第二十一節.獅子には薔薇を
◇一週間前
俺の成長が止まったのは、遍に剣術を教え始めたよりも前だ。
自分を信頼し、慕ってくれる人間が身近にいることで俺の荒んでいた心は次第に修復されていった。
確かにそれは、良いことだ。
けれど、俺が強くなるためには一番のノイズでもあった。
俺が強くなるためには、強く在るために欠かせないもの。
それは——、
己の生命を脅かすほどの絶対的な強者だ。
昔は身近に、片手で収まらないほど存在しそいつらを殺すことで自身の強さを示してきた。
けれど、今は自分より弱いもの達に触れ続け自身が狭いコミュニティの中で最強であるという自覚を持ってしまった。
それこそが、俺の成長を止めた原因だ。
慢心こそが、俺の可能性を殺していたんだ。
でも、今は違う。
目の前に、自信を脅かす存在が確かにいる。
自分でもわかっていた。
方法は一つだと。
いつだって、そうしてきたはずだ。
「戦って、勝つ」
それしか、方法は存在しないと。
八つ当たりなんかではなく、自分自身と、遍と向き合うために。
◇一週間後
「西園寺くん?」
「よう、久しぶりだな」
木刀を携える環と、真剣を帯刀する西園寺。
環の目は困惑を、西園寺の目は決意を表していた。
「この一週間、俺は初めて自分と向き合った」
「……え?」
「俺の成長を止めていたのはお前の成長に対する焦りじゃない。俺自身の慢心だ。俺は、ずっと最強だと思っていた。けれど、お前と出会って、修練院に入って、色々な人間と関わることで世界が広がった」
喋り続ける西園寺を、環はじっと見つめる。
「俺は、もっと強くなりたい。だから、本気で俺と戦え」
曇っていた、赤い瞳が徐々に熱を帯び始める。
それに応えるように、環は黙って鞘から白銀に輝く刀を抜く。
「やるからには本気だよ、西園寺くん。文字通り、真剣勝負だ」
「来い——!」
◇
初めて聞いた、西園寺くんの本心。
きっと、僕と出会わなければ、僕を見つけてくれなかったら気づきもしなかった彼自身の弱さ。
そしてそれを克服しようとする決心。
それは言ってしまえば、過去の自分の在り方を否定する行為だ。
きっと怖いだろう、今なら彼の気持ちがわかる。彼と僕は同じなんだ。理由も立場も違うけど彼にとって、今日が生まれ変わる日だ。
「そんなもんかよ!今までの西園寺くんはもっと強かったぞ!」
「ああああああああああああああああああああ!」
加速していく、彼の斬撃。
受け止めきれない斬撃が、全身を掠めていく。
「再誅——!」
体についた傷が西園寺くんの詠唱に合わせて弾け、体勢が崩れる。
彼の、術式。やはり強力だ。
「僕だって——!」
神無流剣技・絶剣、四ノ型。
「狂乱戟葬!」
全身を魔力強化し、極限までスピードを高めてほぼ同時に繰り出される五連撃。
神無流剣技・絶剣の中でも速度だけなら三本の指に入るだろう型。西園寺くんは易々と弾き喉元へ切先を——。
完全に反射、感覚だけで身を翻し反撃へ。
◇
「くっそ!」
最速だった。今出せる最高速度の一撃を、直前で躱わされた。
わかる、完全に感覚だ。今のは、読みでどうにかなるものじゃない。
——これも、慢心か?
甘えは、いらない。
捨てると決めた、この俺の慢心。思考を張り巡らせろ、感覚に頼るな。限界の一歩、いや二歩先をイメージしろ。
反撃の構えをとる遍。
伸び切った腕では、弾けない。完全に詰みだ。
それでも、まだ終われない。腕が、剣がダメなら拳がある。
振り下ろされる刀の刀身を魔力強化した拳ではじき遍と立ち位置を入れ替える。
「そうくると思ったよ、西園寺くん!」
「そうかよっ!」
互いに向き合う。
振り下ろされる俺の刀と、振り上げられる遍の刀。
一際甲高い衝突音が響き、互いに後退りする。
「くっ!」
「はぁ、はぁ」
中段の構えを取り、見つめる遍。
対して、八艘の構えをとる俺。
「西園寺くん、次で最後にしよう」
「あぁ」
汗が頬を伝う。
広い訓練場には、互いの乱れた呼吸音だけが響いている。
額に張り付く前髪が鬱陶しい。
——来る!
振り上げられた刀。この姿勢は間違いなく、絶剣三ノ型——
「燕返し!」
高速で繰り出される、三連撃。遍が現状最も得意とする、絶剣の型だ。
一撃目は空振り。
二撃目、振り下ろされる俺の刀を往なすように滑らせ上段の構えを取る。
三撃目。一直線に、何の迷いもなく刀を振り下ろす遍。
「俺の勝ちだ、遍」
二撃目、遍がした動きと全く同じ動き。一つ、違うことがあるとしたら俺にはこの先があるということ。
「なっ!」
振り下ろされる刀を往なす。
必然、遍の刀は下を向き姿勢は前傾になる。
対する俺は、上段の構え。
刃は空を切り遍の首元へと静かに、されど強かに振り下ろされた。
◇
二人の決着は一瞬だった。
自分の弱さを知りそれでもと刀を握った西園寺。
自分より格上と理解しながら、全力を賭して彼に応えた環。
西園寺にとって、遍はもう教える相手ではなかった。
それは、遍も確信していた。
二人に必要なのは、師弟関係ではない。
何度でも追いついたり、追い越したりを繰り返し高め合っていくライバル関係が相応しい。
◇
「あ、あはは。僕の、負けだね」
「あぁ、俺の勝ちだ」
遍の首筋に触れている刀を静かに下ろし、鞘へと収める。
一息つき、向かい合ったまま俺の本心を遍に伝えた。
「この関係は今日で終わりだ」
「え?」
「今の俺は、お前に教えられることはもう無い」
驚きを隠せていない遍。
開いた口は、止まらない。
「今の関係じゃ、俺とお前は強くなれない。だからこそ、追う側、追われる側じゃなく互いに何度でも追い抜き合うような関係が理想だ」
「……つまり、ライバル関係ってこと?」
「あぁ、そういうことだ」
俺と遍の間に奇妙な沈黙が流れる。
遍はどこか寂しそうに、けれど今までよりもどこか力強い笑みを浮かべて一言。
——着いて来れる?
「当たり前だ、お前の方こそ振り落とされるなよ?」




