第六節.造られた異変
「この件は、人為的に発生させられている。」
赤城さんの口から、淡々と告げられたその一言に思考が止まった。
「どういうこと、赤城くん。その根拠は、」
御門さんの声も、心なしか僅かに焦りが見えた。
「ああ。戦闘時に回収した霊獣の一部を、公安に送って解析させた。」
赤城さんは感情のない声で続ける。
「結果、霊獣の体内から人間の器官が見つかった。しかも二つの器官は、どちらも失踪事件の被害者のものだ」
「……は?」
「臓器の一部だ。形状も構造も、人間のものと一致している。だが本来、霊獣はそんなものを持たない。つまり、あれは作られている。」
言葉が、やけに重く響く。
「……ただし、全部がそうなわけじゃない。」
赤城さんは淡々と続ける。
「中には、別の動物の器官が混ざっている個体も確認されている。そして、人間の器官が見つかったのは今のところ、二体だ。」
たった二体。
だからこそ、これが偶然ではないことの証明になる。
「……赤城さん、そもそも霊獣って、人為的に作れるんですか。」
「ああ、可能だ。」
即答だった。
「霊獣の生成には、生物の魂を使う。基本的に、生物であれば何でもいい。だが、普通はそんなことやらない。」
空気が、わずかに張り詰めるのを感じる。
「メリットが無いからだ。危険性も高いし、効率も悪い。ただ“作るだけ”なら、人間を使う必要は一切無い。」
沈黙が落ちる。
その意味を、全員が理解していた。
「……赤城くん。」
御門さんの声は、わずかに低かった。
「じゃあ、その動機は何?」
赤城さんは吐き捨てるように言った。その表情には、露骨に苛立ちが浮かんでいる。
「……じゃあ、目的はなんなんですか。この街を狙ってる、とか……そういう話じゃないんですか。」
「だとしても、なんでこの街なんだという理由が出てくる。この街は魔術的にはほかの街と変わりはない、だから理由はそこじゃないんだ。」
「……やっぱり、霊獣を作ることに理由がありそうだよね。」
御門さんが呟く。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……いや。」
赤城さんが、低く言う。
「作ること自体は目的じゃない気がする。」
「え……?」
「効率が悪すぎる。リスクも高い。――やる理由が皆無だ。それでもやってるってことは、別の何かのためにやってる。……ただ、それが何なのかは分からない。」
「……じゃあ、俺たちは何を追えばいいんですか。」
俺の声は、思ったより低かった。
「簡単だ。――やってるヤツを捕まえて吐かせるしかない。それだけだ。」
返答は、単純だった。正体も、目的も分からない。組織なのか個人すらも不明な敵を探し出し、しかも捕まえる。簡単では無いことも理解しているが、それでも目的が定まった。
「ところで、その作ってる人にアテはあるの、赤城くん。」
「いや、無い。だが失踪事件と当てはめるならなんとかなる。」
といい、赤城さんは腰に着いている謎の装置からこの街の地図を取り出した。
「赤城さん、それ……なんですか。腰に着けてるやつは。」
「これか、公安の標準装備のカグヤレプリカG3だ。魔導具や物資等の格納に使う。外歩く時に剣なんか持ってたら通報されるからな。」
カグヤレプリカG3と呼ばれた腰の装備品。丁度手のひらに収まるくらいの大きさだ。とても、そんな大容量には見えない。
構造を考える暇もなく赤城さんは机の上に地図を広げた。その地図にはいくつか赤い印が打たれていた。
「赤城くん、これが失踪者の最後の目撃場所ってやつ?」
赤い印はどれもバラバラで一見法則性なんて無いように見える。
「あぁ、そうだ。法則性は無いが、共通点はある。」
「……これって、通学路。」
一つ、ただ一つだけ見慣れた道に印が打たれている。三年間、休まずに通った坂道。忘れるはずもない。
もし時間が違っていたら、被害に遭っていたのは自分だったかもしれない。
人で作られた霊獣。自分が見た、あの惨状。
――日常と非日常を隔てていた壁が、音もなく崩れていく。
「正解だ。そして、時間はどれも午後の七時以降、部活が終わるくらいの時間だから絞りやすい。次、失踪者が出るとしても同じ条件と考えていい。」
「赤城くん、ここからは協力して張り込み調査をしていこう。」
「あぁ、わかった。班分けを決めるか。」
赤城さんの視線が、こちらに向く。
「ところで、……そいつは使えるのか?」
俺が返答するよりも早く、御門さんが口を開いた。
「減速はもう実戦レベルだよ。」
「実戦レベル……まて、お前さっき通学路と言ったな。」
「はい、言いましたけど……」
「お前、初めて会った時――」
「赤城くん、それは……」
御門さんが割って入るが、赤城さんは構わず続ける。
「――御門に山で育ったって言われてなかったか。」
赤城さんは、睨むようにこちらを見つめる。思わず目を逸らしてしまう。しかし、それを追うように視線が俺に絡みついてくる。自分が元一般人で、つい二週間前まで魔術を知らなかっただなんて言えばどうなるか分からない。
「……まあいい。今はそこじゃない。」
そう言いながらも、赤城さんの視線はしばらく俺から離れなかった。
「は、班分け……しよっか赤城くんも、楓も。」
かく言う御門さんは気まずそうにしていた。
「あぁ、班と言っても俺と御門は単独でもいいだろう。」
赤城さんはそう言いながらも、一度だけこちらに視線を向けた。
「楓は、俺の後輩と組んでもらうがいいな。」
「……はい。」
是非を問う間もなく、決められた。知らない人と同じ班、不安でしかない。しかも、赤城さんの後輩となると、人物像は全く想像がつかなかった。
