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第四節.術式

 昨日とは売って変わって、晴天。澄み渡る空と燦々と煌めく太陽とは裏腹に、冷たい空気が頬を撫でる。一昨日と同じ道を辿り、廃ビルへと辿り着く。腕時計の針は、午前十時を指している。御門さんが指定した時間ちょうどだ。


 廃ビルの扉を叩き、中に入る。


「こんにちはー、御門さんいますか。」


 返答はない。発した言葉は、コンクリートに反響し閑な空間に溶け込んでいく。


「――いないのか。」


 小さく息を吐き、ビルの中を進んで行く。ビルの構造は、三階建てで屋上付きの小さなビルだ。中央には螺旋階段が設置されている。壁や床は所々汚れやひびが目立つが、比較的綺麗だ。


 螺旋階段を上り、二階へ。二階は一階とは違い螺旋階段を中心として、左右の部屋に分かれていた。それぞれの部屋はどれも鍵が掛かっていて開く様子はないため、三階へと登ろうとした時――


「楓ーごめんごめん、今着いたー戻ってきてー」


「わかりましたー」


 閑かなビルに、二つの声が反響する。

 螺旋階段を、足早に降りていき下で待っていた御門さんと対面する。


「楓、もしかしてあの後魔力強化成功した?」


「はい、少しだけですけど……動いたら途切れちゃうんですよね。」


 昨日の夜の出来事を思い出す。あの時は()()()()()()()()というより、()()()()()()()という感覚が近かった 。御門さんの言う様に、魔術はやはりイメージが重要らしい。


「今、できるかな。」


「試してみます。」


 イメージは全身を満たす熱。意識を内側へと移し昨日の感覚を思い出す。心臓を中心に、少しずつ全身を熱で満たす。風呂で何も考えず湯船に沈んでいく感覚。春の暖かな日差しの下でまどろむような心地良さ。熱で満たされた身体は、ただただ安らかだ。


 内側に向けられた意識を引き上げると御門さんと目が合った。


「すごいね、楓。そのまま、歩ける?」


「やってみます。」


 足を上げ、一歩踏み出す。しかし、地に足がつくと同時に、満たされた熱は身体から溶けだしていった。


 「楓はまだ、()()()使()()()()()()っていう感覚なんだろう。でも、魔力も言ってしまえば人間の身体機能の一部、呼吸するのと同じだよ。」


 身体機能の一部、か。

 身体に新しい器官を付けられて使い方も分からないモノを完璧に扱うようにしろと言われるようなものだ。


「もう一度、最初みたいに魔力強化できる?」


「はい。」


 再び意識を内側へ。先程と同じ手順を踏んだ後、身体は熱で満たされた。


「その状態で、指とか手とか動かせる?」


「……やってみます。」


 開いた拳を、握り締めてみる。普段の感覚とはまるで違う。思うように動かせない。痛くもないし、痒くもない、ただひたすらに()()()()


