第五節.一ヶ月の研鑽
◇その日の夜。
【対象】
東雲 楓
【経歴】
2020年、1月に霞坂市にて霊獣と遭遇。殺害される直前に魔術師・御門 玲奈に救出される。その後、彼女が東雲楓に魔術の指南を開始。
使用する術式は《変速》。一般人とは思えない適性を看破され、事件解決の二月末時点では四速までの使用を確認。また、修練院卒業時点では第五速の使用も確認している。
そして、事件の主犯である久遠 織の保有していた実験施設にて彼の友人であり実験の被験者・小泉 颯と対峙。激闘の末、小泉 颯を殺害。
彼の遺体は第一式位の霊装・ハヤテに加工され、東雲 楓がそれを保有。
【追記】
彼の《変速》への適性は、並の魔術師を遥かに凌駕しており、単純な術式の性能では鳴上 恵斗 特務執行官の保有する《雷刻》と同等と予測される。
——事前資料:東雲 楓に関する特筆事項より
事前に天野班に配布されていた、東雲楓の資料。
「改めて見ても、すごいな……」
薄暗い一室で、佐々木は感傷に浸っていた。
十八歳にして、魔術と出会いそこからの怒涛の一ヶ月。彼が目を見張ったのは、『小泉 颯を殺害』この一文だった。まだ、任務による殺人を経験していない彼にとって殺人は、そしてその相手が自身の旧友であったという事実がどうしても胸に重くのしかかっていた。
「東雲くん……」
薄暗い一室。コーヒーの蒸気が間接照明を反射する。
「それにしても、術式性能が鳴上特務と同等だなんてすごいな。使う人によって、ここまで術式の差が開くなんて……」
術式。それは、後付けの魔術的身体機能だ。
もちろん、適性が存在する。それによって、同じ術式だとしても威力が異なってくる。それだけじゃない、使用者の術式への解釈や捉え方によっては術式の指向性や性能すら変わってしまう。その点において、東雲 楓が扱う《変速》はその特徴を大きく捉えている。
通常、変速は十速で普通自動車程のスピードを出せる。しかし、彼は本来の十速を五速で繰り出しているという異常さ。
「ポテンシャル、将来性だけなら鳴上特務執行官を超えるぞ……」
「……はぁ、羨ましいな」
冷めたコーヒーを啜る佐々木。
有間や東雲との、才能の差。早くも後輩に自分を抜かれてしまいそうな不安や焦りが、彼を支配していた。
「……不味い」
間接照明を消し毛布を被る。
カフェインにより覚醒した脳が、彼を眠りへ逃避することを許さなかった。
◇一ヶ月後
天野班に配属されてから一ヶ月、日を重ねるごとに訓練は過酷になっていった。それにより、班員の人との連携や信頼関係の構築によって戦術的に強くなった。
それだけじゃない、有間さんや天野さん。佐々木さんのアドバイスによって俺自身の戦い方のバリエーションが増えた気がする。
「東雲、右だ!」
「はいっ!」
佐々木さんが取りこぼしたホムンクルスの頭を変速を付与した短剣で破壊する。それと同時、左から迫るホムンクルスをハヤテで切り倒す。
「ナイス、東雲!」
「すごいよ、東雲くん!」
「あざますっ!」
班のボルテージが上がっていくとともにホムンクルスの数も多くなっていく。必然、回避できる攻撃は少なくなっていった。
「……くっ!」
「楓くん、治癒です!」
「っ!?……雨、ありがとう!」
浅い傷でも、多くなれば動きが鈍る。雨も、この一ヶ月で自身の上手な立ち回りを覚えたようだ。
「東雲、よそ見してると足元掬われるぞ」
「え?」
背後に迫る影、反応が遅れた。
「そのまま屈んでな!……風刃!」
佐々木さんの声が聞こえたとほぼ同時に、ホムンクルスは上半身と下半身真っ二つに分かれ地面に転がっていた。
「ありがとうございます、佐々木さん!」
「遅れるぞ、東雲!」
「はいっ!」
◇
「天野、少しいいか?」
「赤城か、久しぶりだな」
訓練後、局内で事務作業をしていた天野に声を掛けたのは赤城 晃一だった。
場所を移して屋上。時刻は八時を回り、夏の星々が夜空を彩っている。
「同期だと、お前が一番階級高いよな赤城。それに、三十五で准特務もすごいよ」
「そう言えばそうだな。確かに、ちゃんとやっている方かもな」
缶コーヒーを飲みながら交わす、他愛のない会話。任務や、事後作業により同期とはいえど修練院卒業後は同期との関わりは薄くなるものだ。しかも上級執行官二人にとって業務外での関わりとなればほとんどなくなってしまうのは必然だ。
失った時間を取り戻すように、会話は続く。
「そう言えば、東雲……東雲 楓はどんな感じだ?」
「東雲……あいつはすごいよ。ウチの班はそこそこレベルは高いと自負してるが、必死に食らいつこうとしてる。二年もしないで高等に昇進するんじゃないかな」
天野の言葉を聞いて安心したのか、赤城は大きく息を吐き吸っていたタバコの火をもみ消した。
「よかった、ちゃんとやっていけてるのか……」
「それにしても、あいつの変速はどうなってるんだ?」
「俺もわからんよ、身辺調査とか色々してもあいつの家系に少なくとも魔術師はいない。魔人歴まではわからないが、少なくとも人歴以降は一般人だ」
「突然変異、ってことか」
「そうなるな」
小さい缶コーヒーを飲み干し、赤城は席を立った。
「またな、天野。俺はまだ仕事残っててな、また今度会おう」
「じゃあな、赤城。私は明日も班の訓練があるから今日は帰るよ」
「そうか、お疲れ様」
「あぁ、赤城も頑張れよ」
——任務開始まで、残り30日。