「うん、大丈夫。それで、肝心のその後輩の葵ちゃんは?また遅刻かな。」
「いや、違う。ちょっと負傷してな、復帰は二日後になりそうだ。だから、張り込みも二日後になってしまう。すまない。」
「いやいや、大丈夫。むしろ備えたいこととかあるから。」
「そうか、それじゃあ決まりだ。調査は二日後の18:30から。集合は18:00にこのビルだ。」
そう言い残し、赤城さんは部屋から出ていく。扉の閉まる音が、やけに大きく響いた。
「御門さん……」
「楓……」
「「バレたあああああああああああああああ!」」
◇
そこからの二日間は、御門さんと魔力強化、術式を中心に特訓をして過ごした。術式は、魔力強化ほどでは無いがスムーズに起動できるようになっていくのを感じる。
そして、二日目の夜に新しい技術である"結界術"の習得をする流れになった。
「よし、術式も魔力強化も最初に比べたらだいぶ上手になってる。だから次は、結界術をやっていくよ。」
「……結界術?それなら減速をするときにやりませんでした?」
「いや、厳密にはちがう。楓が今までやってきたのは術式結界と言って、応用技なんだ。これからやるのは術式を付与しない、無垢の結界だ。」
思い出せば、初めて減速を成功させた時にも同じようなことを言っていた様な気がする。
「その、無垢の結界っていうのは術式結界とは何が違うんですか。」
「よくぞ聞いてくれた!無垢の結界、通称防御結界とも言われているね。これは文字通り防御術だ。
結界に触れる、もしくは入った術式の効果を軽減する技術だよ。軽減できるのは魔術だけで、物理攻撃は軽減できないのは気をつけて。」
「わかりました。やり方って、減速と同じなんですか。」
「そう。だけど、術印には流さずにね。」
「やってみます。」
意識を内側へと落とす。
やり方は、減速の時と同じ。体を満たす純粋な魔力を、自身を中心に外側へと広げていく。減速の結界とは違い、頬に触れる空気は暖かく感じた。
結界の見た目も原則の時とは異なるものだった。減速の時は、青白い寒色系の色だったが今展開している結界は白い結界だった。
「成功だ、楓。防御結界も使えたらあとはもう心配は要らないな。もし、敵と接触しても大丈夫。」
「ありがとうございます。」
「楓、そしたら今日はもう解散だ。明日に備えてゆっくり休んでね。」
「はい、わかりました。それじゃあまた明日!」
廃ビルを抜けて、坂道を下っていく。魔術に触れてもう二週間か。そういえば、もうすぐ高校の部活に顔を出す頃合だ。
――■■に、連絡してみるか。
ちゃんと、顔を見て話せるかな。
骨を軋ませるような寒さが俺を非日常から日常へと落としていく。
◇
翌日17:45。予定の集合時間よりも早くビルに到着してしまった。ビルの壁によりかかって空を眺める。曇り空、冬ということもあり日が落ちるのは早かった。
「楓、早いね。」
「御門さんこそ……手に持ってるの、なんですか。」
「あぁ、これ?楓用の短剣とカグヤG3だよ。」
そう言い、御門さんは二つの魔導具を手渡した。霊獣を倒した時に用いた黒く染まった刀身が特徴の短剣と、カグヤレプリカG3。短剣はずっしりと重いが、カグヤはびっくりするほど軽かった。
「ありがとう、ございます……カグヤめちゃめちゃ軽いです。」
カグヤレプリカG3。形状は正五角形で、黒い筐体に金で装飾されている。中央には、黄色く発光する核のようなものが埋め込まれている。
「その、中心の光っているところから武器を取り出したり格納したりするんだよ。」
言われるがまま、カグヤの核に短剣を当ててみると、吸い込まれるように消えていった。
「え、これどうやって取り出すんですか。」
「何を取り出したいか考えながら核を軽く叩くんだよ。」
叩いてみると、本当に出てきた。ますます構造が理解できない。
「すごい、ですねこれ。」
「だよね、私もびっくり。あ、赤城くんたちが来る前に取り付けちゃいな。」
「わかりました。」
時刻は18:00丁度、赤城さんが茶髪のショートヘアの女性を引き連れてやってきた。
「御門さん、こんにちはー!そこの男の子が東雲楓くん!?」
「三輪、声がでかいぞ。」
「……ごめんなさい、センパイ。」
三輪と呼ばれた女は、どこか抜けているような印象だった。赤城さんのような硬い感じではなくて安心したが、あれはどこか心許ないような気がする。
「東雲くん、私は赤城センパイの後輩、三輪葵高等執行官です!よろしくね。」
「し、東雲楓です。御門さんの弟子やってます。」
軽く自己紹介を済ませ、赤城さんはこれからの行動について軽く話し始めた。
「これからは、班に別れて行動をする。目的は犯人の確保、そして動機と霊獣生成地点の特定だ。俺と御門は東区を単独で。東雲と三輪は共に西区を担当だ。
散開するのは、18:30だ。それまでは各自準備や装備の点検をしろ。」
「了解です!」
三輪は、やけに明るい声で返事をする。その声とは裏腹に、腰に差した武器を確認する手つきは妙に手慣れていた。
俺も、カグヤをしっかりと作動させられるか何度か短剣の出し入れや、実際の短剣の使用感を廃ビル裏の森で試したりした。
気付けば時刻は18:25。赤城さんが全員を招集する。
「これから、散開しそれぞれの持ち場へと移動する。戦闘及び魔術の使用は最低限にしろ、そして一般人へは被害は出すな。」
「……それと、あまり目立つな。」
赤城さんの視線は御門さんと三輪さんへ向いている。かく言う二人は気まずそうに目を逸らしていた。
「最後に、絶対に死ぬな。」




