第八節.願い
「東雲くん、本当にありがとう。助かったよ」
「いいえ、こちらこそ。最初、三輪さんが気付かなかったら死んでましたし、お互い様です。所で、三輪さんあの時なんで分かったんですか」
待っていましたと言わんばかりのドヤ顔をしている三輪さん。両手を腰に置き、足を大きく広げ鼻を高くしながらうんうんと頷いている。
「私の術式、感覚拡張だよ。簡単に言ったら、視覚、聴覚などを含めた五感だけじゃなくて、感覚だったり、魔力を感じる範囲だったりをめちゃくちゃ強化してくれる術式だよ」
「あ、じゃあ俺が減速を展開させた時寸前で仕留められたのもそれが関係してたんですね」
「そうだよん!」
そう言い、三輪さんは右手で自慢げに指を鳴らした。その音と共に、三輪さんが口にした亜界というものが消え元の通学路が戻ってきた。
気付けば、腕時計の針は19:15を指していた。空は先刻よりも暗くなり、曇り空は晴れ月と星々が夜空を彩っている。
「そういえば、さっきのその亜界っていうやつはなんなんですか」
再び指定された通学路を巡回しながら三輪さんに問いかける。火照った体に夜風が流れる。凍えるような寒さも、今この瞬間だけは心地よく感じた。
「うーん、簡単に言ったら一般人や建物に被害を出さないための特別な結界かな。あの中で発生することは全て中にいる魔術師だけに反映されるよ。仕組みは、難しいから今度教えてあげる。」
「すごいです……なんかもう、現実離れしてて想像もできません。そういうもの、っていう認識でいいですかね」
「そんなもんで全然いいよ。私も、実際よくわかんないし」
「わかりました……魔術って、難しいですね」
今は、これが精一杯の返答だった。やっぱり、まだ俺にとって魔術とはどこか現実離れしている。一般人の感覚が抜け切っていないことを実感した。
「ところでさ、東雲くんって学校だとどんな感じなの、友達とかいた」
友達、そう呼べる人はいなかった。なんせ、ずっと陸上と向き合い続けていたんだ。そのせいで、クラスの人とも馴染めなかった。かと言って部内では、ずっと■■に勝てるかどうかを一心に走ってきた。
ただ、友達がいない事に後悔はなかった。少なくとも走っている間は迷いも悩みも、満足のいかない現実も全部、振り切れるような気がしたからだ。
「そう、ですね……友達は多い方では無かったです。ただずっと部活に打ち込んでました」
「あ、やっぱり?」
失礼すぎる。確かに、後悔はないが気にはしていた。
「失礼ですよ。俺、部活はやっていましたからある程度は充実してましたよ……友達いなくても」
「そっかそっか、ごめんね」
少し気まずそうに謝る三輪さん。
巡回して少し経った後、トランシーバが鳴った。
『赤城だ、今日の調査報告をする。一旦廃ビルに集まってくれ。』
「「はい!」」
俺と三輪さんは、特段怪我をすることなく無事に調査を終了することができた。しかし、俺達は気付いていなかった。この時から既に、全てが仕組まれていたということを。
20:15 廃ビル集合
「三輪ちゃんも、楓もおかえり。」
「戻りましたー」
「あっ御門さんだーー」
「全員揃ったな。それじゃあわかったこととか、何か気付いたやつはいるか」
廃ビル前の外、赤城さんの冷たく低い声が響く。しかし、その問いかけに返答はなく沈黙が流れる。
「……やっぱりか。そしたら、霊獣には遭遇したか」
「私は、一体だけだよ」
「私と楓くんは二体と戦ったよ」
「それらには、なんにも異常は無かったんだな」
御門さん、三輪さんの三人で顔を見合わせる。お互いに何も異常はなかったよな、という認識だった。俺としても、特筆すべき点はなかったように見える。
「流石に、一日目で何か出てくるなんて期待していなかったが……それじゃあ、今日は解散だ。明日も同じ班、同じ場所で張り込みをする」
