第六節.最終ミーティング
「全員、揃ったな……」
一ヶ月半前と同じ会議室。ピリついた空気が室内を支配している。
「これより、最終ミーティングを開始する」
浅上特務執行官の一言により、最終ミーティングが始まった。
心なしか着席している他の執行官の表情も、暗い人が多い気がする。
「次の作戦、『第三拠点掃討作戦』まで残り約二週間だ。直前にはなってしまったが作戦概要の変更がある。該当部隊には事前に伝えといたが、全体での共有がまだだったのでこの場を借りて他の隊員にも伝えようと思う」
スクリーンに映し出されたのは、以前の作戦会議でも使用された各部隊の配置図だ。
「元々、第一部隊が先攻部隊だったが二週間前に本部にリークがあった。八咫烏の霊骸実験の成功と、それに伴う八咫烏内での新部隊の設立だ」
霊骸……まさか、颯が被験体になってしまったあの実験が成功したのか。
「この新部隊の設立を加味し、先攻部隊を宇井 雁亜 准特務執行官率いる第一部隊から鳴上 恵斗 特務執行官率いる第三部隊へ変更することとなった。第三、第四部隊は把握しといてくれ」
「——以上の変更に伴い、第三部隊が正面から敵主力を破砕、第一部隊と第三部隊が本隊として残存勢力を叩く」
浅上特務の冷徹な声が会議室に響く。
スクリーンの配置図が更新され、赤い矢印が不気味に動きを変えた。
「敵の新部隊……霊獣核を組み込んだ霊骸の詳細は不明だが、従来の魔術師とは比較にならない戦闘力を有しているとみられる。各員、決して油断するな」
隣に座る有間さんの横顔を見ると、いつもの余裕のある笑みは消え、険しい眼光でスクリーンを見つめていた。天野班長も無言のまま手帳にメモを走らせている。
「そして第四部隊——天野班を主軸とする遊撃隊は、主戦場の歪みを埋める即応戦力として動いてもらう。各部隊の通信途絶、あるいは幹部級の強襲に際しては、即座に現場へ急行せよ」
「「了解」」
「……説明は以上だ。質問がなければ解散。残り二週間、各自万全の準備を整えておけ」
浅上特務がそう締めくくると、会議室は重苦しい静寂に包まれた。
席を立つ執行官たちの背中には、これから向かう死地への覚悟と、かすかな悲壮感が漂っている。
◇
「天野班各員、今日から二週間はオフだ。自由に過ごせ」
「「「「「はい」」」」」
どこか強張った表情の天野さん。無理もない、先日天野班長が言っていた『今回の規模の任務は、初めてなんだ』という言葉を思い出す。
きっと、天野班長も緊張しているのだと確信した。
「それじゃ、二週間後任務の時に会おう」
ぎこちない笑顔でそう告げ、天野班長は班員達に背中を見せた。他の班員も、それぞれ言葉を交わしながら会議室を去っていく。天野班で取り残されたのは、俺と雨だけだった。
「みんな、言っちゃったね」
「あぁ、そうだな。俺たちもいくか?」
「楓ー!」
雨と、帰ろうかと話していたら背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「慎也!」
「羽崎くん、久しぶりです!」
「二人とも久しぶりだな!」
久しぶりに見る慎也は修練院の時とは違う面構えだった。この二ヶ月で、彼もまた成長したのだと実感させる。それだけじゃない、彼のトレードマークだった赤毛のスパイキーショートが赤毛のセンターパートへと変わっていた。毛先は、相変わらずトゲトゲいているが……
「お、東雲と雨ちゃん。それに、慎也もいるじゃん」
さらに後ろからは朝日も現れた。
朝日は相変わらず変わっていないようだった。
「いやー、久しぶりだな!四人で話すなんて」
「ここで話すのもあれだしさー、場所変えよーよ!」
「賛成です!」
「あぁ、俺も賛成だ」
◇新宿駅前 Cafe Überschneidung-ユーバーシュナイン-
「俺はホットブレンドと、ハニーベリーパイ一つでおなしゃすっ!」
「アタシは、ホットシングル一つとチョコスコーンセットで」
「私はホットココアとバニラジェラート一つ」
「俺はホットカフェラテとガトーショコラセットで」
カフェの店員さんは、小さくお辞儀をしてキッチンへと戻っていく。
ここのカフェは、公安の局員がよく利用していると佐野さんが言っていたのを思い出す。確かに、店の装飾もアンティーク調で、いかにも中世の魔術師が使用する工房のようだ。
「にしても、いい雰囲気だな。よくこんなの知ってるよ、楓」
「それなっ!楓っち、センスいいねぇ〜」
「俺も来るのは初めてだよ。前に、先輩が言ってたからさ」
あと二週間で、この中の誰かが死ぬかもしれないというのに呑気な様子の慎也と朝日。こっちは、心配で気が気がじゃないのに……
「なんだ楓、怖いのか?」
「そりゃそうだろ、だって誰か死んじゃうかもしれないんだから。この四人の中からさ」
俺がそう言うと、三人は黙ってしまった。
「大丈夫だよ、楓っち!ウチと慎也はトップ5以内で修練院卒業したんだからさ!」
「……だとしても、私も心配です」
「なんとかなる、きっと大丈夫だ。俺は絶対に死なないからさ、意地汚く生き残ってやるよ」
ニカっと笑う慎也と、それに相槌を打つ朝日。楽観的なのか、それとも揺るがない自信なのか。はたまた、不安な俺と雨を安心させるための痩せ我慢なのか、どちらにせよ俺は二人の強さに当てられ少しは不安は和らいだ。
「ほら、ちょうど到着したぞ」
慎也が注文したメニューから順番に配膳されていく。
慎也、朝日、雨、最後に俺。
初秋の冷めた風により、奪われた体温は少しづつ口に運ぶカフェラテによって徐々に温かくなっていく。
——任務開始まで、残り15日。
Interlude.
「……死にたく、ない」
温かいお茶を飲んでも、布団を深くかぶっても寝付けない。
彼女を支配していたのは紛れもない、恐怖だ。
朝日 陽。彼女は両親ともに魔術師ではあったが、魔術師の家系の中では比較的自由に過ごしていた。つまり、魔術師の戦いというものを彼女は知らない。
魔術師同士の戦いとは、神秘と神秘の押し付け合い。はっきり言えば自身の家系こそが、自身の魔術こそが優秀であるということを証明する戦いだ。
彼女の両親は、魔術師として現代社会に馴染むことに関しては100点だ。しかし、自身の娘に魔術を継承していく者としては下の下。
「……怖いよ、どうしたらいいの」
行き場のない恐怖。消す方法は存在しない。
あるとすれば、それは——逃れられない戦いを以てしての克服である。




