終節.執行官を目指して
修練院に入院してから四ヶ月。季節は移ろい、照りつける日差しが肌を焼く。
全身をそのまま炭焼きにされるようなヒリヒリとした痛みに顔を歪ませながら、通いなれた教室へと足を踏み入れた。
「おはよう、楓」
「おはよ、慎也」
短いようで長かった四ヶ月。
成績も、下から数えた方が速かったが三ヶ月時点ではどうにか中間層にまで潜り込むことができた。魔術の腕も少しは上達したような気もする。
それに、気の合う友人だってできた。
「おはようございます、羽崎くん、楓くん」
「おっはよー二人とも!」
雨の少し弱々しい声と、それを上書きするかのような元気な声だ。
「そういえば、今日でもう終わりだよね」
「あぁ、それと上位五名の発表もあるぞ」
「五位以上だと中等スタートだったはずです」
「うっわー大丈夫かなー」
すると、教室のスピーカーからチャイムが鳴った。
チャイムがなり終わる頃には、芹沢教官が教卓の前に立ち書類を確認している。
「お前らも知っての通り、今日で卒院だ。一週間後には、任命式がある。式典用の礼服を着用し、公安新宿本部の地下講堂に集合だ」
何層にも積み上がった書類とは別に、使い古された手帳を確認しながら連絡を続ける芹沢教官。見慣れた無愛想な姿を見るのは今日で最後だと思うと少し寂しくなる。
きっと、慎也たちと会う頻度も今までよりも少なくなってしまうだろう。
「最後に、クラスの成績優秀者五名を発表する。知っての通り、この上位五名は公安入局と同時に中等執行官として行動することになる、覚悟して聞け」
芹沢教官は手帳をスーツの胸ポケットにしまう。
そして、分厚い書類の一番上の紙を手に取り五位の人から順番に読み上げていった。
「第五位、総合成績356点。湊 雪菜」
「……はい」
同じクラスとはいえ、あまり関わりのなかった湊さん。慎也から時々『優秀だ』と太鼓判を押されていたのを覚えている。
「第四位、総合成績362点。環 遍、お前だ」
「はいっ!」
環くんも、あまり関わりは少ない方だ。よく西園寺と一緒にいるところは見たことがあり実力も申し分ないように見えた。入院当初と今とで、印象が大きく変わった人だ。
「第三位、総合成績369点。朝日 陽」
「え、あたし!?」
「あぁ、そうだ」
「やったー」
そう言いスキップしながら芹沢教官の下へ書類を受け取った。
「第二位、総合成績382点。羽崎 慎也」
「はいっ」
朝日とは対照的に、堂々とした姿勢で書類を受け取り席に着く。
「よっしゃ、すげえだろ。楓!」
「あぁ、お前なら五位以内は余裕だと思ってたよ!」
えっへんと、自慢げに腰に手を置く慎也。
いつもなら少しでも話しただけで注意されるはずの芹沢教官も、今日は何も言わず静まるのを待っていた。
「最後、第一位。総合成績、395点。西園寺 桐凪だ」
クラスの視線が、一直線に彼へと向けられる。納得、羨望、嫉妬、様々な感情を受けても臆さずに堂々と立ち上がる西園寺。どこか誇らしげに見える顔。
「やっぱアイツだよなー」
「俺も、そうだとは思ってたよ」
「初日以外はなんかされたっけ」
「いや、たまに絡んできたことはあってもあれ以上はなかったよ」
聞いていたくせに興味なさそうな態度を取る慎也。
上位二位の余裕は違うな。
一際大きい、芹沢教官の咳払い。
上位五名の発表は終わり、芹沢教官は再び分厚い資料の束の一番上を手に取った。
「この上位五名とは別に、特別昇進生もいる。特別昇進生も、上位五名と同じ中等執行官からスタートだ。今年Aクラスからは一名。総合成績294点。東雲 楓」
「え、俺?」
背中を思いっきり叩く慎也、『すごー!』と叫ぶ朝日。そして、嬉しそうに手を合わせる雨。クラスメイトの反応も、驚愕と称賛が多くの割合を占めていた。
西園寺は、というと興味なさそうにそっぽを向いていた。
「前に出ろ」
言われるがまま、教卓の前まで行き資料を受け取る。
そして、小声で一言。
「……この後、少し残れ」
そう言い、俺を席に戻るように手を払った。
「これで、解散式は終わりだ。もう、俺と顔を合わせることは少なくなるだろう。でも、もし会うことがあるなら、成長した姿を見せてくれ。お前たちの、成長と、活躍を祈ってる」
最後に、『解散だ。』と告げて四ヶ月続いた修練院の生活は幕を閉じた。