「「「はーい」」」
◇
俺と楓は歪なライバル関係だった。始まりは小学校五年生のときだ。俺が転校してきて、最初の体力テスト。
百メートル走、俺は楓に負けた。その時楓に言われた言葉を今でも覚えている。
『あんた、走るのには自信あるって言ってた割に……』
『遅いね。』
俺は小さい頃から、走る事だけには自信があった。事実前いた小学校では、高学年含め俺よりも速い奴なんていなかった。
だからこそ、その言葉は俺の胸に深く刻まれた。
それからの俺は、狂ったように走り続けた。毎日毎日、狂気とも呼べる執念で何キロも走り続け、その年の九月。体育祭の日だ。
この小学校では、体育祭のトリで四年生以上の学年で一位を決める種目がある。今年の種目が百メートル走。学年からは二人ずつ出場し、合計六人で競う。五年の出場者は俺と楓。
勝負は一瞬だった。狂気的な執念が、追い続けていた楓という絶対王者を凌駕した。あの時のあの瞬間、悔しさに顔を歪める楓の顔を見て、思ってしまった。
——気持ちいい、と。
その頃からだ。楓は、俺の名前を呼ばなくなった。目も、合わせなくなったのを覚えている。
それからは、走る理由が楓に勝ちたいという理由からあの表情をもう何度でも見たいというこの上なく不健全な理由で走り続けた。もちろん、負けたくないという感情はあったが、前者が走る理由の殆どを占めていた。
練習量も、自然と増えていった。毎日、暇さえあれば走り続け走れない時は体力トレーニング。寝る間も惜しんで身体を改造した。
その結果、俺の才能は劣化した。
無理に続けた練習の果てに、足に常に慢性的な痛みを抱えるだけでなく。トップスピードに至るまでが遅くなった。
俺の選手としての機能は完全に停止した。
それを、楓に話した時は『ああ、そうか』といった淡白なものだった。嬉しむ様子も、悔しがる様子も何も見せずただただ頷くだけ。
寒空の下、そんなことを思い出しながら散歩をしていた。陸上を辞めた今でも、あの時の習慣は変わらなかった。毎日同じ時間に走るという、日課。
今は、足を気にして散歩という形になってしまったが。
「もう一度、走りたい……楓と」
吐いた願いは白く染まり、宙に滞留する。しばらく適当に歩くと、見慣れない廃ビルが見えてきた。八年くらいこの街に住んでいるが、一度も見た事のない場所だ。
入口付近に、四つ影が見える。住宅街の雰囲気も相まって、それらは不良の集まりに感じる。面倒事にはあまり関わりたくないため、足早にその場を後にする。
◇翌日
次の日も、三輪さんと一緒に高校周辺の張り込みをした。遭遇した霊獣は昨日とは違い一体のみだ。やはりここら辺はもう、夜になると人通りが本当に少なくなっている。立ち並ぶ家々ら零れる微かな明かりと、街灯の小さな光源が路地を照らしている。
「三輪さん、今日は一体だけですかね」
「だといいねー、霊獣と戦うのは危険だし。今日はこれだけだといいけど」
張り込みながら、三輪さんと会話をする。しかしお互いに神経を尖らせ、周りを警戒している。空気が張り詰めるのを感じながらも、気持ちはどこか穏やかだった。
◇Said:赤城
展開した亜界の中で一匹の烏が、獣と凌ぎを削っている。実力は拮抗している。互いにあと一歩必殺の一撃が足りない。
この霊獣は今までとは少し見た目が異なる。今までは四足歩行や鳥型の霊獣が多数を占めていた。しかし今回のは、どちらかと言うと昆虫……もっと言えばムカデのような見た目をしている。
硬い甲殻に覆われており、刃が通らない。そして、節から触手のようなものを伸ばし攻撃してくる。職種の先端は尖っていたり、刃のように鋭利なものもあるなど一様ではない。
「チッ……使うか。術式解放」
