表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘違い暗殺者の演出無双 ~暗殺成功率100%。演出が納得いかないので、クライアントからの暗殺締切を延長させてもらいます~  作者: ぶらっくそーど
開幕劇——あるいは、打ち切りを許さない男

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/76

沈黙の山に、照明を灯すー[4]


 新月の夜。ヴォルフスベルク山。

 廃修道院は、山頂付近の岩棚に建っていた。崩れかけた石壁、朽ちた木の扉、蔦に覆われた尖塔。五十年の放棄が、この建物を(むくろ)にしていた。


 俺とフィーネは、日没前に修道院内部に潜入していた。

 内部は広い。礼拝堂、回廊、独房の並ぶ修道棟、そして——地下への階段。



「お師匠様。地下の瞑想室、見つけました」


 フィーネが囁いた。

 地下に降りると、巨大な空間が広がっていた。天井の高い円形の部屋。壁には古い宗教画の痕跡。中央に石の祭壇。


 そして——この部屋には()()()()()()()

 完全な闇。完全な沈黙。

 ここが《黙劇(パントミーマ)》の〝舞台〟か。



「フィーネ。残像を配置しろ。部屋の四隅と、回廊の要所に。合図があるまで、光は最小限に抑えておけ」

「はい……!」


 フィーネが動いた。《陽だまりの残像(サニーシルエット)》を次々と配置していく。残像は淡い光を帯びているが、今はほとんど発光していない。火の点いていない蝋燭のように、部屋の各所に「待機」している。


 仕込み完了。

 あとは——セレスティーヌの合図を待つ。

 通信魔具に、セレスティーヌの声が届いた。



「レヴィアン様、〝沈黙の穴〟が山を登っています。修道院に向かっています。……あと、十五分くらいで到着します」

「了解。——全員、配置につけ」


 ニーカは地下瞑想室の天井付近——崩れた梁の上に潜んでいる。完全に気配を消して。

 フィーネは俺の隣。残像の「点灯」をコントロールする位置。

 リゼットは山の麓で長老と共に待機。《黙劇(パントミーマ)》が排除された後の村の安全確保が任務だ。

 セレスティーヌは中腹で音の監視を続けている。

 そして俺は——地下瞑想室の端、祭壇の影に隠れている。《万象観劇(パノラマ・シアター)》を起動して、因果の糸を視る準備はできている。


 ……だが。



「フィーネ」

「はい」

「正直に言うが。今回、俺は——()()

「……! お師匠様が!?」

「見えない敵を相手にするのは初めてだ。《万象観劇(パノラマ・シアター)》で因果の糸は視えるかもしれないが、相手の〝姿〟が見えない状況で戦うのは……不安がある」


 格好悪いことを言っている自覚はある。師匠が弟子の前で弱音を吐くなんて。

 だが——嘘はつきたくなかった。


「……お師匠様」


 フィーネが、暗闇の中で俺の手を握った。小さな手だが——温かい。


「大丈夫です。わたしが、()()()()()()()

「…………」

「お師匠様が〝見えない〟って言うなら、わたしが見えるようにします。それが照明係の仕事です。——お師匠様が教えてくれたことです」


 ……こいつ。

 いつの間に、こんなことを言えるようになったんだ。危ない、泣きかけた。


「……ああ。頼んだぞ、照明係」

「はいっ!」



 ——十分後。

 空気が変わった。


 変わった、というか——()()()


 修道院の中に、音があった。風が石壁の隙間を通る音。虫の声。自分の呼吸。

 それが、全て消えた。

 完全な無音。


黙劇(パントミーマ)》が、来た。



 俺は《万象観劇(パノラマ・シアター)》で視た。

 因果の糸が——ない。

 いや、ある。あるはずだ。だが見えない。《無言の帳(ヴェーロ・ムート)》が、因果の糸すら「認識できない」状態にしている。


 ……ここまでか。俺のスキルでは。

 だが。



「フィーネ——()()

 フィーネが叫んだ。

()()()()ッ!!」

 瞬間——地下瞑想室が、光に満ちた。

 部屋の四隅に配置された残像が、一斉に輝き始めた。フィーネの《陽だまりの残像(サニーシルエット)》。暖かい、金色の光。


 窓のない地下室が、まるで真昼のように明るくなった。

 そして——()()()

 部屋の中央に、一人の人影が立っていた。

 小柄だった。フードを被り、全身を黒い布で覆っている。顔は見えない。だが——()()()()()


