第一節.はじまり・戴冠式
フランス、ヴァンセンヌ城。
魔導連盟の最重要拠点であり、この世界での魔術の聖地でもある。
薄雲が、満月を覆っている。
「君が、黒崎 耀であってるよね」
「……あ?」
「おーこわいこわい。そんなにガン飛ばすなよ、ビックリしちゃうだろう」
冷徹な少年の態度とは裏腹に、飄々とした女。
「きみさ、今のこの世界。不満しかないでしょ」
「どういう意味だ」
「若干十五にして、魔導連盟の冠位階梯魔術師に選ばれて、そのあとは行動の全てを制限されてるって生きにくくない?」
「……」
女の問いに、少年は答えない。
「答えないってことは、そういうことだよね。じゃあお願い。一緒にさ、こんなクソみたいな世界ぶっ壊さない?」
「寄るな、女!」
少年の声と共に顕現する二つの黒い靄。
実体は朧げで、靄の全容は掴めない。
「……王の遺物か、業が深い術式だ」
ボソッと呟く女のセリフに、少年は答えない。紫紺の瞳が彼女へ向けるのは警戒のみ。
「これ以上、オレに近づいたらブチ殺すぞ」
バキ、と自身の人差し指を鳴らす音が響く。
「この世界は不自由だと思わない?神秘は影に沈み、くだらない論理で溢れてる。私たちは世界の裏側で細ぼそと、生きるしかない。一般人に知られないように、神秘の秘匿のために……」
少年の周りをぐるぐると回りながら、女は話を続ける。
「二千五百年前に、魔人歴が終わってから今まで。私たちは、虐げられるときもあれば時に手のひらをひっくり返したかのように都合よく扱われる。今の君なら、わかるはずだ」
「……」
いつしか、少年の側に現れていた影は消えていた。
疑念に満ちた表情も見えず、ただただ女の語る声だけに集中している。
「許せないだろう、憎らしいだろう。君の怒りは正しい。私たちは今の社会を壊して、魔人歴を取り戻す。これは革命だ、魔術師達にも世界をひっくり返せるっていうね」
そう言い、女は少年に手を差し出す。
薄雲はとうに消え、満天の星空と月明かりが大地を照らす。
「君の力が必要だ、協力してくれるよね?」
冠位階梯に選ばれてからの彼に、自由は存在しなかった。
徹底された監視体制、毎日の研究補助と魔術的価値の探究。時間が終われば用済み、と忌避の目を向けられる。本来なら、栄誉ある称号も今となっては腐り落ち、魔術師としての矜持を無くす烙印へと成り下がった。
そんな彼にとって、この提案はあまりに甘美で魅力的なものだった。
「……あぁ、構わない。オレが、お前らに新しい世界を見せてやる」
「……女、お前の名前はなんだ」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべ一言。
「御門 玲奈。どこにでもいる、普通の魔術師さ」