赤城晃一の術式、紫電。それは、自身が指定した空間一体の魔力属性を強制的に、雷属性へと変換し雷属性魔術全般を強化する。
この術式の本質は、空間の魔力属性を塗り替えることである。通常、魔力には属性は存在せず言わば無属性である。そのため、あらゆる魔術師が属性魔術を行使する際には一度取り込みその後、任意の属性へ変換する。
しかし、術式紫電は大気の魔力を全て雷属性へと変換する。然るに、雷属性から無属性、そして任意の属性へと変換するというラグが発生する。
したがって、雷属性以外を使用する者には魔術の発動時間を一時的に遅延し、雷属性を使用する魔術師には術式発動のラグ軽減、術式威力上昇、魔力効率の上昇を及ぼす、空間支配型の術式である。
「こいつに使っても、あまり効果はないが……これで決定機が作れる」
霊獣と一気に距離を取り剣を構える。姿勢を低くし頭を下げる。右足を前に、左足を下げ目を瞑る。
全感覚を耳に集中させる。
「榊原流剣技………」
ここだ。顔を上げ、眼前に迫る霊獣を視界に捉える。地面を蹴り、音を越える。
「紫電一閃」
剣を振ると共に、霊獣の認識の一歩上へ。霊獣は、斬撃を認識出来ず、ただただ斬られていた。背後で獣の断末魔が聞こえる。剣の刃に纏わる体液を拭き取り、カグヤに格納する。
「強力な霊獣だった。術式を使わないといけないほどは、ここに来てから初めてだ。」
灰になっていく霊獣を背景に、亜界を解く。結界が完全に消える時には、背景は新たな刺客に切り替わっていた。
「……は。」
◇side.御門
一言で表すなら暇だ。路地は静まり返り、誰の影も映らない。街灯が映し出す影は、一人だけ。私だ。
怪しい人物はおろか、霊獣すら出てこない。どれだけ神経を研ぎ澄ませても、聞こえてくるのは、感知するのは無。
「なんにも、やることないな……」
ジジジっというノイズが、トランシーバから聞こえ反応する。
『御門、第一高校前に来い。命令だ、増援が欲しい』
「……まじか」
思わず焦りで笑ってしまう。赤城は特等だ。特等であれば大抵の霊獣には単独で対処できる。それが増援を要請するだなんて。
候補は三つ。一つ、強力な霊獣と大敵。二つ、敵と接触。三つ、敵に拘束。
この際どれでもいい。赤城の下へ駆け出していた。
◇side.楓、三輪
時計の針は19:30を指している。あと三十分で今日の張り込みは終了だ。
「楓くん、もうすぐ終わりだね」
「はい。このまま、何も起きないといいですけど」
「え、楓……」
ふと、背中から聞き慣れた声が聞こえ振り返る。そこには、小■が立っていた。
「何してんだ、その人誰?」
「あ、この人は親戚で……ちょっと散歩してたんだ。」
「ど、どうもー三輪葵ですー」
「そっか……ここら辺最近物騒だから気を付けろよ。三輪さんも、お若いんですから、気を付けてください」
そう言い、■■は去っていく。相変わらず俺は、顔も見れないし名前も言えないままだった。三輪さんが口を開いたのは■■が二百メートルほど進んだところ、十字路に差し掛かった辺りだった。
「あの子、東雲くんの知り合い?」
「はい、高校の——」
言い切るよりも早く、十字路から一閃。空気を裂く音と共に、何かが小泉へと襲いかかった。
直視できなかったアイツの顔が、脳裏に浮かぶ。
呼べなかったはずの名前が、喉元までせり上がる。気付いた時には、その名を叫んでいた。
「小泉!」
考えるより速く、思考を肉体が追い越した。視界で捉えた獣を凌駕する速度で、予期した現実を踏破する。
夜は静かに、運命に牙を剥く。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
もしよろしければ感想やリアクションをしていただけるとこれからの創作の励みになりますので、お時間がある際にでもしていただけると嬉しいです!