寂しくもあるが、同時に嬉しくもある。これで、ようやくスタートラインに立つことができた。誰かの役に立てる、もう二度と俺のような被害者を増やさないために、もう二度と、大切な人を失わないために戦うんだ。
「楓、この後どうする?」
「俺、芹沢先生に呼ばれてるからそっち行くけどみんなは?」
「どうせなら打ち上げ的なことしたくなーい?」
「賛成です!美味しいものたべたいです!」
ノリノリな、朝日と雨。打ち上げ会場に最適な場所はないか、とスマホで調べ始める慎也。
「何時からにする?俺的には、夜からだと嬉しい」
「アタシも夜がいいなー、お世話になった教官たちに挨拶したいし」
「私もですっ」
「……わかった、場所と時間は俺が決めとくぜ。いい場所見つけたら、チャットで送るから遅れんなよ?」
「「「オッケー!」」」
そう言い、三人は教室を出ていった。
◇
「……なんですか?」
誰もいない教室に二人。
芹沢教官と、教卓を挟んで向かい合う。
「お前は確か、霞坂の霊獣事件の関係者だったよな」
「……はい、そうです」
思えば、あの事件から五ヶ月も経っていた。颯を失った寂しさは無くなったとは言い切れない。けれど、折り合いはつけられるようにはなってきたと思う。
「他の者には伝えてはいないがお前にだけは先に伝えておこうと思ってな」
「何をですか?」
「公安の、配属先についてだ」
「どうして今?」
配属先、本来は一週間後の任命式で伝えられるはずだ。それを、今日伝えるのは何か意味があるのだろうか。
「お前の配属先は、公安第一課。『対・八咫烏特務部隊』、天野班だ。この、八咫烏という組織は霊獣事件の主犯である久遠 織が所属していた組織だ。つまり、霊獣事件はまだ終わっていない」
「……え」
納得だ。きっと、一週間後なら絶対に取り乱していた。現に、伝えられた事実に理解が追いつかない。俺がああの時戦ったのは、一つの組織の一個人に過ぎなかった。
「でも、安心して欲しい。班こそ違うが他の三人も、同じ対・八咫烏特務部隊に配属が決定している」
安心して、いいのか。また、大事な仲間を失うかもしれない。何より、次こそは自分が生きて帰ってくるという保証すら無い。
「そして、お前の初任務は二ヶ月後の『八咫烏第三拠点掃討作戦』だ。それまでに今一度自分と、新しい仲間と向き合え。お前だけは、絶対に死ぬなよ」
そう言い、芹沢教官は静かに教室を去っていく。
パタン、と微かな呼吸音だけでもかき消されそうな扉の開閉音。
「……八咫烏、か」
つぶやいたその言葉は、誰の耳に届くこともなく、静かに心の奥に沈んでいった。
◇
「こんなところでナニしてるの♪」
「……ん、あぁ。ミッシェル先生」
どうやら、教室で眠ってしまったらしい。
空は赤く染まり、時計の針は午後四時を指していた。
「今日で、最後ね……」
「結構、寂しいです」
「そう?嬉しいわ」
言葉とは裏腹に、寂しそうなミッシェル先生。
この教官から得たものも大きかった。
短剣を操る際の間合いの取り方、駆け引き、立ち回り。それだけじゃない、本来なら教えてもらえるはずのない投擲ナイフの指南までしてもらった。
「四ヶ月間、ありがとうございました」
「こちらこそ、久々に骨のある子の相手ができてよかったワ♡」
ウインクをし、俺の右肩に手を置くミッシェル先生。
「楓クンなら大丈夫よ、しっかりしなさい。弱気になってちゃ、勝てる相手にも勝てないぞっ♪困ったことがあっても、アタシならいつでも話聞くから。振り返らずに、前に進みなさいね」
「……はいっ!」
「よろしい、それじゃあこのまま行きなさい。きっと、打ち上げとかあるでしょ?」
そうだ、打ち上げ。
すっかり忘れていた。急いでスマホを見ると、四人のグループチャットには『午後五時に新宿の焼肉クイーン集合!』と慎也からメッセージが来ていた。
時計は四時十五分。集合時間まで結構ギリギリだ。
「そうでした、ミッシェル先生。さようなら、また今度!」
「うん、またね楓クン♪」
小さく手を振るミッシェル先生を背景に、教室を飛び出す。
さっきまであった不安はもうない。今の俺なら、きっとなんとかなる。
だって、俺は一人じゃないから。信頼できる友達がいる。
初任務までの二ヶ月間、新しい環境に必死に喰らい付いてみせる。
もう、誰にも追い越されないように。




