第七節.八咫烏第三拠点掃討作戦
標高八百メートル。福島県北西部の山間に位置する廃リゾートホテル跡地は、冷たい秋雨と深い霧によって視界を奪われていた。
かつて観光客で賑わった建造物は廃墟と化し、世界の再編を目論む傲慢な魔術師達の牙城と成り果てた。
雨音だけが静かに響く夜の森の中、四百名を超える執行官たちが完璧な沈黙を守りながら包囲網を敷いている。
作戦の先鋒を務めるのは、特務執行官・鳴上恵斗率いる第三部隊。正面出口および主要な搬入口を力づくで破砕し、敵の防衛線を内部から崩壊させる役目だ。その背後には宇井准特務率いる第一部隊、そして第二部隊が本隊として展開し、逃亡を図る残党の退路を完全に断つ陣形を整えている。
そして、戦場の「歪み」を埋めるべく配置された第四部隊——天野班。
最後に、森の外側から戦場を俯瞰する、部隊の総指揮を務める公安第一課・部隊指揮班十名。
鬱蒼とした木々に身を隠しながら、天野班の面々はそれぞれが静かに呼吸を整えていた。
班長である天野は冷徹な指揮官の眼差しで広大な廃墟を見据えている。その傍らでは、有間が普段の軽薄さを完全に削ぎ落とした鋭い両眼で刃を構えている。佐々木は自身の装備を何度も確かめ、佐野は眼鏡の奥の瞳に静かな覚悟を宿しながら術式の起動準備を完了させていた。
天野班の中衛として構える東雲楓は、身に纏う黒いコートの裾を濡らしながら、腰に下げた第一式位の霊装の柄にそっと手を添える。
隣に並ぶ雨の指先が、緊張からわずかに震えているのが分かった。しかし、彼女の瞳には怯えを押し殺した強い意志が宿っている。
(——生きて帰る。全員で)
数日前に新宿の小さな喫茶店で交わした、慎也や朝日たちとの他愛もない時間。
温かいカフェラテの味と、強がり混じりに笑っていた友の顔が、楓の脳裏を過る。
死線の恐怖は消えない。だが、それを上回る確かな絆と誓いが、彼の脚を強く地面に踏みしめさせていた。
無機質な作戦開始のシグナルが、全隊員の耳元に仕込まれた通信機から同時に鳴り響く。
天野が静かに右手を掲げ、そして短く振り下ろした。
濡れた葉を揺らし、無数の影が一斉に跳躍する。
死地へと向かう者たちの足音が、雨音を切り裂いて森の闇へと消えていく。
──八咫烏第三拠点掃討作戦、開始。




