に……」
暗殺としては確かに完璧だ。痕跡が残らない。証拠が残らない。しかも目撃者がいたとしても「みんなで笑ってたら一人が死んだ」としか証言できない。
だが——芸術点は最低だ。
笑い死にのどこに物語性があるんだ。どこにドラマがある。死の瞬間を〝作品〟として完成させる気概が微塵も感じられない。
……と、俺の芸術家としての本能は憤っているのだが。
「お師匠様。笑い死にって、怖くないですか……?」
フィーネがおずおずと聞いてきた。
「怖い? 怖くはない。下品なだけだ」
「げ、下品……」
「芸術性のない暗殺は、ただの殺人だ。笑い死にさせるなど、暗殺者の沽券に関わる蛮行だ。——俺なら、絶対にやらない」
「でもレヴィアン様、その〝下品な暗殺〟をやる人を倒さなきゃいけないんですよ」
セレスティーヌが現実的なことを言ってきた。最近この子のツッコミ力が上がっている。リゼットに師事でもしているのだろうか、うーむ。
「それはそうだが……ん~……」
「何を悩んでるんですか」
「いや……〝笑い〟を武器にする相手に対して、どんな演出で対抗すればいいのか。前回の《風刺劇》は〝風刺を風刺で返す〟ことで倒した。なら、今回は〝笑いを笑いで返す〟のか? だが俺は芸術家であって、お笑い芸人ではない」
「お師匠様、わたし思ったんですけど」
フィーネが手を挙げた。
「お師匠様って、意外と面白いですよ?」
「……何がだ」
「だって、〝暗殺は芸術だ〟って真剣な顔で言うところとか! わたし最初聞いた時、何言ってるんだろうこの人って思って——あ、いえ! 今はちゃんと分かってます! 芸術ですよね、芸術!」
「…………」
フィーネの取り繕い方が下手すぎて、かえって心の傷が深いんだが。
「あの……わたしも、レヴィアンが手帳にメモする時の独り言、けっこう好きです。〝照明効果として満点〟とか、真剣に書いてるところ……可愛いなって……」
セレスティーヌ。お前もか。というか、可愛いって何だ。芸術家に対して可愛いは禁句だぞ。
リゼットを見た。リゼットは無言で目を逸らした。ノーコメントを貫く姿勢。それはそれで傷つく。
「…………ニーカ。お前は何か言うことあるか」
「レヴィアン様は、常に崇高な美学に基づいて行動されています。その姿勢は、わたしが最も尊敬する部分です」
ニーカだけがブレない。この子がいなかったら、俺の威厳は今ごろ粉々だ。
「ニーカ……お前だけだ、俺のことを分かってくれるのは……」
「はい。レヴィアン様の芸術は、いずれ必ず世界に理解されます」
「ニーカ……!」
「はいはい、師弟愛はその辺にして。——で、《喜劇》の居場所を特定するんでしょう? 旅芸人の一座なら、巡業ルートがあるはずです」
リゼットに切られた。……このタイミングで切るあたり、リゼットは本当にツッコミの才能がある。衣装係にしておくのが惜しい。
いや、衣装係にしておく。あの子の潜入能力は替えが効かない。
「……とにかく。《喜劇》の居場所を特定するぞ。旅芸人の一座ということは、巡業ルートがあるはずだ」
意識を切り替えよう。芸術家は切り替えが早いものだ。そして、立ち直りも早い。……たぶん。