 初めて、《黙劇(パントミーマ)》の姿を捉えた。

 光に照らされた《黙劇(パントミーマ)》は——一瞬、動きを止めた。

 その一瞬で、ニーカが動いた。


 梁の上から、音もなく落下。《無音行進(サイレント・マーチ)》で完全に気配を殺しながら、《黙劇(パントミーマ)》の背後に回る。

 だが——《黙劇(パントミーマ)》も動いた。

 光に怯んだのは一瞬だけだった。次の瞬間には影のように移動し、ニーカの攻撃を回避している。音がない。足音すらない。石の床を踏んでいるのに、()()()()()()()


 無音の攻防が始まった。



 ニーカと《黙劇(パントミーマ)》。二人の「沈黙の使い手」が、光に満ちた地下室で戦っている。

 だが——フィーネの光があるおかげで、俺には見える。《万象観劇(パノラマ・シアター)》でも因果の糸が視え始めている。光の下では、《無言の帳(ヴェーロ・ムート)》の因果隠蔽効果が弱まっている。



「ニーカ! 左だ!」


 俺は叫んだ。因果の糸の動きから、《黙劇(パントミーマ)》の次の移動先を予測した。

 ニーカが反応した。左方向への攻撃を放つ——命中。

黙劇(パントミーマ)》が、初めて体勢を崩した。



「フィーネ! 光を集中しろ! あいつの周囲に!」

「はいっ!」


 フィーネが残像を操作した。部屋に散っていた残像が、《黙劇(パントミーマ)》を囲むように集まる。光の檻。

 逃げ場のない光の中で、《黙劇(パントミーマ)》のフードが落ちた。


 ——少女だった。


 銀色の短い髪。蒼い目。十代半ば——フィーネと同じくらいの年齢。

 その目には——何の感情もなかった。



「…………」

 ニーカが、動きを止めた。

「ニーカ……?」

「……この子」

 ニーカの声が震えていた。

「この子は……わたしの、()()()()

「……何?」

「《黒幕連(カーテンコール)》の、使い捨て兵器。わたしと同じ施設で育った子。名前は——()()。まだ、生きていただなんて……」


 使い捨て兵器。名前を消され、感情を消され、「黙劇」という役割だけを与えられた少女。

 またか。

即興劇(インプロヴィーゾ)》と同じ構造。自分の物語を()()()()()()者。


 俺は《幕引きの栞(カーテンブックマーク)》を手に取った。



「ニーカ。俺が近づく。お前は——あの子を、抑えてくれ」

「……はい。でも、レヴィアン様。あの子に、怪我は——」

「しない。物語を打ち切りにさせないのが、俺の美学だ。——何度でも言うぞ」


 ニーカが泣きそうな顔で頷いた。

 光の檻の中で、少女——ルナは立ち尽くしていた。戦う意志は見える。だが、光に囲まれた状態では、《無言の帳(ヴェーロ・ムート)》が機能しない。


 ニーカが少女を後ろから抱きしめた。



「ルナ……わたしだよ。ニーカだよ。……覚えてる?」

 少女の蒼い目が、泳いでいた。

 俺は《幕引きの栞(カーテンブックマーク)》を、少女の額に当てた。

 反応は——《即興劇(インプロヴィーゾ)》の時とは違った。

 劇的な変化は起きなかった。黒い靄が出たりもしなかった。

 ただ——少女の目から、一筋の涙がこぼれた。

 そして、口が開いた。


「…………ニー、カ」


 声だった。

黙劇(パントミーマ)》が——初めて()()()()()

 ニーカが、少女を強く抱きしめた。二人とも泣いていた。


 …………。

 俺は手帳を開いたが、何も書けなかった。

 こういう時、芸術家として何を書けばいいか、俺には分からない。


 フィーネが俺の隣で泣いていた。彼女自身の光で、照らされて。

 照明効果として、満点だ。

 ……いや。今はそういうことを言う場面じゃない。分かっている。

 分かっているが——手帳にだけは書いておく。


『フィーネの照明。泣いている二人を照らす金色の光。これ以上に美しい照明を、俺はまだ知らない』




 ◇◇◇




 ルナは——完全には「戻らなかった」。


即興劇(インプロヴィーゾ)》の場合は、《幕引きの栞(カーテンブックマーク)》で自己認識の上書きが解除され、記憶が断片的に戻った。だがルナの場合、消されていたのは認識ではなく()()だった。


 声は戻った。名前も思い出した。ニーカのことも覚えていた。だが——表情がほとんど動かない。感情の回路が、長年の「黙劇」によって摩耗している。


「時間がかかるかもしれません」

 ニーカが言った。

「ですが……ルナは生きています。声を取り戻しました。それだけでも、今は——充分です」

「ああ。……物語は、まだ続いている。打ち切りにはなっていない」

「はい」


 ルナは《終幕庁(フィナーレ)》に保護された。ニーカの嘆願もあり、「元構成員の保護対象」として処遇されることが決まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