「もう少し、頑張って。」


 発された言葉は届かない。やっとの思いで、拳を握り締めた時には全身に汗をかいている。それでも、熱は依然として俺の身体を満たしている。


 「すごいじゃん、楓。あとはその感覚を忘れずに、少しずつでいいから体を動かせるようにしようか。」


「……まだ、全然ですね。」


 体の力を抜いていくと共に熱は身体から溶け出ていく。あまりの疲労感に、思わず床に座り込んでしまった。


「楓、大丈夫?ちょっと休憩しよっか。」


「ありがとう、ございます……」



 御門さんは、椅子をふたつ持って俺の方へと歩み寄る。差し出された椅子に座り、息を整えた。


「御門さん、俺って確か()()っていう術式しか使えないんでしたよね、御門さんは何の術式を扱うんですか。」


「私はちょっと特殊でね、審判の魔眼っていう能力が使えるんだ。あと、この前霊獣に使った光矢っていう光を操る術式だよ。」


 魔眼、聞いたことはある。フィクションでしか出てこないような特殊能力だ。


「その魔眼ってどういう能力なんですか。」


「簡単に言えば、視た対象の術式とか、魔力の流れを読み取れる。楓の術式の適性が分かったのもこれだよ。」


「めちゃめちゃ強いですね。」


 クスクスと御門さんは微笑んでいる。


「でも、万能って訳じゃないんだ。術式を読み解けても、練度は読み解けない。それに、魔力の流れは情報量も多いから結構すぐ疲弊しちゃう。」


「そういえば、御門さんってずっと魔術師なんですか」


「そうだね、元々魔術師の家系だったんだけど今はちょっと縁が切れちゃっているんだ」


 軽い口調だが、その笑みはどこかぎこちなかった。


「なんか、ごめんなさい。」


「いやいや、全然気にしないで良いよ。それなりに前のことだからさ。」


「――さて、そろそろ今日の本題に入ろうか。」


 御門さんは、椅子から立ち上がりこう言った。


「術式、やるよ。」



 先日と同じ、廃ビルの裏にある開けた空間へと出る。御門さんは、『先に出ててー』と言った後にビルの二階へ行ってしまった。


「ごめんね、楓。ちょっと必要なものがあってね。」


 走ってきた御門さんは分厚い本を抱えている。


「……なんですか、それ」


「魔導書だよ、術式が色々載ってる。」


 一拍置き、御門さんは話を進める。


「術式っていうのは、そのままじゃ使えないんだ。」


「どういうことですか。」


「身体に、刻む必要がある。()()()()、通称()()っていうやつをね。」


 一瞬、言葉を区切る。


「その術印ってやつを、今から楓に刻むよ。」


 思わず息を呑む。もう、引き返すことは、一般人として生きることはできない。


「それじゃあ、服脱いで。」


「……はい。」


 一月の青空の下、上半身のみ肌を出す。肌を刺すような冷気が、容赦なく体の熱を奪っていく。正直な話、早く終わって欲しいと心の底から願ったのは言うまでもない。


「……それじゃあ、刻むよ。」


 この前と同じ、御門さんのひんやりとした手が背中に触れる。直後、全神経を直接炙るような激痛が走る。喉が震えるだけで、声は出ない。

 呼吸が乱れ、視界が揺れる。途切れそうな思考を、細い糸で繋ぎ止める。


「ごめん、楓……もう少し耐えて。」


 鋭い熱が、背中を這い回るように広がっていく。生き地獄とは、まさにこの事だろう。汗と涙が止まらない。奪われた熱が、痛みと共に身体へと戻っていく。


「……終わったよ。痛かったよね、ごめんね。」


 残る痛みに顔を歪めながら立ち上がる。


「……なんとか。」


 服を整えた頃には、身体の痛みは消えていた。残っているのは背中にある違和感のみ。


「どう、なんか変わった感じしない?」


「そうですね。背中全体に何か張り付いているような、ムズ痒い感覚がします。」


「そしたら、そこに魔力を流してみて。」


 『多分できるから』と付け足し、御門さんは笑顔で俺の背中に指さす。


「やってみます。」


 意識を、内側から背中へ向ける。全身を満たす熱を背中の異物に移すと共に段々と、身体が軽くなっていく。異物の熱を満たす寸前――何かが弾けた。


「えっ」


 心臓の鼓動、身体を巡る血液、異物を満たしていく熱の全てが等しく()()している。背中の何かが熱を喰らって膨れ上がる。視界が、遅れる。


「楓、魔力切って!」


「え、待っ――」


 一歩踏み出したと理解した時には、眼前の巨木を薙ぎ倒し、それと同時に意識を手放した。



 全身の痛みと共に目が覚める。目の前にあった巨木は自身の隣に横たわっている。


「え、なにこれ……」


「楓!大丈夫!?」


 どうやら、気を失ったのは一瞬だけだったらしい。自分の身に何があったのかが思い出せない。背中の異物に熱を流した直後の記憶が曖昧だ。


「……楓、」


「御門さん、何が起きたんですか。」


「楓は、いきなり加速してあの木に激突したんだ。怪我、無いの?」


「痛みはありますけど、怪我は無さそうです。」


 魔力強化が成功したのか、本当に怪我がない。


「怪我が無いのは良かったよ、でもやっぱり最初から加速は難しかったかな。」


「加速?遅くすることもできるんですか。」


「うん、変速は物体の速度操作。早くすることも、遅くすることもできるよ。一速が減速、二速から十速が加速だ。まずは、減速から始めて術式の制御を覚えようか。」



 慣れないベッドの上で赤城 晃一は目を開ける。時計は午前十一時を指している。昨日の疲れからか、遅い時間に起きてしまった。


 昨日の夜は、控えめに言って地獄だった。溢れる霊獣と、三輪 葵の負傷が重なったことで苦戦を強いられた。この街に来てから討伐した霊獣は三十六体。特等に上がって二年だが、准特務へ昇格するのはほぼ確実と言って良いだろう。それも、生き延びればの話だが。


 一旦三輪は三日ほど休養を取ってもらい、その間俺一人で霊獣を狩らなければならない。いや、御門が居るが頼りないため、情報共有以外であまり関わらないようにしているが、この際なりふり構っていられない。


「……今夜、様子を見に行くか。」


 最重要は事件の解決。しかし、最優先事項は一般人へ被害を最小限にすること、魔術の秘匿だ。


――本当に、謎の方が多い事件だ。


 わかっているのは半年以上前から霊獣の異常増殖と、それがこの霞坂市のみに限定されているということだけ。

 それ以外は何も掴めていない。偶発的なものなのか、それとも人為的なものなのかすら分からない。


 霊獣は人為的に生成することはできる。だが、その行為に意味は無い。霊獣の生成には、生物の魂を消費する必要があり、それに生成した霊獣に殺される危険すらあるのだ。

「つくづく、意味のわからない事件だ。」


――連続少年少女失踪事件――


 この街に来る前に、一通り調べた資料の中にあったものだ。そして、霊獣は失踪事件が表面化してきた二ヶ月後から現れ始めている。無関係とは思えないが、動機が見えない。


 こんな時に限ってなぜ、特等の俺と高等の三輪の二人しか派遣されないんだ。特務か准特務くらい寄越して欲しいものだ。公安の慢性的な人手不足に頭を抱えながら思考を続ける。


 分からないのは、動機だ。


 見えない答えを考えても無駄だ。公安に増援を要請し、夜に備えてもう一度眠りにつく。


 意識は沈んでいき、途切れた思考は闇へと消えていく。僅かな疑念を残して。

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